表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/46

二百年後…そこはパンドラの森

少女がフェニックスの生け贄として、その身を捧げてから二百年の月日が経過していた…かつての荒れ果てた岩山やその周辺は見る影もないほどに鬱蒼とした樹海に覆われていた。


「…ここにしか…ないよね。」


樹海の周りには古びてはいるが無断で侵入する者を拒むかのように塀が施されていた。その塀と樹海を前に佇む一人の少女がいた。


前髪で顔を隠し、肩まで掛かるアイスブルーのショートカットヘアをした少女が魔法の杖を握りしめながら目の前の樹海を前に息を呑んでいた。


「暑い…それにお昼なのに…夜みたいに暗い…。」


樹海の気候は暑く湿気を帯びており、鬱蒼とした木々によって日の光が遮られているために昼でも夜のように暗かった。


「えっと…確かハイヒール草は…。」


彼女のお目当てはホタルブクロのような形の薬草のようだが、生えている草はどれもこれも違っていた。


「お嬢ちゃん、ここで何をしてるのかな?」


「はわ!?」


探し物に夢中になっていた少女は唐突に声を掛けられて驚き、慌てて顔を上げると自身の周りが人相の悪そうな男に囲まれているのに気が付く。


「ここは許可ない人が入るのを禁じてるSランクダンジョンの『パンドラの森』だよ?」


話しかけてくるのは周囲の男達の中でも浮きそうなほどの美形の青年で、周りにいる人相の悪そうな男と比べればかなり話しやすそうだった。


「私は…教会のシスターが病気で、治すためのハイヒール草を探してここに…。」


「へぇ〜、偉いねぇ〜。」


彼女は病気のシスターを治すための薬草を手に入れるために危険な場所へと足を入れていたのだ。


「お兄さん達なら自生してるところ知ってるから案内しようか?」


「え…遠慮します!?」


勢いに押されて目的を言ってしまったが、これ以上流されると危険だと判断した少女は茂みを掻き分けてその場から逃げ出すのだった。


「待ちなよ!俺達はここら辺を警備する人間なんだよ!」


警備をする人間だと言い張る声が聞こえるが、少女は心の中で否定する。見張るのなら塀の外から人が入らないようにしているはずだからだ。


「一人で行くと危ないぜぇ!?だから俺らと一緒に遊ぼうぜ〜!」


逃げ出したのは正解だった。心配するような台詞ではあるが、その裏には飢えた獣のような本性が見え隠れしておりある意味では彼らは女性に取ってはSランクモンスターと言えるだろう。


「あうっ!?」


「転んじゃって…痛くなかったかい?」


先程の美形の青年が強い力で腕を掴んで優しく語りかけてくるが、甘いマスクの下にはドス黒い顔があるようで彼女は凍りついて動けなくなる。


「やあっ!?止めて!?」


「優しくするから…ほら、足を押さえろ!」


「俺達にもヤラせてくださいね!」


もはや本性を剥き出しにして少女を押し倒し、ナイフで彼女のカーディガンを引き裂いていく。


「大丈夫、すぐに気持ちよく…うっ!?」


「え…?」


ほぼ身包みを剥いだ青年は口づけをしながら身体を交えようとしたが、背中に粘性のある液体が付着して思わず振り返る。


「がっ!?ああああっ!?」


「…!?」


振り返るどころか少女の身体から跳ねるように離れてはのたうち回る青年。


「せ…背中が焼ける!?」


慌てた仲間達は彼の背中を見て、思わず後退りしてしまう。彼の背中には紫色の液体が付着して皮膚をジュウジュウと焼いて溶けたチーズのようになっていたのだ。


『ゲコココ…!』


「嘘だろ…あれはBランクモンスターのニジドクカメレオンだ!?」


木の上には黄色や紫や赤と言ったドギツい色彩を持つカメレオンのようなモンスターが、のたうち回る青年を嘲笑うように見ていた。


『ゲコココ!』


「ぎゃあああ!?」


「ひいっ!?」


口の中でゴボゴボと毒液を混ぜ合わせて、今度はサラサラとした猛毒を垂れ流すと青年の顔は溶け、痛みで暴れる内に腕や足がおかしな方向に曲がり始める。


『ゲコ!』


「ぎゃひ!?」


程よく毒液で柔らかくなったところで舌を伸ばし、仰け反った体勢で口に入る。毒液で骨まで柔らかくなり抵抗する力を失った青年はなす術なく折り畳まれながら呑まれていく。


「「「うわあああ!?」」」


「ひいっ…!?」


リーダー格の青年がヤラれて取り巻き達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、少女もスカートだけの状態ではあるがなりふり構わず逃げ出す。


