私の推し
えーっと、この角を曲がったとこに確か……薔薇園が……あ。
クラリス・アウレリア……いや、
「クラリス様……!私のロイヤル・アカデミアは今始まりました…!」
薔薇園の中央で優雅に立ち尽くす銀髪の少女——画面越しではなく、目の前に実在するクラリス様。その美しさたるや、私が何万回もスクショを撮り、何百枚もの絵を模写したあのクラリス様そのものだ!
「うわっ……まじか……マジでクラリス様……!尊すぎて目が潰れそう……!」
思わず口走った瞬間、現実に引き戻された。だって今の私はゲームの主人公・リリア。しかもこのタイミングでクラリス様と接触するのは、ゲーム序盤で確定している「初対面&嫌がらせイベント」の直前だ!?
嫌がらせというか、めっちゃフランクな絡み方してきた主人公に『…なるほど、分かりました。貴方のような平民はこの学園に相応しくないわ。』と笑顔で言われるだけだけど!むしろご褒美だけど!……でも
「落ち着け自分……これはチャンスだぞ……?」
前世オタク脳がフル回転する。
「ここで好感度を下げなければ……クラリス様を断罪から救えるかもしれない!あの悲壮な最期を回避させられる!そして何より……推しと合法的に絡める……!」
深呼吸一つ。震える足取りで一歩踏み出す。心臓が喉まで飛び出そうだ。だってリアルで推しと話せるなんて……こんな幸せなことがあっていいのだろうか?
「こ……こんにちは……!クラリスさま……!」
声がかすれてしまう。推しの前で平常心など保てるわけがない。しかしその時──
クラリス様の瞳が微かに揺れた
「……?ごきげんよう、私がクラリス・アウレリアですわ。…大変不躾ながら私、貴方のことを存じ上げておらず…お名前を伺ってもよろしいでしょうか…?」
喋ってる!私!クラリス様と喋ってる!じゃなかった!
そうだよね!この時点では私たちはまったく面識がないはず。いくら私が前世で万単位の時間を彼女に捧げてきたとはいえ、この世界における私の存在はただの転校生Aだ!
「し、失礼いたしました……!私……リリア・エルナードと申します。今日からこちらの学園に転入させていただきました」
必死で取り繕いながら頭を下げる。背筋が凍る思いだ。貴族社会の序列を無視して名乗りもせず馴れ馴れしく話しかけるなんて……間違いなく社交界のタブー。
クラリス様の眉間にほんの僅かな皺が寄る。ああぁ……そんなお顔も美しい……
「リリア・エルナード様……私のことを存じてるようですね。本来、上の身分のものに名乗りもせず話しかけるのは無礼に当たります。……ですが、エルナード家は養子を取ったと聞きましたわね……そう、リリア様はまだ貴族社会に不慣れですものね。……今後は気をつけてくださいまし」
クラリス様は言い終わるとすぐに背を向けた。銀髪が風になびく。あの優雅な仕草……!でも待って!今、私のこと「無礼」って言った!完全にアウト判定食らった!!しかも最後の「今後は気をつけて」ガチの忠告じゃん!!
でも、『この学園に相応しくない』とまで言われていないのは、ゲームの主人公は『堅苦しいのは苦手なんです!仲良くしましょ!』的なこと言ってたのに対して私が即謝罪したからかな?
ファーストインプレッションは大コケしたけど、推しと話せただけで私は大満足です……じゃなかった。
クラリス様の後ろ姿を眺めながら一人芝居を脳内で繰り広げていると、突然くるっと振り返るクラリス様。
「リリア様……私のことをどこで聞いたのですか?」
その碧い瞳が真っ直ぐに私を射抜く! 推しの視線がこんな近くで……! 心臓が破裂寸前だ!
「ひゃっ!?」反射的に跳ね上がった私の声にクラリス様の眉がピクリ。しまった!またやってしまった!
「ああ、いえ、その……!義父から教えていただいたんです!この学園ではアウレリア侯爵令嬢が首席だと!」
なんとか口から出てくる言葉を繋ぎ合わせる。嘘ではない。確かに娘に他の有力者情報を与えていた。
「……そうですか」クラリス様の目が僅かに細められる。疑われてる?推しに疑われるのってこれほど胸が痛いなんて……
「良いでしょう。貴族として最低限の知識は持っているようですわね」ふっと息を吐くように言うと、再び背を向ける。
「ですが……次からはもっと品格のある振る舞いをお勧めしますわ。この学園ではそれが全てですから」
「はい!努力します!この度は…その……美しすぎて、つい、クラリス様だと理解した瞬間に声をかけてしまって……!いや、外面だけの美しさだけではなくて、王太子の婚約者という立場で、学園の首席もずっと守り続けておられる、その凛とした美しさたるや……平民のままだったら一生お目にかかれないような御方で……」
私は何を言っているんだろう
そう思った瞬間――
「……!」
クラリス様の頬が薄く染まるのが見えた。
(やっちゃった……!)
頭を抱える。推しを目の前にして暴走した私。冷静になってみると本当に酷い有様だ。原作通りなら今頃クラリス様は凍りつくような冷笑を浮かべているはず……
原作にこんなシーンはないけど……
しかし、
「……はぁ」
聞こえたのは深い溜息ひとつだけだった。
顔を上げるとそこには想像と違う表情があった。クラリス様は眉間に手を当て、小さく呟いたのだ。
「その……リリア様」
「はいっ!?」
驚いて背筋を伸ばす。
「私は別に……」
銀髪の隙間から覗く耳が赤く染まっていた。
「……自信を美しいとは思っておりません」
それは明らかに照れ隠しだった。
「それに……」
そこで言葉が詰まる。碧眼が不安げに揺れる。
「そんなふうに直接言われたことが……今まで一度も……」
クラリス様は慌てたように顔を逸らした。
「いいえ!今のは忘れてくださいませ!」
と、急ぎ足で去っていく背中に残されたのは、
「リリア様、今後は貴族として正しい振る舞いをお願いしますわ」
銀髪を翻して去っていくクラリス様の後ろ姿。その背中が見えなくなるまで固まったままだった。だって……
「……え?」
オタク、脳内スクショ余裕です




