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ステラは白い死神の継承者

全てはアンロスの街のとある歴史から始まった。この街は他の街や国と比べれば、良くも悪くも大きく発展していなかったがとある風習があった。


蛇神(へびがみ)様…今宵(こよい)の供物でございます」


目隠しのような物をした神官らしき人々が牛や豚などの家畜の肉を載せた荷車を蛇神と名乗る者に提供していた。そこは地下に作られた神殿のような所で、門の暗がりの中で不気味な眼光が浮かび中から何か這い出てくる。


『シュシュシュ…』


チロチロと長い舌を出しながら現れたのは二つ名の白いバジリスクこと白い死神リッチだった。リッチは鎌首を上げて神官達と荷車の供物を見下ろしていた。


「あなた様がこの地に()()()()()お陰で今宵も作物が豊富でございした。我々からの感謝の印でございます」


そう言うと神官達は荷車を置いてゆっくりと後退りしていき、リッチはそんな彼らを追いかけはせずに荷車を尻尾で持ち上げて、大きく開けた口の中に放り込んでいく。


意外なことに白い死神として恐れられていたリッチはこのアンロスの街では豊穣の神のように崇められていたのだ。


確かに二つ名のSランクモンスターとして世に名を知れ渡らせて長いこと君臨していたが、この街を訪れた際にあることを知ったのだ。


「今日よりこの街は我々の支配下にある!」


「よって(みつ)ぎ物を我らの領主様に捧げよ!」


それはリッチがアンロスの街を訪れた際、何処かの領主が街の人々を支配下を置くかのようにふんぞり返っているのを目にした時だった。


相手はそこまで強くなく丸々と太っていてリッチからすれば食べ頃にも見えるが、街の人々は何の文句もなく自分達の育てた作物や家畜などを無償で献上していた。


「貴様!貢ぎ物がこれだけとはどう言うことだ!」


「申し訳ありません…今年は悪天候で不作でして…」


何を思ったのかリッチはそんな光景を暫く観察していたある時、貢ぎ物が気に食わないと兵士達がその貢ぎ物を捧げた男性を抑え込んでいた。


「言い訳は無用じゃ!そのものに極刑を言い渡す!」


「アスケル・ナーティア!貴様を刑に処す!」


偉そうに玉座にふんぞり返る領主はアスケルの処刑を言い渡すと、恐れでどよめく民衆を掻き分けて外套(がいとう)のような物を被った小さな少女が飛び出してくる。


「お父さん!?」


「ステラ!来るんじゃない!?」


ステラと呼ばれる少女はそのアスケルの娘のようだが、アスケルは自分が処されるよりもずっと慌てた様子で引き止めようとする。


「むっ、その娘の顔をよく見せてみろ!」


しかしアスケルの思いも虚しく、領主に目を付けられてしまったステラは外套を兵士によって引っ剥がされてしまい、雪のような白髪と小麦色の褐色肌が露わにされてしまう。


「ダークエルフじゃないか!」


「あの子…ずっとあんなのを被っていると思ったらダークエルフだったのか」


「けど、ダークエルフがなんでこの街に…」


エルフはよく聞く亜人だが、その中でもディアマナミナを持つダークエルフは言わばホワイトタイガーのような希少な亜人とされている。


そんなダークエルフがこんな田舎街にいて、しかも彼女とは慣れ親しんだ様子からするに、そのことも知らなかったらしくアンロスの街の人々も全員驚いていた。


「ステラは…私の娘だ」


「嘘を言うな。真実を申せ」


話によるとアスケルは山仕事をしている最中に一人で泣いているステラを見つけ、哀れに思った彼はそのまま養子にしたと言う。


「…よし、貴様の罰は見逃してやろう」


「左様でございますか」


一体何を思ったのか領主はアスケルの処刑を取り止めたのだ。命が助かったことに彼は思わず表情が明るくなる。


「そこのダークエルフを我らに献上すればな」


しかし自分を助ける代わりに娘を差し出せと言う要求に表情が一気に曇り絶望感でいっぱいになる。  


ダークエルフは亜人の中でも希少種であるため人買いや好事家(こうずか)からすれば喉から手が出るほど欲しい存在だろうし、そうでなくとも貴重な存在を持っているのは富裕層からすれば一種のステータスであるためあり得なくもないだろう。