「はあ…はあ…もう…走れない…。」


生命の危機に今までにないほどに走った少女は一度呼吸を整える。剥き出しになったそれなりに発達した胸部が呼吸の度に震えるのが伝わってくる。


「どうしよう…完全に森の奥に入っちゃった…。」


必死で逃げ回る余り少女は森の奥まで来てしまっていた。いや、それよりも前にニジドクカメレオンは奥地に生息しており、現れたと言うことはもう既に奥地まで迷い込んでしまっていたようだ。


「ぎゃあああ!?」


「ひいっ!?」


散り散りになったはずの男の一人が、先程まではケガ一つ負っていなかったはずなのに血塗れになって茂みから飛び出してきたのだ。


「助けて…くれええぇぇ!!」


『グオオオオオ!』


「ギリーパンサー!?」


ところがその茂みが飛びかかり長い犬歯を剥き出しにして男の首筋に食らいついたのだ。その正体は体毛が木の葉、牙は琥珀となっている豹のようなモンスターだった。


「ううっ…もっと奥にまで来ちゃった…。」


もっと奥地まで着てしまい、完全に遭難してしまった少女はポロポロと泣き出してしまう。この森はSランクモンスターを初め手練の人間でも下手をすれば二度と出られないとされる危険な森なのだ。


「ここは…廃村?」


森の中を彷徨い歩いていると人が住まなくなり木々が生い茂って荒れ放題となった村に辿り着く。


「助けが来るまでここにいた方が…良いかな。」


多少崩れてはいるが何とか原型は留めており、助けが来るまではここで寝泊まりすることにする。 


「ひゃっ…!?虫がいっぱいいる〜…!?」


扉は壊れているため自由に出入り出来たが、一歩踏みしめれば虫が一斉に蠢いていた。靴を登ってソックス越しに虫がよじ登ってくる感覚が伝わってパニックになる。


「でも…助けは来るのかなぁ…。」


最善の方法ではあったがそれでも楽観的であったと天を仰ぐ。危険な場所であるため塀の外では見張りを設けていたが、それでも何人もの行方不明者を出しており今では監視すらもされていないのだ。


「…?」


こんな危険な場所で人の出入りは余程の物好きか自殺志願者、或いは追われる者や野盗の類しかいないはずだ。今は少女だけなのに話し声らしき音が聞こえこっそりと様子を見てみる。


「この先だな?例の場所まで。」


「ああ、間違いないぜ。」


「お宝までもう少しね。」


声の主は地図を頼りにパンドラの森を歩いている三人組で、やたらに強そうな装備を身に着けた男二人と女の一人だった。


「ここ百年、音沙汰のなかったフェニックスがまた活動し始めたと言うのは本当なのかい?」


女性は腹部や関節を鎖かたびらで保護し動きやすい構造の鎧を身に着け髪をポニーテールにしていた。


「たまたま哨戒をしていたドラゴンレンジャーがフェニックスの存在を感じ取ったそうだ。」


「フェニックスは不老不死の存在ゆえに強い生命エネルギーに溢れている…手練ならば周りの空気や環境の異変を感じ取れるものだ。」


男の内の一人はまだ若い銀髪の男であり、もう一人は落ち着いた様子が特徴的な坊主頭の大柄の男性だった。


「……。」


話を遠くで聞いていた少女はこのままついて行けば助かると考えるも、彼らが何者かは分からない上に先程のこともあり慎重になっていた。


「例えば…そこの者、姿を現し名を名乗れ。」


「…!?」


見つからないようにしていたはずだが、手練れの者故か坊主頭の男は少女の気配を感じ取っていた。存在がバレたことで思わず茂みを揺らしてしまう。


「明かさぬのなら…ここで始末する。」


「わ…私は…アメジスです…。」


脅しではなく本気だと感じ取った少女は観念して姿を現し、自身の名前であるアメジスと言う名を明かすのだった。


「所属する国は?」


「ミスティーユです…。」


「ミスティーユ…あの温泉と霧が有名な小国かい?今じゃ温泉もほとんど枯れたって言う廃れた国じゃないか。」


ポニーテールの女性の一言に思わず唇を噛み締めるアメジス。自身の国は確かに温泉で観光収入などを得て、それなりに発展した国ではあったが百年前に源泉が出なくなったことで徐々に衰退していったのだ。


