鮮麗な少女
――時は、大正の初め頃。
「…………うわぁ」
思わず、感嘆の声が。そんな僕の視界には、荘厳な和の邸宅の中に佇む大きな銀杏の樹――そして、眩いほどに輝く無数の金色の葉が。だけど、僕が最も心を奪われたのは、この樹に成っている白くて丸い銀杏の実で。
……うん、ちょっとくらいならいいよね? そういうわけで(どういうわけで?)、人の出入りするのを見計らいこっそりと邸内に侵入。そして、そそくさと庭園へと移動し樹の下へ。そして――
「……っ!! ごっ、ごめんなさ――」
「……ふふっ」
「…………へっ?」
足音に気づき慌てて謝意を告げようとすると、不意に届いたおかしそうに笑う声。驚き見ると、そこには声音に違わずおかしそうに微笑む鮮麗な少女の姿があって。
「……その、ごめんなさい」
「ふふっ、そっか。うん、別にいいよ。たぶん誰も怒らないと思うし」
それから、ほどなくして。
お庭の中の大きな樹の陰にて、声を潜めつつそんなやり取りを交わす少女と僕。つい今しがたまで、僕がこのお屋敷に侵入した愚かしい理由をお話ししていたわけでして。……怒らない? ほんとに? ……まあ、怒られても文句は言えない……というか、全面的に僕が悪いので謝るしかないんだけども。
「あっ、自己紹介がまだだったよね。私は弥子、今年で12歳になったんだ。よろしくね」
「あっ、うんよろしく! その、僕は颯也。それで、僕も今年で12歳になって……」
「そっか、じゃあ同じ歳なんだ。ふふっ、なんだか縁を感じちゃうね」
その後も、本当に楽しそうな笑顔でお話ししてくれる鮮麗な少女。……そっか、弥子……うん、それは何と言いますか――
「……その、素敵な名前だね……えぇ!?」
「ふふっ、なんで自分で言って驚いてるの? でも、ありがと。颯也もすっごく素敵だよ」
「……あ、その……うん、ありがと」
何やら馬鹿なことをしている自分に、おかしそうに微笑み告げる弥子。……うん、ほんとだよね。ただ、こんな柄にもない台詞が口に出てしまったことに驚いて……うん、ほんと恥ずかし――
「はい、颯也」
「……へっ?」
「食べたかったんでしょ? どうぞ。あっ、ちゃんと加熱してあるから心配しないでね」
「………ん? 加熱? 心配?」
「……あれ? もしかして、そのまま食べるつもりだった? 駄目だよ、絶対。銀杏は毒があるんだから」
「そうなの!? ……その、ほんとにありがと、弥子」
「ん、それはどっちに対して?」
「……両方、かな」
すると、ニコッと微笑み告げる弥子。差し出されたその手には、白くて丸い数個の実――僕が食べたいと思っていた銀杏の実で。……そっか、毒があったんだ……うん、ほんと危なかった。本当に命の恩人だよ、弥子は。
ゾッと恐怖――そして安堵と感謝を抱きつつ、少し戸惑いながらも弥子の手から一つ頂戴。それから慎重に皮を剥くと、出てきたのは何とも美しい翡翠色の実。そして、再び感謝を告げ口の中へと含み――
「……うん、美味しい」
「でしょ? 私も大好きなんだ」
ポツリと、言葉がもれる。……うん、ほんとに美味しい。こう、苦いんだけどその中にある甘さが何とも言えず――
「あっ、まだ食べる? とは言っても、食べ過ぎは厳禁だけどね。危険だから」
「……へっ!? あっ、いやそれは流石に……でも、だったらもう一つだけ……」
「ふふっ、どうぞ」
すると、眩い笑顔のままそう言ってくれる弥子。そんな彼女に恐縮しつつも、お言葉に甘えもう一つだけ頂戴することに。……うん、なんだか癖になっちゃいそう。
「――こんにちは、颯也」
「うん、こんにちは弥子」
ある穏やかな夕方にて。
そう、可憐な笑顔で挨拶をしてくれる鮮麗な少女。そんな彼女に、僕も微笑み挨拶をする。今いるのは、金色に輝く大きな樹――僕らが初めて出会った、あの銀杏の樹の下で。
あれから、およそ一ヶ月――ほぼ毎日のようにここで会っては、他愛もないお話に花を咲かせたり一緒に銀杏を食べたりしていて。
本当に、幸せだった。そして、どうしてか疑いもしなかった。弥子は良家のお嬢さまであり、庶民の僕とは住む世界が違う人。なのに……こんな幸せな日々が、これからもずっと続いていく――そんなあるはずもない未来を、どうしてかまるで疑いもしなかったんだ。
そして、出会って数ヶ月が経った頃――卒然、僕らの世界はブツリと絶たれた。




