金色に輝く樹の下で
――それから、歳月は経て。
「……変わってないなぁ、ほんと」
そう、ポツリと声が。そんな僕が今いるのは、金色に輝く大きな樹――かつて、弥子と過ごしていたあの銀杏の樹の下で。
あれから、およそ15年。会うことはもちろん、手紙などの連絡さえも叶わないまま中学、大学をアルバイトで学費や生活費を稼ぎつつどうにか卒業――現在、中学の教師を務めていて。更にはご縁にも恵まれ結婚、大変ありがたいことに順風満帆と言えよう人生を送れていて。
すると、そんな恵まれたある日、僕の下へと一通の手紙が届く。その相手は、弥子――もう一度だけ、あの場所で会いたいという内容で。とは言え、今や妻のいる身――他の女性と二人きりで会うなど、お世辞にも褒められたことではないだろう。それでも、申し訳ないとは思いつつも断るなんて選択は一瞬たりとも過らなくて。
さて、改めてだけど――そういうわけで、僕は今あの銀杏の樹の下にいるんだけど……うん、流石に早く来すぎたかな? まだ30分以上もあるんだし。でも、家にいてもどうにも落ち着か――
「――久しぶり、颯也。早いんだね」
すると、不意に届いた鈴を転がすような声。誰かなんて、確認するまでもなく。身体ごと振り向き真っ直ぐ見ると、そこにはすっかり大人に――それでも、あの頃のあどけない笑顔のまま優美に佇む鮮麗な女性が。そんな彼女に、震える胸にそっと手を添えたどたどしく返事を口にする。
「……うん、久しぶりだね……弥子」
「……そっか、今は先生に……ふふっ、なんかいっつも生徒にからかわれてそう」
「……いや、そんなことは……」
それから、少し経過して。
そう、からかうような笑顔で話す弥子。……いや、そんなことは……うん、ないとは言えないけども。やっぱり、そんなふうに見えるのかな?
ともあれ、その後もしばし他愛もない話に花を咲かせる僕ら。眩く輝く銀杏の樹が、無邪気に笑う弥子の表情があの頃と重なり胸の奥からじんわりと熱が――
「……それで、颯也。もう、颯也も……」
そんな感慨の最中、話が一段落した辺りで躊躇いつつそう口にする弥子。そして、その言葉の続きが分からないはずもなく。なので、
「……うん、結婚してる。僕がすごく尊敬している先生の娘さんで、いつも僕を気にかけてくれてる優しくて素敵な子なんだ。弥子は?」
「……そっか。うん、それならよかった。うん、私ももう随分と前に。いつも頼りになる、優しくて素敵な夫だよ」
「……うん、それならよかった」
そう伝えると、淡く微笑み答える弥子。……うん、それならよかった。弥子が幸せなら、こんなにも嬉しいことはないのだから。
「……そろそろ、時間かな」
「……うん、そうだね」
ややあって、そう告げる弥子。これで、僕らの時間は終わる。そして、これからも歩いていく。素敵な伴侶と共に、それぞれの道を。だから、もうこれで――
「……愛してるよ、弥子。これからもずっと」
「……うん、私も」
そう、じっと見つめ口にする。すると、柔らかに微笑み答える弥子。そして、ゆっくりと距離を詰め僕の肩へとその手を添え――そっと、唇を重ねる。……うん、分かってる。これが、間違っていることも……僕らが、決して赦されないことも。……だけど、それでも――
――最初で最後の口づけは、苦くて甘い味がした。




