第1話「永遠に子供部屋ダンジョン」
第1話「永遠に子供部屋ダンジョン」
静寂。
ダンジョン最奥に広がる、広大な空間。かつて無数の冒険者を迎え撃ったボス部屋は、今や美しく装飾された一つの屋敷と化していた。
厚いカーテンに遮られた窓の隙間から、わずかな光が差し込む。
それは太陽のものではない。ダンジョンの天井に埋め込まれた〈光晶石〉と呼ばれる魔石が発する、人工の“昼”だった。
その光を避けるようにして、吸血鬼の少年はソファの上で丸くなっていた。
「今日も誰も来ない……平和でなにより」
少年はそうつぶやき、ページの端が少し折れた古書に目を落とす。
長い銀髪、白い肌、紅玉のような瞳。時間が止まったようなその容姿は、まるで人形のように整っている。
しかし、その目は退屈そうに虚空を見つめていた。
そこへ、カツン、カツンと規則正しい足音が響く。
「坊ちゃま。朝の用意ができております」
黒いメイド服に身を包んだリッチが、静かに告げる。
その瞳には一切の光がなく、表情はほとんど動かない。それでも、どこか家庭的な温もりを感じさせるのは、長年の習慣だろうか。
「ありがとう、リッチ。……そういえば、あの時、つい噛みついてしまったな」
「ワイフにでもするおつもりでしたか?」
「メイドが欲しかっただけだ!」
リッチは無表情のまま、僅かに首を傾けるだけで反応を終える。
それが彼女なりの冗談だったのか、今となっては誰にも分からない。
吸血鬼はソファから立ち上がり、ふわりと屋敷内を歩き出す。
その歩みの先にあるのは、小さな中庭だった。
ゴリ、ゴリ、ガシャン。
苔むした岩の体を持つゴーレムが、崩れかけた石畳を丁寧に修復している。
無表情で、無言。だが仕事だけは、どこまでも正確だ。
「今日も良い仕事だな」
吸血鬼の一言に、ゴーレムは手を止めてほんの一拍だけ頷くように見えた。
そこへ、上空から風を裂く音。
バサァッと翼を広げて舞い降りたのは、傷だらけのワイバーンだった。
くすんだ緑の鱗が陽を浴びて輝く。
その口には、一通の封書がくわえられていた。
「また来たのか……まったく、しつこいな」
封を切ると、中から現れたのは魔王軍からのスカウト通知。 “暗殺者として再契約を希望する”とのこと。
「坊ちゃま、今の魔王軍では能力ある者が不足していると聞きます」
「興味はない。外は、眩しすぎる」
リッチは何も言わず、代わりに小さなため息をついた。
吸血鬼は手紙をくしゃりと握りつぶし、火鉢に投げ入れる。
炎がそれを呑み込み、灰となって舞い上がる。
吸血鬼は中庭のベンチに腰を下ろし、天井を見上げた。
「……もう、仕事は懲り懲りだ」
その言葉とともに、彼はまた一冊の本を開いた。
永遠に続くような静かな日々。
誰も訪れぬ、子供部屋のようなダンジョンで。
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