「最もあんな国はこの村に依存してる以上は滅びる運命だったんだから仕方ないよ。」


「どう言う…ことですか…?」


「ラッカ先輩、相変わらず口が軽いんだから…。」


滅びることが前提と言うこともだが、滅びる要因に心当たりがあるようなことを呟くポニーテールの女性のラッカ。それを遮るのは三人組の中で一番若い男であった。


「シモン、先輩にそんな口を聞いて良いとでも思ってんのか?あ?」


「まだ子供なんすよ。それにそんなことを気安く口走らない方が…。」


「シモンの言う通りだ。一応は機密となっているのだぞ。」


「分かったよ、ダゴン。んじゃ、まずは…。」


男二人はそれぞれ若いのがシモン、坊主頭がダゴンだと分かった。ラッカはさすがにダゴンに戒められて頭を掻きながらロープを取り出す。


「あう!?」


「機密を知ったお前はこれから私達の捕虜だ!」


「捕虜…あっ!その刻印は…!」


ロープでグルグル巻きにされたアメジスは、彼女の胸元に交差したランスと牛のような角を生やしたドラゴンのタトゥーが刻まれていたるのを目にする。


「軍事国家の『ドラグングニル帝国』の刻印…!?」


「おや、勉強してるね。そうさ!あたしらはドラグングニル帝国の者さ!」


ドラグングニル帝国。国の中でも軍事力に力を入れている国家であり、特にドラゴンの飼育に力を取り入れているため、その強さは並大抵の国では足元に及ばないとされる。


「また機密を漏らすとは…。」


「今度のは看破されただけじゃねぇか。」


「そんな人達が何でこんな危険な所に…あなた達はここを踏破しようとして行方不明者が出たからもう諦めたって…。」


そんな軍事国家でもパンドラの森は危険であり、行方不明者の多くがドラグングニル帝国の冒険者や兵士達だったため侵攻を諦めていた。


「確かにそうだ。だが、我々は国に長く残されていた未達成の任務を果たすためここまで来たのだ。」


「さあ、キリキリ歩け!」


ダゴンはもはや口出し不要と言わんばかりに歩み始め、アメジスもラッカにロープを引かれて泣く泣くついて行く羽目になる。


「にしてもここには見たことない植物やらモンスターがいますね。」


「この森は通常種はもちろんだが、厳しい環境に対応するために進化した種や、全く見たことがない新種もいる。」


軍事国家でもその全てを暴くことが出来なかった未踏の樹海には、Aランクの通常種モンスターもいればランクそのものは低いが環境に対応するために進化した種もここに根付いていた。


「例えばそこのトゲトカゲとかな。」


「こいつ?でもトゲトカゲはDランクの弱いモンスターで薬の材料とかになるんじゃ…。」


指差したのはハリネズミのようなトゲを生やし、靴ほどの長さをしたトカゲ型モンスターのトゲトカゲだった。トゲさえ気を付ければそこまで強いモンスターではない。


「いいや、性質は臆病ではあるがそやつはトゲに毒を持つようになっている。場合によって毒で死んだ生き物を食べに戻ってくるようだ。」


「スゴいっすね…それも『感知』のアクティブスキルのお陰なんすか?」


「生態が分かるのは『鑑定』のパッシブスキルによって調べたのだ。」


この世界のスキルとは剣術や格闘術などの特定の技術を発展させ己の意思で一つの技や動作として扱い、時としては様々な効果を発揮させることを指す。


その中でもパッシブスキルはそれに該当し、生まれつきや体質によっては元から備わっているスキルは己の意思に関係なく常時作用する場合があり、これらはアクティブスキルに該当する。


