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「一旦、話し合いをしましょう。我々八咫烏にはあなたの力が必要なんです」
「いや話し合いをしようったって、ねぇ?」
尻餅をついた姿勢のまま、破壊された引き戸を見て答える。
一体どの口が話し合いをしようだなんて、と言いたい気持ちはぐっと抑えた。少女とは言え、引き戸を破壊するのみならず、成人男性であるオレのことまで軽く吹き飛ばしてしまうような人物だ。露出したいのかしたくないのかわからない服装も相まってますます変質者。
微動だにしないその立ち姿は本当、何度見ても背筋が伸びていて綺麗なのだが。逆にそれが不気味。だからといっていつまでも土間に居座られたら仕方ないし、日本人の性なのかなんだか申し訳なくなってきた。
「とりあえず、お茶くらいは出しますよ」
「わかりました、いただきます。改めてもう一度お話もしたいので」
「ああはい、もうわかりましたよ。聞きますよ。どうぞ」
立ち上がり、尻に付いた砂埃をぱっぱと払ってからサンダルを脱いで沓脱石の上に揃え玄関に上がる。
少女はというと、勝手がわからないのかやや首を傾げながら固まっていた。
「靴はこの石の上に置いちゃってください。全然腰掛けても大丈夫なんで」
「......教えていただき、感謝します」
「いやかてぇな。ご教示じゃないだけましか」
思わず口からそんなツッコミが出てしまったが、少女はブーツをしっかりと揃えて玄関に上がる。
少女が足を着いた床を見て、やはり春とはいえブーツは暑いですよね、なんてどうにか話題作りのために言おうと思ったが、どこを見てるんだと投げ飛ばされかねないので自重して客間に案内する。
「適当にソファにでも座って待っててください、お茶を入れてくるので」
「お気遣いありがとうございます」
スカートだし外国人さんっぽいから、とそれとなくソファに座るよう誘導してみたが、少女は座布団の上でぴしっと正座。
それを見せられてしまったからには出会いかた云々よりもお客様を待たせられないと、急いで茶葉を用意して電気ケトルでお湯を沸かす。
家の割に趣のない電化製品がを用いるが、緑茶を美味しく淹れるため完全に湧き切る前に止めて茶葉を入れた急須に流し込む。その急須と湯呑みを二つ、お盆においてから客間の襖を開けた。
少女は姿勢を少しも崩さないまま、ただ目線の先にある壁一点を見つめ続けていた。恐ろしい位に真面目なんだろうな、とお茶を出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます。早速ですが、八咫烏の」
「あー待って待って、とりあえず自己紹介でもしましょうよ。ね」
真面目故に、こうやって宗教に騙されるんだろうなぁ。八咫烏とかいう宗教に。
目を覚まさせる、なんて無責任なことは言わない。もしかすると少女にとってはかけがえのない存在で拠り所なのかもしれないから。とはいえ強引に私のことを勧誘してくるのはやめてほしいので話は逸らそうか。
「まずはオレから。海風 平八、十九歳。えー、フリーターで日雇いの仕事をぼちぼちやりつつ、畑仕事をしてます」
「はい」
「......以上です」
何故かわからないけど、圧を感じる。履歴書なんて出していないのに、まるで知ってますよと言わんばかりの表情をする少女に思わず屈してしまった。
これ以上自分について話すような面白いことは無いのだが、少女はそれを見破ったかのようにタイミング良く口を開いた。
「八咫烏関東本部、戦鳥の第三部隊所属。フィオナ・アーリャド・モルガーナ、十六歳です。八咫烏には二年ほど前に神童として選別され所属する運びとなりました」
「え、あ、どうもご丁寧に。半分位理解出来てませんけど」
「探知と殲滅を両立できる剣型の天賦と適合しており、神憑りによって神秘を扱う事もできます。白兵戦を得意とする海風 平八さんと相性が良いかと召集を進言し、迎えに上がった次第です」
「待ってよ、本当に言ってる言葉の半分以上が理解不能だから落ち着かせて。何を言ってるんですか一体。白兵戦なんてしたことないし」
意味のわからない言葉を並べられて頭が真っ白になる。しかし、彼女はさも当然と言った様子。
流石に熱心な信者を出す宗教なだけあって口が上手い。一旦はオレのことを混乱させ、その後になんだかんだ優しくすることで入信させようという魂胆なのだろう。
だがそうやすやすと引っかかるほど世間知らずではない。まだ彼女から情報を引き出せるはずだ。親切なご近所さんたちに注意喚起できるようもう少しだけ聞いておこうか。
「えーと、フィオナ・アーリャド・モルガーナさん? は、その八咫烏とやらで何をされているんです?」