「待ってください!私の命なら差し上げます!?ですから娘だけは…」


「貴様とダークエルフ…どちらが価値があると思う?貴様など取るに足らんわ」


最初は自分達の力の誇示のためにアスケルを見せしめに処刑しようとしたが、彼らからすれば単なる暇つぶしでしかなく、ダークエルフを手に入れることがもっと重要であるためアスケルの懇願を聞き入れるはずがなかった。


「お父さん!?」


「頼む!ステラだけは…ステラだけは見逃してくれ!?」


有無を言わさず領主はステラとアスケルを引き離そうとする。無論、父親である彼も何とか食い止めようとするが兵士達に袋叩きにされてしまう。


「さあ、行くぞ。あのお方がお喜びになられるぞ!」


「ス…ステラ…!?」


「お父さん!?お父さん!?」


袋叩きにされ転がされたアスケルは必死に声を張り上げるステラに手を伸ばすも、領主はそんなの構わずに無情馬車を出発させてしまう。街の人々は逆らうことが出来ず、視線を反らしながら見送るしかなかった。


『……』


一部始終を見ていたリッチは考え込んでいた。確かに民衆はそこまで強くはないが数で領主達を圧倒出来るし、その気になればステラと呼ばれていた少女一人でも何とか出来たはずだ。


