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プロローグ

「ぐわああああ!」


 ーー悲鳴。

 世界を引き裂かんばかりのその轟音は、この世界に混沌をもたらす魔王のものだ。暗黒が広がるローブは一刀にして引き裂かれ、その剣の切っ先で体を両断される。


「貴様……許さんぞ、勇者ァ……!」

「そうか、次はもっと強くなって産まれてこい」


 ひと薙ぎで霧散した体が、呪詛を吐きながら泡になる。

 この世から闇が消えた。

 この世界は、勇者の手により平和になったのだーー。




「勇者よ、よくやってくれた」

「は……」


 世界一の大陸、ユグドラシル。

 そこの王たるトネリコ国王は、本当の本当に心から感謝をした。

 魔王に苦しめられること幾星霜。数多の勇者が散った中、この跪く若者ーー勇者イツトは、依頼を受け数年で魔王を倒して退けたのだ。


「本当の本当に感謝している」

「ありがたきお言葉」

「本当に感謝しているのじゃ」

「? はい」

「あの、本来ならここでな? お主にはこの国の防衛大臣だとか……なんかそういう偉い役職をつけて……祭りとかして……英雄って持て囃して……いい感じの余生を過ごして欲しいんじゃが……」

「え? はい」

「非常に言いづらいんじゃが……」

 国王はそっと、いや、死ぬほど気まずそうに、顔を逸らした。

「君、人気ないんじゃよね」

「はい?」

「いや、わかるよ? 君ってその美しい黒髪も、端正で鋭い目つきもすごくクールで最初はめちゃくちゃ女性人気もあったんじゃ、もう勇者のためならなんでも支援しちゃう! みたいな。ほら、あったろ、街中で村娘に声掛けられたり」

