第7話「差出人不明の郵便」
第7話「差出人不明の郵便」
午後の薄明かりが差し込む、静かな書斎。 吸血鬼は机に向かい、読みかけの本を閉じた。読んでいたはずの言葉が、いつの間にか頭に入っていなかった。
そのとき、扉の外から控えめなノック音。
「坊ちゃま、ただいま戻りました」
扉が開き、リッチが一通の封筒を手にして入ってくる。
「郵便物を預かっております。魔王軍本部からの連絡文と、こちらの……差出人不明のものと」
吸血鬼は眉をわずかに寄せると、封筒を受け取った。表面には、自分の名と部屋番号だけが書かれている。印も、封蝋もない。
封を切ると、中には一枚の便箋。
“魔物、許すまじ、吸血鬼殺すべし、リッチ浄化すべし”と書かれていた。
「誰が持ってきた?」
「郵便担当の魔物でした。“この封筒は必ずご本人にお渡しを”とのことでしたが、差出人は分からないとの事、記録にも残っておりません」
吸血鬼はしばし沈黙する。
「……くだらない悪戯だろう」
そう呟くと、彼は便箋を丁寧に畳み、引き出しの奥にしまい込んだ。
その後、魔王軍本部からの正式な報告に目を通す。
内容は人事異動について。数名の幹部の異動通知と共に、補佐官として“エリセ”の名が記されていた。
手が止まる。
文面にはそれ以上の情報はない。ただ、そこに名前があるだけ。
「……このタイミングで?」
誰に聞かせるでもない声が、部屋に沈んでいった。
ふと、リッチが少し言い淀むように声を発した。 「……そういえば、魔王軍本部で一人、妙な雰囲気の方とすれ違いました」 「妙な雰囲気?」 「肩までの髪を風に揺らしておられました。人間とも魔物とも思えない雰囲気でした。……ですが、その方、かつて地上で150年ほど前に会った“エリセ”と名乗っていた人物と似ているように感じました」
吸血鬼は視線を戻し、再び封筒の表を眺める。
「……髪の色と、瞳の色はどうだった?」
リッチは、少し間を置いてから答えた。 「……金髪碧眼でした。記憶違いでなければ、確かにあの方でした」
吸血鬼は机の上に視線を落としながら、ひとりごとのように呟いた。 「まさか、生きている?……そんなはずはない、エリセの名前は記録帳に書かれている」
そもそも任務は100年以上前だ、人間の寿命を考えれば生きているはずがない。
それがどうしようもなく、不気味だった。
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