単純な力関係もあるだろうが、それとは別の何かが民衆達の力を削いだのだと結果に至った。


「おい、何処へ行くんだよ」


「はあ…何処へでも。娘を失った私に生き甲斐なんて…」


アスケルはその日以降から廃人同然になってしまい、フラフラとした足取りで街から出ていくことにした。街の人々もステラを助けられなかったこともあり止めようがなかった。


『シュシュシュ…』


「…もはや白いバジリスクに食われても構わないさ」


ほどなくしてアスケルはリッチと出会うも生きる気力を失った彼からすれば餌になったとしても今更どうこうなる問題でもなかった。


『シャアアア…』


「何だって?」


自暴自棄になっていたアスケルだがリッチの『テレパシー』によってある提案を聞かされて唖然となる。


「あれ、どうしたんだ?」


「気持ちが落ち着いたのか?」


旅立って間もないのに何処か雰囲気が変わったアスケルが帰ってきたことに街の人々は唖然となるも手厚く出迎える。


「皆…紹介したい者がいる」


するとアスケルの背後から白く長い巨体が姿を現し鎌首を上げてくる。


『シャアアア…!』


「「「わああああ!?」」」


その姿は白い大蛇であり、人々は目を合わせただけで恐怖に支配される。と言うのもこれほど大きな大蛇はバジリスクしか当てはまらないからだ。


「バジリスクじゃないか!?」


「しかもこいつは二つ名の白い死神リッチじゃないか!?」


それ以前に身体が白いと言うインパクトある見た目は二つ名と共に知れ渡っていたためどう言う存在かは一目瞭然だった。


「待ってくれ。リッチから提案があるそうだ」


蜂の巣を突いたかのように街の人々はパニックになるも、アスケルはリッチから出された提案を通訳するように語り掛ける。


「この街をあの領主から助け、この土地を良くする代わりに得られた恵みを全部とは言わないが差し出せと言う内容だ」


リッチがアスケルを介して挙げた提案とはアンロスの街をあの悪徳領主から守り、豊かにしていく代わりに得られた物を分け与えろと言うことだった。


「どうしてそんなことを…」


「それこそ俺達を全員喰らうんじゃ…?」


領主のことはともかく二つ名のSランクモンスターが、得られた作物などを分け与えろなんてまるで人間のような取引をしてくるなんておかしな話だとザワめく。


「すぐに結論は出さなくて良いそうだ。しかしどちらにせよ領主の末路は既に決まっているそうだ」


取引はもちろん、結論を強要しない上に出るまで待つなんて人間よりも人間らしい言動に驚いていると、リッチはアスケルと共にその場から立ち去ってしまう。


▷▷▷


「へぇ、この子が話にあったダークエルフね」


「そうなんですよ〜、高く買ってくださいよ〜」


その頃ステラは領主の手によってドラグングニル帝国の研究者に引き渡されていた。その間に領主は手揉みをしながら媚を売っていた。


「……」


「初めましてかしら、私がここの研究所の責任者のアルノよ」


無理やりアスケルと引き離されたステラは最初は悲しみに暮れていたが、その悲しみは張本人である領主や研究者に対して強い怒りに変わりアルノに対しても強い憎悪の目付きで睨んでいた。


と言うのも今はミスリルの拘束具を装着されて抵抗はおろか自由に動くことすら出来なかったからだ。


「まあ、良いわ。あなたことを身体の隅々まで調べさせて貰うわ」


対するアルノは睨まれたとしても仕方ないことだと割り切っている様子だが、今も昔もほとんど変わらない若い女性の姿だった。


「きゃあああ!?止めてええぇぇ!?」


最初にされたのはアメジスやニナにも行ったマナミナの吸収だった。乾電池のようなシリンダーを幾つも満杯にするまでマナミナを強制的に吸われ、強い脱力感と感電に似た激痛を味わい悲鳴を挙げるステラ。


「ディアマナミナ…幼いためにまだ期待するほどの量は得られないわね。吸収を続けて」


ディアマナミナを手に入れるためにアルノ達は満足がいくまで徹底的に吸収を続ける。


「いやあああぁぁぁ!?」


例えステラが泣き喚いても叫んでも、吸収され過ぎて気絶したとしても枯れ果てるまで吸い続けられた。


「いぎゃああああ!?痛いいぃぃ!?止めてえええぇぇぇ!?」


今度はスザクと同じように手術台のような物に載せられメスやハサミなどで身体を切り刻まれていた。スザクのように不老不死ではないため、殺されないように施されているが悪く言えばなぶり殺しも同然だった。


「皮膚はエルフと比べると少し丈夫だな」


「細胞もディアマナミナを含んでいるためか活発的だ」


採取したステラの皮膚や細胞を研究者達は興味深く調べており、まるで子供のように夢中になっていた。


「他のエルフに血液や細胞を移殖するとどうなるのかしら」


その中でアルノはステラと同じく実験材料として囚われたエルフにステラの細胞を移殖や血液の投与などを行って実験をしていた。


「かはっ!?ぐああっ…!?」


「…やはりディアマナミナに耐えられるのは、それを生命エネルギーに変換出来るよう進化した種族だけね」


投与されたエルフが拒絶反応を起こし、目や口から血を吐きながら死んだことにアルノは冷淡に結論づけていた。


「となるとダークエルフを使った不老不死は少し難しいかしら。逆にエルフのマナミナや細胞では弱過ぎて一過性でしかないし先は長いわね」


ドラグングニル帝国はずっとフェニックスの不老不死を手に入れようとしていた。それは人間の一番の夢だろうし、実現出来れば歴史に大きく名を残す偉人として長く語られるだろう。


しかしダークエルフのディアマナミナなどは人間や他の亜人には強過ぎるし、エルフのマナミナなどは弱過ぎて完全な不老不死とは言えないため、せっかく貴重なダークエルフを手に入れたとしても利用価値を見出せず途方に暮れていた。


