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ホラー

怨霊は口説けない

作者: 網笠せい

 遊んでいたら、帰りがすっかり遅くなってしまった。繁華街の喧騒が遠い。

 男はうっすらと酔いの残る頭を回しながら、鼻歌を歌い、暗い街の中を帰路に着く。女の子と飲み歩いてひとしきり騒いだあとの街は、生ぬるい夜風が吹いているばかりで静かだ。しんとした街並みが、やけに広く見える。道路沿いにぽつぽつと街灯が並んでいる。

 ふと、街灯の明かりが揺らいだ。視線を向けると、白いワンピースを着た女性が立っている。やけに青白い。街灯がジジジと音を立て、暗くなる。次の瞬間には、ワンピースの女性は姿を消していた。

 まだ酔いが残っているのかな……と、男は目をこすった。

 見通しのいい直線道路の向こうから、街灯の揺らぎと共に、青白い女性が近づいてくる。

 小学生の頃、教科書の隅に描いたパラパラマンガのようだ、と男は目を凝らした。乱れた長い髪、裸足、虚ろな目……近づいてくるごとに、女性の異様さがはっきりと伝わってくる。幽霊だ。思わず男は足を止めた。

 すぐそばにある街灯の下に幽霊が現れた。どこからか水の滴る音が聞こえてくる。幽霊の長い髪や、汚れた白いワンピースの裾から雫が滴り落ちていた。早く通り過ぎてくれと男は街灯の明滅を待つが、あれほど不安定だった灯りは、今や揺らぎもしない。

 男はごくりと唾を飲み込むと、酔いに任せて幽霊に声をかけた。先ほどの飲み会で女の子たちと話していたのと大差ない。


「……どしたん。池にでもハマったん? 水も滴るいい女ーいうことかいな。ほんまに滴らせんでもええやろ」


 女の幽霊は、どこかロボットを思わせるぎこちない動きで首を傾げると、長い髪の隙間から男をにらみつけた。怒りに見開かれた目は大きく、今にも飲み込まれそうな暗闇がある。血の気のない唇から、か細い声が漏れ出る。空気を切る音に、少し似ている。


「憎い……恨めしい……」

「ずぶ濡れやん。いい女が台無しやで。風邪……は、死んどるからひかへんのか。なんか拭くもん持ってたらよかってんけど……あ、駅前で配ってたティッシュならあるで?」


 酔っ払っているせいだろうか。幽霊への好奇心が勝った。

 男はポケットティッシュを取り出して封を開ける。一枚取り出して、幽霊のあごの先から滴る水をぬぐった。すぐにティッシュは水浸しになった。拭いても拭いても、キリがない。男は指にまとわりつく、濡れたティッシュを投げ捨てた。


「まるで泣いてるみたいやなぁ。こんなになるまで恨むようなことがあったんやろ? オレでよければ、話聞こか? 池に落とされて死んだとかなん?」

「話……聞こうか……?」


 幽霊の首がぎこちなく動いて、あらぬ角度に曲がっていく。こわばった青白い顔をものともせず、男は笑いかけた。


「定番は男に騙されたーとかなんちゃう? その男を探して呪い殺したるーみたいな。悪いけど、オレはちゃうで!」

「騙された……」

「ああー、やっぱりなー。まあ、そう怒らんと。べっぴんさんが台無しや。古い恋の傷は、新しい恋で埋めたらええってな! 世の中には、星の数ほど男がおるんやから!」


 幽霊のじっとりと睨めつけるような半眼を前に、男は自分の好奇心をほんの少し後悔して、たじろいだ。


「あなたが最初」

「え?」

「あなたが最初に弄んだ」


 男はぐっと恐怖を飲み込んで、後ずさる。

 ミカちゃんか? マユか? それとも──。

 過去に関係のあった女性を必死で探るが、数が多すぎて思い出せない。幽霊の顔を見るが、思い当たる節がない。遊んだ女性の数が多すぎて、顔さえ覚えていない子がいるのだから当然だ。


「……ちょっとその辺のコンビニで、ケーキ買ってくるわ!」


 逃げ出そうとした男が、何かにつまづいて転んだ。足元にはぬいぐるみがある。


「この子……返すね」


 幽霊の呟きに呼応するように、ぬいぐるみがケタケタと笑い声をあげた。その首は楽しそうに揺れている。

 幽霊はぬいぐるみを抱き上げると、優しい仕草でそっとなで、男に微笑んで見せた。生前の姿が思い出せそうで、男はぐっと息を飲んだ。


「……ほら、パパだよ」

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