第3話「たまには、そんな日も」
第3話「たまには、そんな日も」
朝の光晶石が点灯し、ダンジョンの屋敷にもゆるやかな“朝”が訪れる。
吸血鬼は、いつものようにベンチに腰を下ろし、紅茶をひとくち。
「……ん?」
その香りに、微かな違和感があった。いや、違和感ではない。妙に心地よい。
「今日は……少しだけ、うまい」
そう呟きながら、もう一口すすってみる。
確かに香りが豊かで、口当たりが柔らかい。特別な茶葉でも、特別な抽出でもないはずだ。
すぐ傍で、ゴーストがふわりと現れる。
「今朝の室温は1.6度高く、湿度は7%低下しています。香気拡散率が通常より11%高く、味覚刺激が強化されています」
「……なるほど、気圧と気温のせいか」
納得したような、していないような表情で、吸血鬼は天井を見上げた。
光晶石の青白い輝きが、天井に埋め込まれて淡くきらめいている。
特別な出来事など、何もない。
リッチは地上に出勤中。ゴーレムは庭で石を叩き、ゴーストはその辺に浮かんでいる。
それでも今日は、なんとなく気分が良い。
「……そういう日も、あるか」
紅茶のカップが空になり、吸血鬼は立ち上がる。
本を開いて、ベンチに背を預ける。
静かで、穏やかで、どこまでも変わらない、けれどほんの少しだけ幸福な、そんな時間が流れていった。
読んでいただきありがとうございます。
感想いただけると嬉しいです!