「けど、ダークエルフはエルフと比べて身体が丈夫で再生能力も高いわね。どれほどなのかしら?」


しかし何も得られなかった訳でもなく、アルノはダークエルフの身体の特徴に活路を見出していた。


▷▷▷


「さあ、今日も思う存分に搾り取ってくれるわい!」


領主は衛兵達を引き連れて再び農作物や貢ぎ物が豊かになったのを見計らってアンロスの街に向かっていた。


彼らに取って立場の弱い人間から徴収や搾取をすることは、物理的に満たすことはもちろん人の不幸を見るのが最高の快楽だと考えているからこそ、例え納められることが可能だろうが不可能だろうがどちらでも良かったのだ。


「…ここはこんなに作物が豊かだったか?」


「土壌も心無しか豊かになっているような…」


「それどころかマナミナの純度もかなり高くなっているぞ」


しかしアンロスの街に辿り着いた彼らは農作物はもちろん、土や水などの自然物や身の回りの空気やマナミナですらまるで生まれ変わったかのように良質になっていたことに驚いていた。


「お前達!楽しい徴収の時間だぞ!」


以前のように用意した立派な装飾のイスに腰掛けてふんぞり返るも、アンロスの街の人々は一瞥(いちべつ)するもすぐさま無視してしまう。


「貴様ら!ワシを無視するつもりか!」


これまで搾取を続け力を誇示するように見せしめを何度も行ったため、この街の人々は否応なしに無視は出来ないはずだ。それなのにまるで自分達の意思に反するかのように拒絶が当てはまるような無視に領主は怒り心頭になる。


「もう…お前らの言うことなんて聞くつもりはない!」


「なんだと」


聞き間違いかと思われたが、確かに自分達の言いなりにならないと言う明確な意思が台詞に含まれていたことに領主は怒りを一時的に忘れて呆然となる。


「貴様!ワシらに歯向かう気か!貢ぎ物を出さねばここで拷問に掛けるぞ!」


しかしすぐに怒りが再燃して怒鳴り散らし、衛兵達も武器を構えながら脅すように近付くも、街の人々は積年の恨みを露わにするかのように一步も引く様子も見せなかった。


「そんなに貢ぎ物が欲しいのですかぁ?なら、こちらにどうぞ」


「ほほう、最初からそうすれば良いのだよ。なんなら今夜ワシと夜を共にせんか?そうしたら街の者達を許してやろう」


色っぽい女性が誘惑するような腰つきで領主や衛兵達を骨抜きにして、いつの間にか建てられていた城のような神殿に案内する。


「あの…スプギル様、こんな神殿のような場所は前々からあったでしょうか?」


「知らん。ワシのためにこいつらが作ったのだろう」


スプギルは領主とは名ばかりの男で本来ならば所有する土地や街などを管理する役目があるのだが、彼は女遊びにギャンブルなどで集められた税金などを溶かす放蕩者(ほうとうもの)の見本のような人物だった。


衛兵達は甘い汁を吸えるためにスプギルに対して一応の忠誠心はあるが、彼の人望の無さはよく知っているためこんな不気味な雰囲気が漂う神殿を作るとは思えなかった。


「この扉の先でたっぷりと、お・も・て・な・し…しますので」


「おおう…そうか」


胸の谷間を強調し色っぽい様子で広間へと続く扉の中へと入っていき、スプギル達も光に誘われる虫のように中へと入っていく。


「もう辛抱ならん!今すぐに貪ってく…れ…る…!?」


遂に本性も本能も露わにしたスプギルは先程の女性を襲おうとするが、部屋の中で待ち構えていたのは魅惑的な女性などではなかった。


『シュシュシュ…!』


「バカな…バジリスクだと!?」


「しかもこいつは身体が白い個体…二つ名のバジリスクじゃないか!?」


雪のように白い鱗は確かに魅力的かもしれないが、その目付きは冷徹そのものとも言える白いバジリスクが首を長くしてと言うよりも鎌首を伸ばして待ち構えていたのだ。


『シャアアア!』


その眼光が怪しく赤黒く光ったと思ったら目を合わせてしまった衛兵達はその場に倒れて二度と動かなくなってしまう。


「開けてくれ!ここから出してくれ!?」


リッチは自身のゴッドプレシャスである『デッドアイ』で仕留めた衛兵達を一人一人呑み込んでいく中で、スプギルは外に出ようと扉を死に物狂いで叩いていた。


『シュシュシュ…!』


「や…止めてぇ…!?」


足首にリッチの尻尾が巻き付いたスプギルは逆さ吊りにされてしまい、リッチは敢えてデッドアイは使わずに舐め回すように舌を出しながら睨みつけ、出来る限り恐怖を与えた後に大きく口を開くのだった。


