大好きなあいつがあの子を好きらしい。
私はあいつが好きだった。
私だけはあいつの味方をしてあげたかった。それがどんなにひどいことでも。
私の家は極道だった。
お父様は組長。あいつのお父さんはお父様の片腕で、昔からお父様以上に面倒を見てくれる私の第二のお父さんみたいな存在だ。
その息子のあいつも私をお嬢と呼びながらよく面倒を見てくれていた。兄のような存在だった。お兄様と呼んで慕っていた。
気がつけば、ずっと傍にいて、大好きな人になっていた。
あいつが急に豹変したのは高校に進学してすぐのことだった。
あいつのお母さんが若い男と一緒に家を出て行った。金目のものを全て持って。
若いホストに入れ込んだあいつのお母さんはあいつを捨てた。手紙はなく、既に記載された離婚届が置いてあったという。
あいつのお父さんはお酒に溺れてアルコール中毒になり、あいつに暴力をふっているのを何度か見かけた。その度に私はあいつを庇った。
あんなに優しいお父さんだったのに。平穏で幸せな日々は消えた。
あいつもグレた。元々、あまり素行はよろしくなかったが、手当たり次第、喧嘩に明け暮れていた。
私はあいつの傍にいることしかできなかった。そんな自分が不甲斐無かった。
そんな時、あいつのお母さんにそっくりな女の子を見つけた。
思わず目を疑った。その子はクラスの中心にいるような可愛い女の子だった。
笑顔の絶えない普通の女の子だった。私は女の子と目が合わすことができず、いつも無いものとして扱うことしかできなかった。
だけど、あいつは違った。
あいつはお母さんと女の子を重ね合わせていた。女の子で復讐しているのだとすぐにわかった。
あいつの気持ちを知っていたばかりに私は女の子がイジメられても助けることができなかった。
あいつは今までに無い執着で女の子をイジメていた。周囲すら巻き込んで。
むしゃくしゃすることがあったら、同じ不良の男子と喧嘩に明け暮れるあいつが、一人の女の子だけを徹底してイジメた。
あいつのお母さんのこともあっただろう。だけど、あいつの女の子を見る目は完全に異常だった。
女の子を取り囲んで女の子の制服を切り刻もうとした時があった。
あいつが率先して女の子に近づき、スカートをハサミで切ろうとしていた。
女の子は泣きそうな顔をして、スカートを手で押さえていた。私はその場面を見ているだけだった。
突然、無表情の美少年が現れ、声をかけた。
ただの疑問だったのか、通路を邪魔されて声かけただけなのかわからなかったが。
美少年は私をじっと見てきた。お前のせいで女の子はイジメられているのではないか、と責めれたように感じて、その場から逃げ出した。
あいつは私の後を追ってきた。いつものことだ。
組長の娘である私に何か危害を被らないか、あいつは私のボディガードをしていた。お父様に命令されて。
私にあいつを命令する権限はない。ただ、傍にいて見ているだけの自分。
「・・・お嬢、いかがかされましたか?」
昔は敬語なんて使わなかったのに。距離を感じて、寂しかった。
あいつの目に写すのは女の子だけ。
ああ、どうかお願いだ、哀れなあいつを助けてやってほしい。
私では無理だった。あいつは人を信じられないんだ。・・・素直になれないんだ。
お母さんに捨てられたあいつは女の子に捨てられるのが怖いんだ。だから気持ちを伝えることができない。
女の子をイジメることによって女の子は誰にも笑顔を見せないようになった。誰も女の子に好意を示さない。
女の子が誰にも心を開かないことに黒い喜びがあったのだろう。あいつは女の子に異常なほど執着していた。
「・・・あの子は、お母さんじゃない」
「とっくに、知っています」
「あの子は彼に惚れたみたい」
「・・・なら、奪うまで」
ニヤッと邪悪な笑みをこぼした。
誰も助けてくれなかった女の子にとってあの美少年はヒーロー。恋に落ちたのだろう。
女の子はたった一人に心を開いてしまった。このままだと美少年の身が危うい。
女の子だから、まだ傷にならないようなイジメで済んでいるのに、これで美少年までイジメられることになったら、美少年死ぬんじゃないだろうか。
私の心配をよそに、美少年イジメに発展しなかった。
あれっきり、美少年が女の子を助けることがなかったのが要因だろう。
その分、女の子へのイジメはエスカレートしていった。
朝のホームルームの時間に差し迫っても女の子は教室に訪れず、あいつはイライラしていた。
そのイライラは周囲に向けられた。慌てて女の子の元友達だった子たちが迎えに行った。