「……あったか?」

「あったの。でもね。君ね、あの、めちゃくちゃ言いづらいんじゃけど、あの……周りを見て欲しいの」

「周り」


 ーーがらん。としている。自分と魔王しかいない。


「国王と俺がえらいから……?」

「うーーーん、そういうとこ〜〜!」


 きょとんとする勇者、いやイツトに、国王はものすごく。ものすごく気まずそうに顔を覆った。

「君、ほんとに人気ないのよね」

「え?」

「あの、もうものすごく人気ない。ほんとに。申し訳ない。君を雇うなら辞めるっていう人もいるくらい人気ない」

「はあ」

「だからあの……報酬は追って沙汰を出すから、その……よければ仲間くん達と、希望を話してくれない……?」

「はあ。報酬……俺はいらんが、なるほど。わかりました。それじゃあ」

 ぺこり。一礼して去っていく。国王はひやひやの心臓に手を当てて、項垂れた。

「いい子なんじゃけどなあーー……」



 城下町の宿屋。その一室で、女性の甲高い声が響いた。

「それで帰ってきたの!? バカ!?」

「持ち帰って仲間と検討しろと言われたから検討しにきた。ダメだろうか」

「なっっめられてんのよ! 魔王を倒したのよ!? 魔王! あーもう!」

「ま、まあまあ落ち着いてレイラちゃん」

「シワが増えるぞ」

「こら、弟者」


 ーー宿屋には所狭しと、三人の男女がイツトを迎えていた。


「そりゃこいつはこんなだけど、やったことに対して何よそれ!?」

 ーーと、怒るのは、レイラと呼ばれた金髪をハーフツインに結い上げた、つり目の女性だ。地団駄を踏むが小柄なのであまり怖くは無い。


「何か事情があるんだろ? イツト、なんて言われた?」

 そして彼女を宥める男。水色の髪を結い、中性的な外見も相まって大人しそうに見える。


「……」

 その横で、無言で興味無さそうにしている男。ウルフカットの黄緑の髪、長身。弟者、と古風な呼び名で呼ばれた男である。


 この四人がパーティを組んで、魔王を倒したのだ。それは事実。だが。


「俺は人気がないから、雇うとまずいと言われた」

「それは……!」



「そうね」

「そ、そっかあ」

「そうだな」


「え?」


 全員その言葉には、頷くのであった。


「俺ってそんなに人気ないのか?」

「ないわよ! なんなら私たちが参列しなかった理由わかる!?」

「え、俺と国王がえらいからお前らは呼ばれなかったんじゃ……」

「そういうとこ〜!!」

「れ、レイラちゃん落ち着いて……」


 まあまあ。なだめられて落ち着いたレイラが、びしりと指を指す。

「あんたと親しいと思われたくないのよ」

「えっ」

「なんかもうすごいの、風評被害。勇者の仲間だって普通持て囃されるでしょ? でもね。ビビられんの。なんでかわかる?」

「わからん」

「あんたの普段の振る舞いのせいなのよ」


 至極納得いかない。そんな顔で首を傾げるイツトを、レイラはため息をはいて首を振る。

「あんたこの二人の名前知ってる?」

「え?」

 そう言って、水色と黄緑を指さす。水色だけは気まずそうにしているが、黄緑は何もかも察している顔をしていた。

「……。……。……?」

「はいー! ほら知らない! ちなみに私も知らないから!!」

「そうなのか!?」

「なんで驚いてんのよ!?」

「まあまあまあまあ」

 割って入ったのは、兄者と呼ばれた水色だ。人の良さそうな顔をさらに人が良さそうに困らせながら、両手でレイラとイツトの間に入る。

「あの、俺たち双子はわけありだから……イツトだけじゃなくて、あんまり他の人にも言わないように……ね? 弟者」

「いや、俺が信頼できない雇い主に素性を明かしたくないと言ったからだ兄者」

「弟者〜〜!!」

「え!? 俺信頼できないのか!? 魔王を一緒に倒したのに!?」

「そもそも数年冒険しといて兄者弟者でしか名前を聞いたことがないことに疑問持ちなさいよ!!!」


 そう。

 世界を救った勇者パーティは、そのうち2名が素性不明。辛うじて双子だという情報だけは得たが、あとは何も知らないのである。

「兄者のヒールにも、弟者のタンクにも助かってるのよ。私は。でもね。あんた私たちが戦闘中何してるか知ってる?」

「頑張ってる!!」

「もうそういうとこーー!」

 びし。華奢な指がイツトをさした。さっきまで魔王を倒した勇者だったというのに、その影はもうない。


「あんたは人間に興味無さすぎる!」


 ずどん。脳みそを貫かれたような衝撃とともに、イツトは声を失った。興味がない? 興味が。……興味が……。

「いやあるぞ」

「えっ!? 誰によ」

「誰にというか、急所とか、急所とか……」

「本当にそういうとこ!!」

 あるつもりだったが、レイラ的には違うらしい。そう、彼は。

「バトルジャンキーすぎ!!」

「ばと……なに?」

「戦闘以外に興味無さすぎる! 村に寄ってポーションをくれようとした人には兄者のヒールより弱いからいらない、なんか途中知り合ったあんたのこと好きそうなえっろい踊り子の女には戦闘能力が劣るからついてこなくていい、前の村で知り合った発酵の少年が実は四天王だった時にはお前誰だっけ? の一言、っていうか私はそもそも幼なじみよ!? だからパーティ入りはわかるの! でもね!? 男三人に女一人って何!? コンプラどうなってんの!? っていうか女複数じゃないとロマンスも起きないでしょうが!! イツトって幼なじみの私を差し置いてあの子にデレてるんだ……みたいな恋愛イベント何も無くふつーーに旅を終えたが!?」

「れ、レイラちゃん後半! 後半イツト関係ないから!」


 兄者の制止でようやく口をとざす。が。そうなのだ。

「……なにか俺おかしいことあったか?」

「うがああああ」

「レイラちゃん! 落ち着いて!」


 勇者イツト。効率厨のバトルジャンキー。とにかく命をかけた戦いが好きで、それ以外に興味がない男。特に人間に興味がない。魔物の方が強いから。辛うじて悪を倒すという正義感だけは溢れているから、ギリギリ犯罪者になっていない男。


「はっきり言って人気がない!!」

「!!!」

「魔王を倒した今、あんた、戦闘ができないのよ!?」

「!?」

「人気にならないと生きていけないの!」


 そう、さながらプロ野球を引退したプロ野球選手のごとく……。人気は大切だ。たとえば政治能力に優れている物が、日本の総理大臣になったとする。だがその総理大臣が効率厨の合理主義、人の気持ちよりも合理が全てだとして、人々は指示するだろうか?

 世知辛いことに、この世の中も同じだ。戦闘ジャンキーは魔王がいるからいいのであって、いなければただのやべーやつ。


「魔王を倒しても勇者は生きていけない!!」


 そう、人気がなければ!!

「というわけで、これからあんたには人気になってもらうから」

「え!? 人間に興味ないんだが」

「ぎ〜〜」

「い、いつと、いつと」

 慌てて兄者がイツトの肩を叩く。

「なんでレイラちゃんを連れてきたの?」

「え? そりゃあ……レイラは武闘家として強くて……」

「うんうん」

「幼なじみだから一緒にいて安心するし、俺のことをわかってくれるから、いちばんそばにいて欲しかった」

「……」


 ぶわ。


「は……」

「何か変なこと言ったか?」

「……いや……。……わ、わるくないんじゃない……」

「そ、そうか!!」

 そっと、レイラの手を握る。真っ直ぐ見つめた顔は赤く、可憐な少女の顔をしていた。

「俺にはレイラがいないとだめだ、これからもそばに居てくれ!」

「ぐぁっ……あ……わ、っ……。……わかったわよ、ばか……」

 手を固く握る。

 世界最強の魔王を倒し、目標を無くしかけた男に、

「人気になろう! これからもレイラがそばに居てくれるように!」

「な、な、な、な、な……!?」


 ーーひとつの目標が生まれた、瞬間だった。




「……兄者、毎回思うんだがイツトがああなったのはレイラがちょろすぎるからじゃないか?」

「しっ!! ……でもまあ……あの、……さっきの恋愛イベント云々、ほぼ告白だよねえ……」

「……本当に噛み合わんな、あいつら」


 かくして、勇者イツトの一行は、これから新しい旅に出ることになる。ひとりの幼なじみと、二人の保護者を連れて。

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