「…蛇神様?」


『シュシュシュ…』


先程の女性がおずおずと姿を現すと、リッチはとぐろを巻いており、周りには消化液に(まみ)れた衛兵達の鎧や武器が転がっていた。


「おおっ…やはり蛇神様がやってくれたか!」


「あの悪徳領主を成敗してくださったぞ!」


「俺達はようやく解放されたんだー!」


女性からの吉報、つまりスプギルの末路を耳にしてアンロスの街の人々は盛大に喜ぶのだった。


「めでたい、実にめでたい!今でも夢を見ているようだ!」


「今日は無礼講だ!祭りだ!飲めや騒げやー!」


その日の夜に悪徳領主が死んで悪政から解放されたことを盛大に祝う祭りが開催された。


「しかし蛇神様の力はスゴいな。こんなにも作物が育つなんて」


「この地に居てくれることで土壌やマナミナも良くなるから動植物がこんなに生き生きしてるんでしょうね。お陰で私達も血色が良くなったような気がするわ」


アンロスの街に建てられた神殿は特殊な構造になっており、リッチが居座ることで体内のマナミナが大地や空気を巡ってあらゆる物を豊かにしてくれるのだ。


「最初はどうなるかと思っていたが、本当に我々の守り神になってくれるとは…これほど頼もしい神様はいないぞ!」


「我々の育てた家畜を献上するだけでここに居て街を豊かにしてくれる上に、外からの敵を差し出すことでも満足してくれるなんてありがたいことだ!」


リッチがアスケルを介して挙げた提案とはこの街を豊かにすると同時に外敵を退ける守り神となると言うことだった。


最初は見返りに生け贄を要求するどころか街の住民を全滅させるのではないかと思っていたが、リッチは自身の力で豊かになった供物…特に家畜や侵略者の肉などを要求してきたため彼らに取っては願ったり叶ったりだった。


まさか二つ名のSランクモンスターが自分達の守り神になるなんて夢にも思わなかったが、確かにこれ以上ないほどの守り神だろう。


「これでステラの仇を討てたな」


「ああ…しかしステラはもう戻って来ない」


立役者であるアスケルはこれでステラの仇を取れたことになる。だが、復讐は果たせてもステラを失ったことは変わりないため、復讐心を満たしても途端に虚しくなるだけだった。それから暫くしてアスケルは生涯を終えるのだった。


アンロスの街は密かにリッチを神殿に(まつ)ることで資源が豊かになり、街自体も静かに発展していく。


しかし出る杭は打たれるとあるように、発展することは何も良いことばかりではない。いずれ秘密は何処かで漏れると同時に、豊かさはより強力な存在に目をつけられる要素だからだ。


▷▷▷


「次はワイバーンとネクロマンティンスの細胞とマナミナを注入するわ」


アンロスの街が発展した頃、アルノは様々なモンスターの素材を集めて実験を行っていた。


「かはっ!?あがっ…ぐあああ!?」


実験をされていたのはステラだった。手術台に拘束された状態でモンスターの細胞やマナミナを注入されると、悲鳴を挙げながら身体を(よじ)って拘束を振り解こうとするが微動だにしなかった。