「フィオナで結構です、長いので。私の任務は主に関東地域で確認された禁忌核の殲滅。実戦経験自体は半年ほどの新人ですが、幼少期からこういったことを想定して鍛錬をしていたので想定外がなければ足を引っ張ることはないかと」
「あっ、そういう。じゃあ、仮にオレがその八咫烏とやらに入ったら何を担当して?」
「それはもちろん、禁忌核の殲滅です。海風 平八さんのご活躍は当然聞いています。僅か十歳にして神童として所属、その後は五十年前にあった神奈川の厄災も鎮めたと」
不味い、聞けば聞くほど頭が混乱してくる。やっぱり早く帰ってもらうべきだった。
そもそも十歳で八咫烏に所属、とか意味わからんし。神童ってのもおそらくは特待生的なそういう制度なんだろうが、んなもんに選ばれた覚えはない。十歳のときのオレなんてダンゴムシを鼻に突っ込んで取れなくなってた年齢だぞ。
そしてなにより、五十年前に合った神奈川の厄災ってなんだよ。オレ生まれてないし。
もう正直に人違いです、といって帰ってもらおう。そうしたらまずは隣の斎藤さん家に教えに行かないと。あそこの爺ちゃんは人が良すぎるから引っかかりそうだ。
「すみません、そもそも五十年前なんて自分は生まれてないですし、自分の母親も生まれてないですね」
「......はい?」
率直に言ってみると、そこで初めてフィオナさんは表情を変える。
それまでにしっかりした雰囲気が一変、目をまんまるにして年相応なものになったかと思うと、羽織の内ポケットからだろうか、一冊の手帳を手にとってパラパラとめくり始める。
何を見ているのかはわからないが、フィオナさんは『あ......』と口を開けた後にオレのことを見つめてくる。
「失礼ですが、もしや海風 平八さんは本当に十九歳ですか?」
「そりゃもちろん、そうですけど」
「そんな......神秘で見た目年齢を操作しているわけではないのですか......。では、私の探していた海風 平八さんはどこに」
顎に手を当てて何やらブツブツとつぶやき始めるフィオナさん。
見た目年齢を操作、なんてことが聞こえてきたが、それが出来るのは一部の芸能人や漫画家さんくらいだろう。子供の頃から貫禄があるね、と言われていたという点で見ればオレも二十年後には見た目が変わっていないね、と言われるのかもしれないが。
ただ、海風 平八という名前には聞き覚えがある。当然自分の名前だから、というのもあるがそれだけではない。それにわざわざここを訪ねに来たということはおそらく、フィオナさんが探していた海風 平八はオレではなく。
「フィオナさん。もしかしてですけど、その海風 平八さんっていうのはオレの祖父か曾祖父では?」
「......海風 平八さんの、お祖父様と曾お祖父様ですか?」
「はい。二人とも名前は海風 平八で、祖父も曾祖父もオレが小さい頃に日本刀みたいなのを振り回してた記憶が」
「ッ、では! その海風 平八さんはどちらに!」
子供の頃の記憶を思い出しながら言ってみると、フィオナさんは机に身を乗り出して詰め寄ってくる。
思わず視線が彼女の顔の下に向いてしまいそうになったのは、やはり曾祖父と祖父譲りのスケベ根性だろうか。しかし相手は高校生、JKである。対してオレは十九歳。事案にも程があるのでその視線をフィオナさんの綺麗な瞳に移してから言った。
「もう亡くなってます」
「も、申し訳ありません。そうでしたか......」
「居るとしたら上っすね! いや、もしかしたら下かもしれないですけど」
曾祖父も祖父も既に鬼籍であることを伝えると、フィオナさんの勢いが一気に消えた。
なんだか申し訳なく思い、オレ自身もとうに吹っ切れているためにくだらない冗談を言ってみるが。よほどショックだったのかフィオナさんは呆然としている。
もしやフィオナさんがハマってる八咫烏とかいう宗教、曾祖父と祖父が関係してるのでは? という疑問が頭の中に出てくる。それにフィオナさんの羽織、良く見たら見覚えのある紋様が施されている。
「フィオナさん、すこし待っていてもらえますか」
言うがいなや、オレはフィオナさんの返事も聞かずに立ち上がる。曾祖父が亡くなったときに祖父へ、そして祖父が亡くなったときにオレが受け継いだ遺品の一つである羽織を彼女に見せるためである。
残念ながらどんな宗教だったんだ、と聞くことは今となってはもう出来ないが、せめてあの羽織を土産に渡せばフィオナさんも元気に帰ってくれるだろう。
そして曾祖父と祖父がどういう設定で宗教の運営をしていたのかはわからないが、あの二人もただの人間であると理解すれば八咫烏というものから足を洗ってくれるかもしれないからな。




