#13 事変②
8:30 属州南部 市街地
「中隊長!あいつら、止まりません!」
銃を手にしながら、兵卒がそう叫んだ。
その視線のずっと先には、オークの隊列が組まれている。
雄たけびを上げながら、一歩、また一歩と前進していた。
前の物が銃撃で倒れようとも、その屍を乗り越え、直進を続けるのだ。
「なに、人数でごり押してるだけだ!撃て撃て、撃ちまくれ!」
中隊長はそう怒鳴ると同時に銃の引き金を引いた。
オークが1人倒れる。しかし密集隊形で突進するオークたちは、それだけで勢いを弱める様子はない。
「クルガル諸民族万歳!」
「今日、この日より、光の国を取り戻すのだ!」
オークの咆哮がこだまする。
「近くの鉱山で働いてた連中です!後ろにドワーフも控えてます!」
部下の報告を噛みしめ、呟く中隊長。
「くそ、無理か。人数に差がありすぎる」
冷静ではあるものの、声は震えていた。
「ここまで、だな」
その頬には冷や汗が伝っている。祈る様に目を瞑った。
「第3中隊、聞け!戦線を放棄する!一般兵は、即時撤退せよ!」
◇
9:30 首都ニューリア 陸軍本庁舎
質素な、作戦室の中にて。
「ジョフル。頼む。お前にしか頼めないんだ」
俺は倒れないか心配になる確度で頭を下げる男を、静かに見つめた。
ロイ・フォアマン中佐。陸軍の魔術将校で、かつて俺と共に五次戦争で戦った戦友だ。
「魔術省で救助活動をしていたら突然こんな所に連れて来、その上何を言うかと思えば───」
頭を掻きながらため息交じりに言葉を続ける。
「過激派のお仲間がクーデターを起こして、首相官邸を占拠だと?意味が分からん。しかも俺にそのケツを拭けと?」
「……軍の主力は今、演習中ですぐ近くにはおらんのだ。すぐに動かせる人員では、反逆者共に敵うか分からん。首相官邸から要人を救出するのを手伝って欲しい」
フォアマンの頬には汗が伝っている。相当緊迫した気分であるに違いない。
「お前もよく知っている通り、軍とて一枚岩ではない。軍事大臣率いる革新派に、シュライエル大将が率いる保守派、そしてクーデターを起こした保守過激派の王党派……我々の管理不足がこの事態を引き起こしたのだ、すまない───!」
俺は再び腰を折って頭を下げるフォアマンの背中を叩き、普通に立つ様に促す。
「俺みたいに、立場の無い人間かつOBだと、多少軍人を殴っても後々楽でもあるよな」
「……そうだ。他の魔術師の手、ましては魔術省そのものの力は借りれん」
唇を噛む様にして言うフォアマン。
俺は右手を差し出した。
「分かった、分かった。やるとも、やってやるよ。俺もあの連中は好きじゃない」
「そうか。ありがとう、ありがとう。本当に、ありがとう……!」
フォアマンは今にも泣き出しそうな顔になって俺の手を握った。
「だがな、大臣を無傷で奪還となると、俺1人じゃ難しいぞ。ただ勝てばいい訳じゃないからな。他にも人員はいないのか?」
「ああ、それは……」
フォアマンが口を開きかけたところで、作戦室の部屋が突然開いた。
「私も手伝う。無論、断る理由はないだろう?」
見覚えのある、はち切れんばかりの筋肉。整った毛髪に、豊かな髭。金属製の鎧を礼服の中に着込むスタイルは、この壮年の男における紳士性の象徴であった。
「アイザックさん」
俺が戦場での罪に身を焼かれ、死人の様に暮らしていた頃。その深淵から、引き上げてくれた人。
俺にとっての、英雄。
「久方ぶりだな、ジョフル。ようやくこちらに帰って来れたと思った途端、これだ。全く災難だよ」
アイザックさんは、魔術省上層部の保守過激派と揉めて地方に左遷されていた。女性魔術師雇用に関する問題だった。
最後まで信念を貫き通し、去っていったのだ。
「私だって元執行局長だぞ。腕に覚えはある」
膨れ上がった筋肉が、この歳にして鍛錬を怠っていない事を示していた。
「……俺たちの共闘は、何年ぶりですか?」
「君からそんな事を聞いて来るとはな。9年ぶりさ。五次戦争の時以来だよ」
「そう、ですね」
この人がいるなら、なおさら断れない。
この人がいなければ、今頃俺は───
「恩を、返させて貰いますよ」
◇
9:40 首都ニューリア 王宮
ブルーノ・マルタイユは鉄壁の男である。
未だかつて、正面からの魔術戦で手傷を負った事は無い。
全てにおいて、その鉄壁さは顕在である。
未だかつて、与えられた仕事に対して失敗らしい失敗をした事が無い。全てを、及第点以上に仕上げていた。
しかし派手な男では無かった。地味で、堅実に、優秀な男。それが彼なのである。故に、信頼のある男でもあった。
しかしである。
齢51。人生の大半を過ぎて遂に、彼は苦境に立たされていた。
「───なぜ、いらっしゃらない」
露骨な動揺だった。
豪華絢爛な小部屋。王者の間と名付けられたこの部屋には、マルタイユ以外の人間は1人も立っていなかった。
ただ、誰も座らぬ椅子があるのみである。
「執事は、この部屋にいらっしゃるはずと───」
天を仰ぐマルタイユ。天井の、絵画による装飾が視界を覆う。
「一体、どちらへいらっしゃるのですか、陛下」
こうして、アルバロス国王カリオス10世は、行方不明となったのである。