「ぎいっ…!?ぎゃあああ!?」


「ワイバーンの翼、ネクロマンティンスの前脚…全て発現してるわね」


苦しむステラの腕が黒いカマキリの前脚に変形したり、ワイバーンの翼が背中から生えたことにアルノは淡々とレポートを纏めていた。


「さすがですね。Aランクモンスターやドラゴンの移殖実験は成功ですね」


「生命の錬金術を応用したお陰よ。けど、それ以前にダークエルフのこの子が頑張ってくれたからよ」


他の研究者達はアルノを称賛するも彼女は謙遜(けんそん)してステラを褒める。


「はあ…はあ…クソがぁ…!?てめぇら…殺す!?」


しかし当の本人はダークエルフに生まれてきたことを後悔しており、人体実験を行うアルノ達を皆殺しにしてやりたいと悪態をついていた。


既に彼女にはスライムやゴブリンと言った低ランクのモンスターはもちろん、オークやエレキランチュラにベロベロッグなどあらゆるモンスターの細胞やマナミナを投与され、その度に苦痛を味わい続けていた。


「ところで例の物は手に入ったかしら」


話は変わってアルノはある重要なアイテムが手に入ったと小耳に挟んでおり、仲間の研究員にそのことを訊ねた。


「かつてフェニックスが立ち寄った場所を調査した結果、『不死鳥の灰』が見つかったそうです」


不老不死のプロジェクトには不死鳥の灰はどうしても必要なアイテムだ。物が物であるため手に入れるまでには相当な人材と労力、時間が必要だったためにずっと停滞していたが報告を聞いてアルノは満足そうに微笑む。


「問題は何処で実験を行うかだけど…」


しかし喜んでばかりはいられない。不老不死を作り出すには希少なアイテムはもちろん、成功するにしても失敗するにしてもまずは試すための実験材料…つまり人間が必要だった。


「でしたらアンロスの街はどうでしょうか。あそこは人口が増えつつありますし、資源も豊富であるため近々侵攻計画が練られているとのことです」


帝国には地位が低い下層階級の人間も大勢いるため彼らを利用しようと考えるも、研究員の一人が発展しつつあるアンロスの街を侵略する計画があると話してくる。


帝国の軍事力であれば侵略することは容易いだろうし、そうなれば資源を独占することはもちろんそこにいる人間を実験材料として使えるはずだ。


「風の噂では二つ名のバジリスクが居座ってるとか…」


秘密にしていてもやはり豊かになるに連れて、大なり小なり噂としてリッチのことが知られてしまっていた。


「定かではありませんがね。しかしそれが本当ならドラゴンを投入しても勝てるかどうか」


鵜呑みにする訳ではないが、もし噂が本当ならばドラゴンでも攻め落とすのは難しいだろうと考えていた。


「…彼女を試してみましょうか」


「まさかステラを戦わせるんですか?」


ふと考え込んでいたアルノはステラを見ながら何か試すようなことを思いつき、更にそれを見ていた研究員はステラをリッチと戦わせようとしているのではと勘ぐる。


「ですが彼女は生命の錬金術の一つ、『キメラ』のプロトタイプですよ。ダークエルフだからそれまでの実験には耐えられましたが、幾ら何でもリッチ相手では…」


ステラが異種間であるモンスターの細胞などを投与され、それらの特徴や能力を取り込めたのは錬金術の力を行使されていたからだった。しかし投与や実験に耐えられても戦闘で勝てるかどうか別問題だ。


「なら死なないようにするだけよ。灰とは言え、一応はフェニックスの一部だからね」


目ざとくそのことを考慮していたアルノは不死鳥の灰を利用しようと考えていた。


▷▷▷


「はあ…はあ…ううっ…いてぇ…!?」


暫く経ってもステラは薄暗い場所で相変わらず手術台に拘束されて手足を切断されていた。しかし、苦痛を伴いながら、断面から新しい手足がトカゲのように生えてくる。


「長い苦痛の果てにステラは不死鳥の灰に見事適応したわ」


ステラはアルノが見込んだ通りダークエルフのタフネスさと不死鳥の灰によって、手足を切断されようが心臓を抉られようが、すぐさま肉体が再生してして瞬時に回復する力を手に入れていた。