「む…何か来るぞ。」


『ブモオオ!』


現れたのは三本角が特徴的な鱗を持つサイのようなモンスターだった。


「『鑑定』、コーカサステリウム。攻撃的な性質に加え、相手が死んでいてもその死体を八つ裂きにするまで止まらないとされる凶暴性を持っているAランクのモンスターか。」


パッシブスキルの『鑑定』でこのモンスターが凶暴な性質を持つコーカサステリウムだと見抜くダゴン。


「無益な殺生はせん。早々に立ち去られよ。」


『ブモオオオオ!』


戦う気がなくともコーカサステリウムは殺る気満々であり、前足で地面を蹴って威嚇していた。


「あたしが相手してやんよ、ちょうど暇してたんだよぉ!」


ラッカは腰にある手のひらサイズのボックスからロングソードを取り出す。


これは宝箱などに擬態するミミックを調べて作られた収納ボックスで、ある程度のサイズまでなら楽々収納出来る冒険者必須のアイテムである。


「んじゃまぁ行くかよ!」


『ブモオオ!』


ロングソードの刃は振り回された角に辺り甲高い音を響かせる。その後もロングソードを振り回すも鱗や角に当たっては甲高い音を響かせるだけだった。


「やはり硬いな…ならば首はどうだ!」


生物の急所の一つである首を狙い、ラッカは振り回された角を踏んで背後へとジャンプし勢いよくロングソードを振り下ろす。


「何ぃ!?折れた!?」


ところが泣き別れになったのはコーカサステリウムではなく、ロングソードの切っ先と柄の方であった。首に当たるも岩にでも当てたような感触のすぐ後でロングソードは折れてしまったのだ。


『ブモオオオオ!』


「ぶっ!?…ちっ、Aランクは伊達じゃねぇってことか。」


今度はコーカサステリウムが牛のように暴れ、背中の硬い鱗でそのままラッカを跳ね上げる。


「少し痛かったぞ…こうなったら本気でやってやるわ!」


少しと言う割には青筋を立てるラッカは収納ボックスから巨大な斧を掴んでスルリと出すが、刃が地面にめり込み跡を作る辺りかなりの重量と切れ味を持っていた。


「…やはり無益な殺生を避けられぬか…。」


「下がってろ、前に出るとお前まで八つ裂きにされっぞ。」


これから何が起こるか分かっているのかダゴンとシモンはアメジスと共に下がるのだった。


「スキル!『バーサーカー』!ぎゃははは!!」


そのスキルの名を叫んだ途端にラッカの腕の筋肉が盛り上がり、白目が黒く染まって歯も尖り、知性をかなぐり捨てたような有様に変貌する。


『ブモオオオオ!』


「邪魔くせぇ角を振り回してんじゃねぇぞ!豚野郎がぁ!!」


角を突き出して突進してくるコーカサステリウムにラッカは臆せず斧を握り締めると、空気を裂くような音と金属が切断されるような音が聞こえてきた。


『ブモオオオオ…!?』


気が付くと特徴的な三本の角の内の、右の目の上の角と鼻先の角が切断されていたのだ。


「ぎゃははは!どうしたどうした!自慢の角がなきゃやっぱり豚じゃねぇか!?」


『ブモオオオオ!?』


武器を失くし、激痛から戦意喪失したコーカサステリウムは逃げようとするがラッカは斧を振り回して足を切り落とし、鱗も乱暴に斧の刃で削り落としていく。


「これで…トドメだー!!」


『ブモオ…!?』


足をヤラれて動きが鈍くなった所で先程のリベンジと言わんばかりに斧を首に落とす。今度は斧が泣き別れになることなく、代わりに骨をゆ砕き肉を裂く音と共にコーカサステリウムの首が宙を舞う。


「ぎゃはははー!やっぱり『バーサーカー』は最高だぜー!」


「何ですかあのパッシブスキルは…!?」


「知る必要はない。」


幾らAランクの危険なモンスターとは言え、あそこまで残酷なことをする必要はない。それでなくともあのパッシブスキルは恐ろしいため何なのかと訊ねるが答えてはくれなかった。


