序章
「海風 平八さんですね。国家守護法の第二章により、あなたを対禁忌核特務組織、八咫烏に召集します」
「......はい?」
半開きにした玄関の引き戸の前で、凛と佇む背の高い女性。いや、どことなく感じるあどけなさからして少女だろうか。
少し街から外れた場所にある我が家周辺の景色から浮いてしまうほどの美貌を持つ彼女の言葉に、オレは素っ頓狂な声を出すことしか出来なかった。
当然である。日曜日の昼間、年に数回ネットショップで少し大きな買い物をした時以外は基本押されることのないインターホンが押され、誰だろうかと不思議に思いながら出た結果がこれなのだから。
「えーっ、と」
聞いたことのない単語が連発したことで停止した頭を再起動し、情報を整理しようと間をつなぐ言葉を出しながら少女を見る。
外国の人なのだろうか。日差しで金よりも更に色素が薄い、しかし銀かと言われれば頷き難い、強いて言えば亜麻色に輝く長髪をなびかせ、スッと整い立体感のある目鼻立ち。
印象的なのは、その吸い込まれるような深い碧色の瞳を持つ切れ長な目......ではなく。服装である。
完全に変質者だ。春とはいえ、その服装は一体なんだと言いたい。
白を貴重に、袖先や肩の一部が黒に染められた羽織。それに身を包んでいるのはまだ良い。
下半身も真紅のスカートにタイツ、ヒールのある足首ほどまで長さがある黒のショートブーツと、大人びながらも若さを感じる格好であるため置いておいて。
問題は上半身だ。羽織の下が、黒を貴重に白の差し色が入ったシャツ。しかし明らかに丈がおかしい。大人びた少女の雰囲気に色気をもたらすほど豊満な胸が、ようやく隠れているくらいしかないし、ボタンが途中から無い。
つまるところ、下乳がチラチラと見え隠れする。その状態では下着をつけるほうが逆に、という考えなのか肌色一色。ただ、その下乳とヘソの間。少女のみぞおち辺りに刺青なのか、ひし形が積み重なったようなデザインの紋様が白い肌を際立たせるような赤色で施されていた。
「すみませえん、うち宗教は断ってまして」
最後にもう一度少女を上から下へ、下から上へと見て目を合わせたオレは、丁重にお断りして引き戸を閉めようとする。
んこれは完全に怪しい宗教の勧誘だ、美少女を使ってオレのような善良な一般市民を騙して色々貢がせるつもりだ。触らぬ神に祟りなしだ。
そう考えて一気に引き戸を閉めようとしたが、ガシャンという音がしこれ以上戻せなくなる。驚いて更に力を込めるも、腕がプルプルと震えるだけ。見てみれば、少女のもだろうか、白く長い指の四本が、引き戸の動きを制していた。
「ちょっと、なんですか!? やめてくださいよ!」
「なりません。国家守護法の第一章、第四条。八咫烏として羽織に袖を通した者は、之を命ある限り背負い続けること。拒否権はありません」
「いや知らないですってそんな法律! つかなんですかさっきから、八咫烏だかヤバカオスだかなんて僕は知りましぇえん!!」
少女の予想外のパワーと宗教勧誘の応援が来ることなどを考えてしまい、怯えながらも全力で扉を閉めようとする。
だが成人男性、それも時折畑仕事をする程度には動いているオレの全筋力を総動員しても、扉は動かない。
いよいよ本格的にチビリそうになっていると、扉の向こうで少女のため息が聞こえた。もしかして諦めてくれたか!? と思ったのも束の間。おおよそ少女から発せられるものとは思えないほどに強大な力で、オレの体は引き戸ごと吹き飛ばされた。
「グエッ!」
バタン! と音を立てて土間に体が打ち付けられ、肺から空気が漏れる。
揺れる視界を正常にしようと呼吸を深くしながら扉の方を見てみると、少女が依然として表情一つ変えずに佇んでいたが、一歩土間へと足を踏み入れ、オレのことを見下ろすようにして言った。
「往生際が悪いですよ、海風 平八。優秀な隊員だと聞いていましたが、ガッカリです。諦めて八咫烏としての自分を受け入れてください」
「いや、だから知らないよ......っていうか、扉弁償してくれーッ!」
冷たい目を向ける少女よりも、思わず目が行ってしまいそうになる肌色の渓谷よりも。
オレの目はすりガラスはバッキリと割れ、枠全体がウソのように歪み長い扉生に幕を下ろした我が家の玄関扉に向いていた。
そしてこれが、オレと彼女の。これからの相棒との最初の出会いだった。