「けど、それ以外の()()()()()()()は…」


『『『アアアア…』』』


比較するようにショーウインドを叩き続けるアンデッドを見ながらアルノは落胆していた。


話にあったようにアンロスの街はドラグングニル帝国の侵攻によってあっという間に制圧され、人々の多くが不老不死の実験に使われていた。


「不死鳥の灰では完全な不老不死は不可能…だから長命であるダークエルフの細胞を使用。ステラで可能ならばと思ったけど…投与した人間には強過ぎたようね」


擬似的ではあるがステラを不老不死に近い状態まで仕上げたため、同じような方法で実験すれば成功するのではと考えていた。しかし細胞と灰は通常の人間には強過ぎたらしく、拒絶反応とアナフィラキシーショックのような副作用を引き起こして命を落とす者が続出した。


『アアアア…』


「生命活動は完全に停止しているけど、不死鳥の灰によって肉体や細胞だけは活動しているようね。不死身ではあるけど自分の意思がないし制御も不可能。不完全ね」


手術台に拘束されたアンデッドを調べるに、脳や心臓など重要な器官や意思を司る部分は完全に停止しているが、灰でもフェニックスの力は健在らしく、細胞や身体を動かす機能などは不完全ながら活発化させていた。


「リッチが()()をしている間に不死身の兵士を揃えなきゃいけないけど…まだ再生能力が足りないのかしら?」


最強の守り神であるはずのリッチがいながら簡単にアンロスの街が制圧されたのは、バジリスクが蛇であることの悲しい運命(さだめ)なのか、冬の寒い間は供物で食い溜めした後に冬眠する必要があったからだ。


街にリッチがいて、冬の間は長い眠りに就いていることを事前に下調べしていた帝国は一気に街を攻略したのだ。


そして次の狙いは冬眠している間にリッチを仕留めようと考えているのだが、ステラだけでは戦力が足らないため、ここで実験も兼ねて不死身の兵士を投入しようと試行錯誤(しこうさくご)していた。


「…よし、良いことを聞いたぞ」


しかし考察を纏めているのをゼリータウンのブレットに似た見た目をした小太りな男が部屋の外で聞き耳を立てていたことにアルノは気が付かなかった。


「再生能力が足りないなら『マタンゴ』の細胞を使えば良い!これでアルノ主任を出し抜けた僕ちゃんは一躍有名人に…!」


その男はアルノの功績を利用し、成功した暁には全て自分の手柄だと自慢する気だった。


『マナミナアアアアァァァ!』


「抑えつけ…ぎゃあああ!?」


「ダメだ!?逃げろ!?」


ところがマタンゴの再生能力によって強力なアンデッドであるデュラハンを確かに生み出せたのだが、研究者達のコントロールを受け付けずに暴走し目に付く相手を襲い始める。


「ガレット…何をしたのか分かってるの?」


これには止むなくアルノも街を捨てるしかなかったが、騒ぎの元凶になった小太りの男のガレットに対してゴミを見るような目付きで睨んでいた。


「何って、再生能力の高いアンデッドを生み出そうと…」


「必要なのは指示を聞くだけの知性を再生させること。ただ単に再生能力の高いアンデッドを生み出せば良いって訳じゃないのよ」


再生能力を欲していたのは自分達がコントロール出来るだけの最低限の知性を持った状態にまで再生することだった。


「『マタンゴ』は胞子や菌糸の力によって、人間や他の生き物に寄生して数を増やすのよ。繁殖力と増殖力が強いために隔離指定がされているAランクのモンスターよ」


『マタンゴ』とはその名の通りキノコに手足が生えたようなモンスターだ。一見すると弱そうに見えるが肉眼ではほぼ見えない胞子や根のような菌糸によって、異種間の生物の体内に潜り込んで苗床にしてしまう危険な一面があるのだ。