自分に危害がないなら平気で友達を売る裏切り者。私はそんな女らしい彼女たちが嫌いだった。
だけど、私も傍観しているだけで女の子を助けていない。そんな自分も嫌いだった。
あいつは扉の上に黒板消しを仕掛けていた。女の子の反応を見たいが為に、小学生みたいなイタズラを繰り返す。
もう清々しいほどニヤニヤと笑い、女の子をイジメる。好きな子をイジメるアレより随分と内容が悪質だったが。
過激になるイジメを、私は先生がやって来たと嘘をついて中断させることしかできなかった。
1限目が終わってすぐ女の子は席を立った。
あいつは女の子が席を立ってすぐに女の子に怪我をさせた、その犯人を探していた。
女の子のいない教室は静かだった。あいつの恐怖の独裁によって。
一人の女の子が青ざめた表情で立っていた。美少年のことが好きだと公然と言いふらし、振られた女の子。
美少年が女の子を助けたことが気に食わなくてイジメに便乗していたとか。
その子は二度と学校に来るなと言われ、教室から追い出された。永久追放。
ずっとあいつは今日イライラしていた。女の子と美少年が会話しているところを目撃して、美少年のせいで女の子は怪我をしてしまった。
このままだと、せっかく命拾いした美少年がまた命の危険に。
あいつの味方でいることは、あいつが過ちを犯しそうなとき、共犯することではない。説教を説くことでもない。過ちを未然に防ぐことだ。
2限目が自習ということもあり、美少年が教室を離れるのを用心深くついて行った。あいつに見つからないように。
着いたところは屋上だった。雨は上がって、虹がかかっていた。綺麗でその風景に見蕩れていた。
後ろで気配を感じた。女の子だった。
あいつの味方でいることは、あいつの罪は私の罪であること。
私はあいつの罪を全て被った。女の子に話した内容全て嘘ではない。
私はあいつが好き。あいつは女の子が好き。私は女の子を・・・。
私の呼びかけで美少年が現れた。無表情のまま。
女の子は美少年が好き。でも、美少年は女の子のこと、好きではないらしい。
よかった。これで最悪は免れる。二人が恋人同士にならないことが私にとっての最善。
その為なら、美少年とも付き合える。だって、あいつと幸せになってほしかった。
それが、あんな結果になるとは思わなかった。
私と美少年が恋人繋ぎで手をつないで教室に戻ると、辺りは騒動になっていた。
近くにいた子に聞くと、屋上から女の子とあいつが飛び降りたのが見えたと。
血の気が引くのがわかった。
「・・・あ、でも二人とも奇跡的にプールに落ちたから。もしかしたら生きているかも・・・」
「ほんと!?プールに落ちたのね?」
「う、うん」
走った。ただただ、走った。
プールに近づくにつれ、人ごみが増えた。野次馬だ。私は野次馬の波を掻き分け、前へと足を進めた。
私は女の子の気持ちを全く考えていなかった。どんな思いで毎日学校に通っていたのか。私は、最低だ。
二人は救急車で運ばれた。あいつは女の子をぎゅっと抱きしめていた。離さないように抱きしめていた。
その光景を見て、涙が流れた。美少年は私の後を追って、黙って傍にいてくれた。
「どうか、二人を助けてください」
私は毎日、病院に通った。あいつは脅威の回復でほとんど完治していた。
女の子は目を覚まさない。外傷はあいつが庇ったおかげでほとんどない。ただ、心が拒絶しているんだろう。
あいつは女の子に近づき抱きしめ、耳元で愛を囁いた。穏やかな表情だった。あいつはようやく大事なもの取り戻せたのだ。
数日が経って、女の子はあいつの腕の中で目を覚ました。
今までイジメにあった事実を忘れていた。女の子の中にあいつも美少年もいなかった。
一からの出発だ。それでもあいつは幸せそうに笑っていた。女の子もあいつに徐々に心を開いていた。
「あの時、屋上でなんて言った?」
「なんのこと?」
「とぼけるのか?あいつ、すごく驚いた顔をしていただろう」
「ふふ、焼きもち?」
「ああ、そうだよ。悪い?」
「秘密よ」
無表情だと思っていた美少年は私の前で色んな表情を見せた。
ずっと私の隣にいてくれたのは美少年だった。失恋してもあいつが好きだった私がようやく美少年と向き合えるようになった。
長い時間が必要だった。それでも私の傍にいてくれた。
あの時、屋上から出る前にあいつに女の子のイジメを止めるように言い、それから耳元で囁いた。
『大好きだったよ、お兄様』
ただただ暗い話でしたが、ようやく最後は明るくなったと思います。
これが最善だったかはさておき。