「道草は食ったがそろそろ辿り着くぞ。」


「はっ、いよいよだね。」


倒したコーカサステリウムを放置して、本来の任務へと戻るダゴン達は次第に山道を登って行く。


「ところで君はここで何をしてたんだい?」


「私は…ハイヒール草が欲しくて…。」


道中でロープを引くシモンが話しかけてくるため、一応は質問に答えるためにハイヒール草を探してここまで来たと言うアメジス。


「確かにハイヒール草はここら辺ではよく自生している。だが、何もこんな奥地まで来ることはなかろう。」


「変な人に襲われて…それでここに…。」


「お尋ね者か、野盗の類か…。」


ここまで来たのは本当に不幸な話であって、ダゴン達と出会ったのだってほんの偶然であった。


「なら尚のことこんな危険な森に来る必要はなかっただろう。」


「シモンよ、ハイヒール草はミスティーユや付近の国々では生えてこない。故にとても値が高騰しているのだ。」


「あん?種でも植えりゃ良いじゃねぇのか?」


「ラッカ、あれは温かい場所にしか生えぬ。確かにミスティーユでも可能だろうが、今や源泉が枯れたことで栽培は不可能な物となってしまったのだ。」


ハイヒール草は温かい土地でしか栽培が不可能であり、そもそも種を買おうにも高騰していて購入事態も難しいのだ。


「さて、無駄話もそこまでにしろ。ようやく着いたぞ。」


ダゴン達が辿り着いたのはおよそ二百年前に男達がフェニックスを捕獲しようとして、生け贄の少女と共に訪れた神殿だった。


「ここって…昔話に聞いていたフェニックスの神殿…?」


「何だい?知ってるのかい?」


「このパンドラの森は元々フェニックスを祀る村があったんですけど…フェニックスの不老不死の力を狙って、他国に攻め落とされてしまったと聞いています…。」


元々、このパンドラの森にはフェニックスを神として崇める集落があったのだが、フェニックスを狙う他国の侵攻によってとっくの昔に淘汰されてしまっていた。


「それが直接関係しているかどうかは不明ですけど、百年前にフェニックスがこの地いなくなってから源泉が枯れてしまったと聞いています…。」


「ほう、着眼点はあってるよ。そうさ、フェニックスはこの地だけでなくあんたらの土地をも潤していたのさ!」


先程の知っているような口振りにアメジスはラッカを見つめ、彼女はご明答と言わんばかりに高笑いしながら教える。


「フェニックスの炎は単なる炎じゃないのさ。その炎は不老不死の根源たる生命力の塊そのものさ。その炎によって焼かれることで緑豊かな大地は蘇り、水脈は生命力に溢れる源泉やエリクサーにもなるのさ!」


フェニックスは基本的には死なない。何度か自らを燃やして再生、或いは灰になってはそこから再生すると言うサイクルを持ち、その際に放たれる炎や灰は強い生命力を与えるとされている。


それらが影響すると樹木は時として世界樹に生まれ変わったり、水脈は温泉や最高品質の魔力の源泉エリクサーと呼ばれる物になる。


「ラッカ。それ以上は機密となっているぞ。」


「こいつもバカじゃねぇさ!薄々気が付いてんだろ!言ってみなよ、あたしらドラグングニル帝国が何をしたいのか!」


ここまでフェニックスのことを詳しく知っているのはもちろんだが、それによって起こされたトンデモない事実にアメジスはあと一歩及んでいた。


「百年前…フェニックスがいなくなって、私の国が衰退したのはあなた達のせいだったんですね!?」


ミスティーユの源泉が枯れた理由は百年前にドラグングニル帝国がフェニックスの力を独占しようとしたためだったとアメジスは知り、前髪で分からなかったがその下から涙が流れ落ちる。


「幾らラッカの過失とは言え、ここまで知ってしまった以上は帰す訳にはいかない。」


機密もあったもんじゃないと口調を強めて嘆くダゴンはアメジスを国には帰さないと告げる。


「まさか…これじゃないすよね?」


まさかこんな子供をこの場で殺すのかと、アメジスが怯えないように腕を首辺りで水平にして右に引くジェスチャーをする。


「スキルで見たところ…どうやら魔力に溢れているようだ。恐らく魔力電池に使われるだろう。」


「まだ若いのに残念だったなぁ〜。」


よく分からない話をしているが、死んだ方がマシだと思えるような酷いことをするに違いないとアメジスはラッカを前髪越しに睨みつけながら確信する。


「何にしても念願のフェニックスが手に入るのだ。行くぞ。」


「うっ…ぐっ…!?」


正直、抵抗したかったがもはやどうにもならず、こんなことならモンスターに食われた方がマシだと思うアメジス。


「ここがフェニックスの神殿…。」


「気を付けろ…何がいるか分からんぞ。」


見た目は石造りの神殿ではあったが、老朽化によって岩の隙間から植物の根がチラホラ見られていた。


「む…やはりいるな。マンドレームだ。」


(マンドレーム…確かマンドレイクの根が岩や土の塊に根付いて意思を持ったBランクのゴーレムの一種…。)


神殿の中には岩や土などに根が絡みついて丸くなった塊がたくさんあり、それらがゴーレムの一種であるマンドレームと言うモンスターだった。


「幸い休眠しているな。このままフェニックスの元へと向かうぞ。」


マンドレーム達は休眠…いわゆる眠っているらしく、今のところは静かにこの場を切り抜けることにする。静かにすると言えばアメジスも思い詰めた表情で押し黙っていた。


(どうせ…どうせもうシスターの元に帰れず、国をめちゃくちゃにした人達に好き勝手されるくらいなら…!)


