山中戦線参戦中(5)
取り敢えず闇雲に彼女を探しても見つからないような気がしたので、僕は敗者が集まっているという城址へ行き先を決めた。
道中の林で、戦闘真っ最中の子どもと遭遇する。
2対1での射撃の応酬の末、数で勝っていた方が勝ったようであった。
着々と生存者は減っていき、戦争はもう終盤戦に入っているようである。
七三番まで伸び上がる丘を進み、石垣にぶつかったところで左へ指針を変える。七四番、七五番を過ぎていく。七六番目の地蔵前から城址へと続く石段を上がっていく。
そこには、敗者となった子どもたちが、水飴にたかる蟻のようにわらわらと群がっていて渾然としていた。
ざっと見積もっても50人は超えていて、ほぼすべての子がこの場に集まっているように見受けられた。
互いの服に付着した色を指さして笑う子たち。石のベンチに腰を掛け、スポーツドリンクを飲みまわしている子たち。尾ひれを付けて自身の戦いぶりを語る子、それを熱心に聞く子、半信半疑で聞いている子。
どの子が団地に住んでいるのか一軒家に住んでいるのか、見分けがつかないほどに彼らは誰に対しても分け隔てなく接し、屈託なく笑い合っていた。
その光景を観て、僕は思う。
最初から二つの住居区に軋轢などなかったのだ。
彼らはただ、遊ぶ際のグループ分けをするために、自らの住まう地域を用いていただけだったのだ。それを僕は幼い頃からずっと勘違いしていただけだった。
輪の外にいた僕は、ずっと思い違いをしていただけだった。
僕は何だかとても可笑しくなって笑みをこぼす。そして目前の景色に目を通す。
中天に差し掛かった太陽がこぼす体温の余波が、斜面にそそり立つ樹木の葉を白んだ緑に輝かせる。はたはたと木洩れ日が宙を満たし、飽和に至った光輝は、波打ちながら子どもたちの笑顔に宿った。
どんなに目を擦っても子どもたちの笑顔は目映くて、僕にはとても正視することができなかった。
こめかみに爪を立てて沈み始めた意識を強引に釣り上げる。大きく肺を膨らませ、少しでも彼らに近づこうと、輝きあふれた空気を胸に取り入れる。
僕はまだ大丈夫。暗示をかけるようにして口内で呟く。たったそれだけで、気分はなだらかになる。
もう一度、息を吐いて気持ちを落ち着けて、手近な子を掴まえて尋ねた。
「あのさ、白い女の人みなかった?」
「ああ、カミサマのこと?」
少年の頭に乗った小さな木の枝を見ながら、僕は「そうそう」と言う。
「まだ『狩り』をしてるんじゃない」
「狩り?」と僕が尋ね返すと、その子は苦虫でも噛みつぶしたかのような顔をした。
「いきなりだよ。草陰から現れたかと思ったらさ、大砲みたいに馬鹿でかい銃で撃たれたんだ。こっちの銃はこんなんチャッチイやつだっていうのにさ」
少年は手に握ったごく有り触れたオレンジ色の水鉄砲を掲げる。
「後半まで残っていた他のやつも、大体カミサマにヤられたみたいだぜ」
「うんうん」と近くにいた少年が割り込むようにして、
「あれじゃ絶対に勝てっこないって」
「ああ、まさに神出鬼没って感じだったな」
カミサマは理不尽だよー、と少年は触れ回るように不満を叫びながら友人の輪に戻っていく。
僕はさらなる目撃情報を求めて辺りを見回す。次はどの子に尋ねようかと考えあぐねていると、見覚えのある野球帽の少年を発見した。
彼がここにいるということは、あの少女はあれからどうにかして勝利を収めることができたようだ。
懸念が一つ減ったことで安心し、さらに子どもたちのなかに目を這わせていくと、石のベンチに腰かけているあの少女の姿を発見した。
となると、少女は勝利したわけではなかったのか……
それは残念なことであったけれど、少女に再び出会えたことで僕は何だか嬉しくなった。
「また後で」と言われた以上、あいさつをしておくのは礼儀だろう。僕はそう思い立ち、少女のもとまで寄ろうとして――
足を止めた。
群れていた子どもの陰に隠れて見えなかったが、少女が座っている石のベンチには、もう1人の女の子が腰かけていた。
恐らくは少女の友人なのだろう、2人の女の子はこの上ないほどの笑顔を振りまいて何やら話し込んでいた。
表情に乏しかった少女もあのような笑顔ができることを知った僕は、何だかよく分からないけれど衝撃を受けていた。
ずっと一緒だと誓っていたはずの友達が、クラス替えをした翌日に新しい友人をつくり、しかも自分と接しているときよりも楽しそうにしている場面を目にしてしまったかのような、そんな感じ。
たった1時間程度、一緒にいただけの小学生の女子にそのような親近感を抱いた僕自体が異質であることを理解しつつ、そもそもそんなこと気にせず気軽にあいさつをしに行けばいいのに、僕の足は一向にその場から離れようとせず、万遍の笑みを広げた少女たちから目を逸らしただけだった。
でも、目を逸らしてどこを見ても、この城跡にいる子どもたちはみんな笑っていて、僕は漠然とした不安に襲われた。
ここは僕のいるべき場所ではないのだということを、眼前に突き付けられたかのような――いや、事実そうなのだ。子どもに交じってこんなところにいる僕は、紛れもなく異質であり、異常であり、不適合なのだ。
ああ、だめだ。
目を閉じたい。
耳を塞ぎたい。
鼻を削ぎたい。
口を縫いたい。
鼓動を止めてしまいたい。
そんな、現実からの乖離を心から望み始めたそのとき――
――大丈夫?
夏の風が頬のすぐ横を抜けていった。
僕は、木漏れ日に目を細め、大きく深く息をしてから、横にいる彼女に尋ねた。
「今日は、楽しかった?」
新品の日傘をくるくると回しながら彼女は、「そこそこね」と短く答えて僕を見上げた。そして、僕の胸に付いた赤色を発見し、わずかに柳眉を持ち上げた。
「これは、誰にやられたの?」
「え?」と僕は慌ててシャツを引っ張り、
「えーっと、いろいろと、案内をしてくれた女の子から」
その言い方が要領を得ないからか、また別の事柄によってなのか、彼女は不満そうに唇を尖らせて何やら思案顔をしてむっつりと黙り込んだ。
その仕草からただならぬ予感を察知していると、案の定、彼女は突然悪戯っぽい微笑をして、日傘を持っていない方の手に握られていた馬鹿でかい銃を僕の顔に向けて言った。
「浮気をしてはだめよ」
風を斜めに切る音がして、僕の視界を墨汁のように黒い液体が覆う。
目に入ったら大変だ、と焦って目元を拭う僕の姿を見て彼女が笑っているのだろう、ビンの口を優しく吹くような笑い声が聞こえた。
色水を拭い終えた僕の顔を見た彼女は、「タヌキみたい」と言ってまた笑った。
彼女の笑顔を見て僕の表情も自然とほころんだ。
みんな笑っている。
彼女も。
僕も。
子どもたちも。
どろどろに服を汚し、擦り傷をつくり、みんな笑っている。
けれど――
僕は彼女の白い肌を包んだワンピースを眺める。
彼女のまとったワンピースだけが、この場で唯一、何色にも染まっていなかった。
僕は、何だかそれがとても――。
この物語は、あと2つくらい話を書いて終わりにする予定です。
感想、意見、アドバイス等ありましたら是非お願いします。