指スケボー :約2500文字 :コメディー
とある会社の休憩スペース。昼下がり、ひと通りの業務の波が落ち着いた、静かな時間帯。自販機の低い唸りと、空調の吐き出す乾いた風の音が単調に空間を満たしていた。
その片隅で、一人の男が席に腰を下ろしていた。紙コップを両手で包み、背を丸めて身じろぎもせずに俯いている。
と、そこへ同僚が一人やってきた。自販機で缶コーヒーを買って取り出すと男のほうへ歩み寄った。
「おいっすー……ん? おーい」
「ん、ああ、おお……。お疲れ」
「おう、お疲れー。ここ、座っていいか?」
「おー……」
同僚は向かいの椅子に腰を下ろすと、背中を反らして大きく伸びをした。
「いやあ、まいったよ。急に会議が入ったとかで、部長に資料作りを手伝わされてさ」
「はあ」
「まあ、ほとんど出来上がっていたやつをちょっと手直ししただけなんだけどな」
「はあ……」
「大迫のやつも手伝わされてたんだけど、あいつ慌てすぎて、もう全部誤字してんの! 全部だぞ、全部」
「ほお」
「しかもページの向きもめちゃくちゃでさあ。部長、資料をぐるぐる回して見てんの!」
「はあ」
「……なあ」
「ん……?」
「そんなわけないだろ」
「え……?」
「いやお前、全然話聞いてないじゃん。どうしたんだよ」
「ああ……ちょっとな」
「なんだ、また何かやらかしたのか?」
「はは、またって……」
「じゃあ風邪か? 顔色悪いし。うつすなよな」
同僚は肩をすくめて笑った。だが男は笑い返さず、深くため息をついた。紙コップの縁に視線を落としたまま、しばし黙り込む。やがて、「いやあ……実は……」と話を切り出した。
「この前……友達が死んじゃってさ」
「えっ……それは、その、残念だったな……」
「ああ……いいやつだったよ。スケボーが趣味でさ」
「おー……」
「まさか、死ぬなんてなあ……」
「うん……」
「形見にスケボーをもらってさ」
同僚は頷きながらも、どう返していいかわからない様子でテーブルの一点を見つめる。男はポケットに手を入れ、何かを取り出した。
「ほら、これ」
「……ん?」
「これを見ていると、あいつのことを思い出すよ。あのスケボー馬鹿ってな……ははは……」
「いや……ん?」
「ん……? どうした?」
「いや……それ、何?」
「これ? だから、形見」
男はそう言って、“それ”を指で軽く弾いた。小さな音を立ててテーブルの上を滑るそれを、同僚は目を見開いて追った。そして、言った。
「えっ、そのミニチュアのスケボーが……?」
「ああ。知らない? 指スケボー。一時期、テレビとかでも取り上げられていたけど」
「あ、あー……。指で動かして、技を決めるやつか」
「そうそう。あいつ、めちゃくちゃうまかったんだよ! ほんともう、神がかっててさ……。大会に出たり、チームも作ったりしてたんだよ」
男は指先でかちゃかちゃと小さなスケボーを動かしながら興奮気味に言った。
「おー……チーム? それは本物のスケボーの?」
「いや、指スケボーの。あいつ、普通のスケボーはやってなかったし」
「えっ、やってなかった? じゃあ、なんで……あ、病気とか?」
「いや、事故死だけど。指スケボーで」
「指スケボーで!?」
「ほんと、もったいないよな。なんでだよ、カミサマ……。やっぱりあれかな、いいやつほど早く死ぬっていうか、神が手元に置いておきたくなるのかな」
「いや」
「またあいつのテク見たいなあ……ちくしょう」
「ちょっと」
「でも、あれだな。向こうで再会したときの楽しみが増えたと思えばさ」
「なあ」
「きっと今頃、天国の指スケボー場で技決めてんだろうなあ。ふふっ、なんかお前と話してたらちょっと元気出てきたよ。ありがとな」
「いや、おい」
「ん?」
「指スケボーで事故死って、何?」
「何って、そのままの意味だけど?」
「いや、だって――あっ、ああ。橋の上とか屋外でやってて落ちたのか。それならまあ……」
「いや、室内だけど」
「室内で!?」
「お前、さっきからどうしたんだよ。なんか変だぞ」
「いや、だって……スケボーって言っても指だろ?」
「お前……指スケボー舐めてんのか?」
男はぬらりと立ち上がった。
「そういえばさっきも、“本物の”スケボーとか言ってたな……指スケボーが偽物だとでも?」
「立つなよ。怖ええな。座れ座れ」
「舐めたらマジ許さねえからな……」
「いや、別に舐めてないけどさ……でも事故死ってどういうことだよ……」
「指ダンプカーに足を巻き込まれて、頭を打ったらしい」
「指ダンプカー!?」
「ああ。なんでよりによってダンプカーが……」
「いや……それ、ただミニカーを踏んで転んだだけだろ」
「指救急車も近くまで来ていたらしいが、渋滞で遅れたんだとさ。くそ……」
「部屋中ミニカーだらけだっただけだろ」
「しかも倒れた拍子に跳ね上がった指フォークが目に突き刺さったらしい」
「指フォークは普通のフォークだろ」
「這って助けを呼ぼうとしたらしいが、次々と車に巻き込まれて……」
「だからミニカーな」
「最後は水たまりに倒れて、感電したらしい」
「水の出しっぱなしで漏電ってことか……いや、だらしなさすぎるだろ」
「あいつと指スケボーが出会いさえしなければ、こんなことには……いや、それはそれで不幸か。ははは……まったく呪うぜ、運命ってやつをさ……」
「それはまあ、そうかもしれないけど……いや、しょーもないな」
「しょーもないって……お前、やっぱり指スケボー舐めてんだろ!」
「そこにキレるなよ! 友だちの死に方を言ったことに対してキレろよ!」
「はあ、もういい。気分が悪い。仕事戻る!」
男は勢いよく席を立つと、そのまま足早に休憩スペースを出ていった。
「あ、おい。形見置いてってんじゃねえか! ……はあ」
同僚はため息を吐き、テーブルの上に残された小さなスケボーを見下ろした。
半ば呆れながら、軽く指で弾いてみる。カタカタと小気味よい音を立ててテーブルの上を滑った。
「指スケボーねえ……」
――カタカタ、カッ。
「ふーん……でもなんかこれ、血の痕か? ちょっと気味悪いな……」
――カッ、カッ。
「へえ、こうやって……おっ、へへへ」
――カッ、カッ、カツン、カッ。
「おー、意外と楽しい……」
――カッ、カツン、カッ、カツン、カッ、カッ、カタカタ、カカッ!
「へへ、へへへへへ、へへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」




