Side*Uphirubbia
聖王国最南端、工業都市カナン跡地。
そこから東に進んだ先にある、セラフィムの森。
そこに、1人の青年がいた。
肩に届く程度の、くすんだ灰の髪。普段ならば強い光を放つはずの赤紫の瞳は、今は瞼の下に閉ざされている。
彼の名は恋。カナン跡地に居を構える組織の幹部の1人だ。
大きく、それでいて静かに呼吸をする。
開いた足は肩幅に。だらりと腕を下ろして緩やかな自然体を維持したまま、感覚を研ぎ澄ました。
耳に届く、鳥の囀り。木の葉のざわめき。変わらない、長閑な早朝の風景に溢れる音。森に住む動物たちの蠢く気配。
だが、その雑多な気配の中に混ざる別のものを恋は逃さなかった。
押し殺された殺意。肌に感じるか感じないかの微々たるそれを明確に捉え、恋は小さく口角を上げる。
「(100mくらい先の木の陰、か…)」
体力と、そして戦闘に関しては自信がある。
病に負けぬために己を鍛え、幼い妹を守るためにも身体を張った。生を分けた双子の兄の手掛かりを見つけるために、幾度となく戦場にこの身を投じた。
死線を飽きるほど潜り抜けてきている自分にとって、僅かな殺気さえ隠すことの出来ない刺客など敵ではない。
深呼吸を、一つ。爪先に力を入れて、思いきり駆け出した。
「…っ!」
まさか此方から動くとは思ってもいなかったのだろう。驚愕から零れた吐息に呼応して、その気配が乱れる。
想定外の事態に対応することが出来ない辺り、所詮は3流だと言ったところか。にまり、唇が弧を描くのを感じながら地を這うように駆ける。
漏れる逡巡の気は、しかし一瞬のもので。覚悟を決めたのかはたまたヤケか、少し先の木陰から躍り出る黒い影が、一つ。その手には、ぬらりと輝く一振りのナイフが握られていた。
振りかぶり、投擲。いくらか距離があるにも関わらず、寸分違わず自身の心臓を狙って放たれたそれに思わず感嘆の声が漏れた。
「…へぇ、」
遠距離から片腕で的の中央を狙う。実際にやるには難しいそれを難なくこなす辺り、なかなかどうして、見込みはあるらしい。
だがそれでも、彼には届かない。
「よ…っと」
勢いよく踏み込み、速度をあげる。その勢いを殺さぬまま手近な樹に近付いて……跳んだ。
地面を蹴って、樹の幹を蹴りつけて。そして、足の裏に意識を集中させて、飛んできたナイフを軽く踏んで更に高く跳躍する。
人間離れしたその動作に、真下から息を飲む音が聞こえた。その一瞬の隙をついて、肩目掛けて足を振り下ろす。
骨を砕く、鈍い感触。噛み締めた悲鳴。ごろりと地面に転がり、のたうち回るその体躯に向けて呟いた。
「ごめんな。オレはまだ死ねないし、死にたいとも思わないから」
地に落ちたナイフを拾う。逡巡。躊躇う暇すら惜しいことは、分かっている。
瞳を伏せて、振りかぶった。