もはや自暴自棄とでも言うべきか、アメジスは思い切って近くで眠っているマンドレームに体当たりし更に根っこを力強く噛む。


『ギャギャギャギャー!』


幾ら高ランクのモンスターとは言え、眠っている時に襲われたために驚いて黒板を引っ掻くような嫌な音を大声で叫ぶ。


「ぐあっ!?」


「ううっ…!?」


マンドレイクと言うモンスターはその声だけで時として人を死に至らしめる音を出すのだ。その根が絡みついて誕生したモンスターとなれば、原種には劣るとは言えAランク冒険者でも耳を塞ぎたくなるような声を出すのも当然だった。


『『『ギャギャギャギャー!』』』


一体の叫び声によって他のマンドレーム達も起きて叫び声を挙げる。その見た目は猿のような背格好のゴーレムで、顔はマンドレイクの球根となっていた。


「あんたなんてことしてくれたんだい!?」


「こりゃ厄介っすよ…!」


『『『ギャギャギャギャー!』』』


幾らAランクのモンスターを倒し、相手はBランクのモンスターとは言え数の暴力を訴えられては勝てるかどうか分からなかった。おまけに先程のマンドレイクの叫び声を聞いてまだフラフラしていた。


「今だ…!?」 


「待ちやがれクソガキ!?」


マンドレーム達がラッカ達に襲いかかる中でアメジスはどさくさ紛れにすり抜けて神殿の最深部へと走り出す。


「いかん!フェニックスの所へ行く気か!?」


「先にフェニックスに出会って…あなた達の思惑を崩してやるんだから!?」


アメジスの狙いは最深部にいるフェニックスを憎きドラグングニル帝国に渡さないようにすることだが、自暴自棄なため方法はまだ考えてないが何とかしようと決意する。


「…ここが最深部?」


運良く他のモンスターに襲われずに最深部らしき広間へと辿り着いたアメジス。


「でも…フェニックスは…?」


巨大な鳥やドラゴンが飛べれるようなドーム状の広間なのに、フェニックスはおろか動く物の気配すらしなかった。


「ん…あれは?」


だが、視界の隅で蛍火のような淡い光が目に入り、そちらを振り向くと古びた祭壇らしき場所に何かあるのを目撃する。


「卵…。」


祭壇にはアメジスが隠れるほどの大きな黄金色の卵が鎮座していたのだ。近付くと太陽のような温もりと、眩しくも神々しい日光のような光が伝わってくる。


「もしかしてこれってフェニックスの卵…?」


幻獣や聖獣などの生態は不明となっている部分が多いが、フェニックスだと繁殖方法が分かっていない。不死身であるためそもそも繁殖する必要がなく、仮に繁殖を盛んにするのであればこの世はフェニックスだらけになってしまうだろう。


そのこともあってフェニックスの繁殖方法はおろか卵を産むのかどうかも分かってないため、目の前にあるのが本当にフェニックスの卵なのかどうかは分からなかった。


「温かい…ぐすっ…。」


恐る恐る触ってみると意外にも身体が燃えるようなことはなく、寧ろ一肌に近い温かさにアメジスは崩れるように卵に抱き着く。


「私…頑張ってるのに…シスターも助けられないし…このままだと…。」


大切な人を救うために危険地帯に赴いて恐ろしい目に何度も遭ったのに、そこで国を没落させた張本人達に自らの身すら危険になっていることに耐えられなくなったのだ。


「……?」


するとモゾモゾと動く感触がして涙でいっぱいの目が見開かれる。


「た…卵が…孵る…!?」


その感触の正体は抱いていた卵の中身がこの世に生を受けようと必死に動いていたからだ。


「くっ…はっ…!」


中から藻掻く声が聞こえ、その甲斐あって卵に亀裂が入りてっぺんの殻が四方に飛び散ってそこから火の粉が溢れる。


「んんん〜…はあ〜ん〜♡」


「わひゃっ!?」


全体に亀裂が入りあと一息で全て割れると言うところで、解放感からなる色っぽい声と共に炎が猛禽類のような翼となって卵の殻を押し破るのだった。


「……うう〜ん!気持ち良かった〜♡」


「むぐっ…!?」


目の前の卵はてっきりフェニックスの卵かと思っていたが、アメジスが見たのはフェニックスの羽毛ではなく柔らかく大きな二つのメロンのような物だった。


「むぅ〜…!?」


「あん、くすぐったいよ〜♡」


孵化してアメジスを押し倒していたのは、ボリュームのある胸と紅の長髪にアホ毛を持ち、無邪気さと色っぽさを併せ持つ十四歳の裸の少女だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