「その力を安易に使ったためにただでさえ制御の効かないアンデッドを更に暴走させ、その上で増殖する能力まで与えるなんて…その危険性を(かんが)みないなんて研究者として失格よ」


アンデッドを暴走させて研究者の何人かと、ステラを始めとする実験体、そして支配下に置いたアンロスの街を失ったことでガレットはアルノから研究者失格の烙印を押され、責任を取らされる形で帝国から追放されることとなった。


増殖を続ける暴走アンデッドにまだ目覚めていないと


▷▷▷


『シュシュシュ…?』


冬眠から目覚めたリッチは神殿に誰も訪れないことを疑問に思い自ら外に出るも、既にアンロスの街は帝国によって滅ぼされてしまっていた。


『…!ギシャアアア!』


当初は自分のことを見捨てて何処かへ去ったのかと思い、孤独による寂しさと裏切られた怒りがこみ上げてくる。腹いせに街の人間達を丸呑みにしてやろうとリッチは人間を探し始めるのだが、やたらに強いマナミナの反応をキャッチした。


「かはっ…ぐうう…もう…殺して…!?」


それは手術台に拘束されたまま街と共に見捨てられたステラだった。


放置された彼女は非道な人体実験こそされなかったが、食べ物も水も与えられなかったために衰弱してしまい、おまけに擬似的に不死身になったことで死ぬことすらも出来ない生き地獄を味わっていた。


『シュシュシュ…ギシャアアア!』


久しぶりの食事にステラを手術台ごと丸呑みにするリッチ。


「があっ!?うあああ…!?痛い…熱い…溶けそう…!?」


呑み込まれたステラは長い体躯を滑り落ちながら、強力な胃酸によって身体を溶かされる苦痛を味わうも不死鳥の灰によって肉体が瞬時に再生するために無限地獄を味わうのだった。


(あたしは…このまま苦しみ続けるのか…何も出来ないまま…)


一人ぼっちになっていたところをアスケルに拾われたが、領主の手によって引き離され、アルノによって地獄のような人体実験を味わい、欲しくもないのに不死身の力まで手に入れた挙句、死ぬことも出来ない生き地獄を味わう羽目になっていた。


思えばロクなことがまるでなかったことにステラは悲しくなると同時に自分の運命を呪うが、何故こんな目に遭わねばならないのかと怒りと憎悪が込み上げる。


「あれ…身体が動く…!?」


込み上げた瞬間にアスケルと離れ離れになった時から自らの意思で動かせなかった身体が思うように動くことに気が付く。


ステラを抑えていたミスリルの拘束具は経年劣化と、Sランクモンスターであるリッチの強い胃酸によって脆くなっていたためにいつの間にか壊れていたようだ。


「そう言えば…腹が…減ったなぁ…!」


思わぬ形で自由になったことに戸惑うも、途端に強い飢えに襲われたステラは自身の周りにあるリッチの内臓の肉壁を見て大きく口を開く。


『ギシャア!?グエエエエ!?』


神殿に戻って来たリッチは突然、内臓に強い激痛が走り悶え始める。


「がううっ!!ぐううっ…!!」


不死身の力を得たステラはリッチの体内で意図せず生き残り、長いこと食事を与えられなかったためによる飢えと渇きを癒すために肉を食らい血を飲み干す。


「ごふっ…ぐふっ…美味かったぁ…♡」


あれからどれほど経ったかは分からない。しかしリッチを骨の髄まで味わい、長い長い永遠とも取れる至福と自由の時間を噛み締め続けたことで、ようやく飢えや欲望を満たしたらしく、今まで味わったことのない爽快感にステラは久方ぶりの笑顔を浮かべていた。


「…けど、あいつらだけは許さねぇ…あいつらも皆纏めて喰らってやる…!!」


しかし彼女が本当に満たされるのは自分の未来を狂わせたドラグングニル帝国の人間達を淘汰(とうた)した時であり、正しく蛇のように執念深く復讐を果たそうと心に誓うのだった…。

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