52.恋人
私はポツポツとミシェル様に事の次第を伝え始めた。
魔導師のローブを羽織った金髪の女性を見かけたこと。
ミシェル様にキスをしているのを見てしまったこと。
嫌がるでも驚くでもないミシェル様に不安を感じたまま、リオット大尉と話をしたこと。
そして、自分の気持ちに気づいたのに全てが遅かったこと。
話終えると、ミシェル様は身体をむくりと起こして私の鼻をぎゅっと摘んだ。
「勝手に思い込むんじゃありません」
「ふが……」
鼻声のまま答えると、パッと手を離してミシェル様は言った。
「金髪の女性はクロエと言います。クロエ・リオット」
「……クロエ・リオット……リオット?」
「ええ。ベルナールの姉です」
「えっ?!」
目が点になり呆けていると、ミシェル様は前髪をかき上げて眼鏡を外した。
「はじめに言っておきますが、私がクロエに好意を寄せたことなど一度もありません。私が好きなのはずっと貴女一人だけです」
「……でも……キスは……?」
「あの姉弟は距離感がバグってますからね。クロエもベルナールも学生時代からの知り合いですし、昔から何度アレをやめろと言っても聞きません。クロエにいたっては、女性がそんな事をするものでないと強く言い過ぎて昔泣かれてしまったことがあるのです。それからはもはや面倒で放置してしまってますし。ベルナールも最初から貴女と距離感近かったでしょう?」
「た、確かに……でもクロエさんは、ミシェル様のことが好きだったりとかは……」
「クロエは結婚してますよ。同じ魔導師団の仲間とね。私とベルナールの先輩にあたる方ですが……」
「それじゃあ……全部私の勘違い……」
「そういうことになりますね」
なんてことだろう。
ミシェル様は心変わりだなんてしていなかった。
クロエさんとは何も無かった。
完全に私が思い違いをしていただけなんて。
「貴女が意識不明になっている間に、ベルナールから貴女が悩んでいたことを聞きました。時期と内容を考えるとおそらく原因はクロエだろうということは分かりましたが……リオット姉弟のおかしな癖を長年放置していた私にも責任はあるのですが……何故私に直接聞かなかったのですか」
ぶすっと口を尖らせるミシェル様に私はただただ謝ることしか出来ない。
「……あの……ごめんなさい」
「私も随分傷つきました。正直ね、考え過ぎて狂いそうなくらい」
「あ、あの……私に出来ることはなんでもしますから……」
「何でも?」
じっと瞳を覗き込まれ、コクンと頷くと突然体ごと宙に浮いた。
「えっ?!」
ミシェル様は私をソファから、隣の寝室に運ぶとベッドに静かに置いた。
「ミシェル様?!」
「何でも叶えてくださるのでしょう?」
「……でも……!」
ネクタイを緩め第一ボタンを外すと、そのまま広いベッドの上で覆いかぶさり、直ぐに両腕を拘束され頭上で絡め取られた。
「ほら、言いなさい」
「え、何を……」
「貴女が好きなのは誰ですか?」
「……ミシェルさま……」
「自分の口で、最初からもう一度言いなさい」
初めて性別がバレたあの日と同じ。
簡単に両手を拘束され、どんなに力をいれてもびくともしない。
ゆっくりとミシェル様の顔が首に埋められ、首筋をつうっと舐めなられると、体がビクンと震えた。
「あ……っ」
「ノア。言いなさい」
「……わ、私が好きなのは……ミシェル様」
カプリと耳を喰まれ、ゾクゾクとして背筋がしなる。
両手首は相変わらず頭上で押さえられたまま、身体を捩るとミシェル様は嬉しそうに口角をあげた。
「もう一度」
「私は……ミシェル様が好き……」
「もう一度」
「ミシェル様……大好き……んっ」
突然、彼の唇で口が塞がれた。
ミシェル様の熱が触れて、動揺していると意思が固まる前に深く侵入された。
口を閉じようにも後から後から口内を蹂躙され、蛇のようにミシェル様の舌が這いずり回り閉じることすら出来ない。
「ん……ふ……っ」
忙しなく唇を吸われ、ピチャピチャと水音が響き、混じった唾液が垂れたまま首にキスをされ、舌で丁寧に舐められた。
着ていたワイシャツを気づいたら開けられ、ボタンは簡単に弾け飛び、今度は胸元を強く吸われて涙が出てきたが、それを見てミシェル様は笑った。
「……甘い……想像以上に柔らかいですね。貴方の肌は」
「ミシェル様……っ」
ギラギラと光る金色の瞳は瞳孔が開いていて、彼は目元を赤くしたまま笑っていた。
「白状しましょうノア。貴方の裸体を見た最初の夜から、私はずっとこうして貴女を自分のものにすることだけを考えていました。貴女の身体も心も欲しくて欲しくて堪らなくて、四六時中貴女のことばかり考えて」
「……っ」
「ふしだらで陰鬱な卑猥な男でしょう? こんな私を貴女は知らなかったでしょう? おまけに私は誰よりもしつこい。一度好きになったら、死んでも誰かに渡すなんて耐えられない」
「ミシェル様……」
「ベルナールだろうが女神様だろうが許せる筈がない。もう我慢なんて出来ません。私は貴女を自分のものにする」
「……えっ?!」
「大人しく待っていた結果、いつも貴女を奪われそうになる。もうあんな思いはたくさんです」
「ちょ……待って!」
「ここまで来たのならもう私に隠すものなどありません。この執拗なまでに重い愛を貴女が受け入れられなくても、私は貴女を手放すつもりはありませんから。泣かれても拒まれても誰にもあげません。愛してます、ノア」
ミシェル様の言葉に、私の思考は止まった。
「……ミシェル様が、私を愛している……?」
「ええ。死ぬ程愛していますよ」
「……他の人じゃなくて……私を?」
「貴女以外の女など要らない」
涙がポロポロと零れ落ちた。
どうしよう。
どうしてこんなに胸が熱いの。
なんて幸せ。
好きな人が私を好きだと、愛していると言ってくれるなんて。
ミシェル様は目は見開き、少し動揺したように手を止めた。
緩んだ手の拘束を外すと、私は起き上がってミシェル様の両頬に優しく触れた。
「大好きです。ミシェル様……」
目を閉じ、自分から唇を静かに彼の唇に押し当てた。
やり方が合っているのかさえよく分からなかったけど、唇を離すとミシェル様の顔が真っ赤に染まっていた。
ぎゅっと、ミシェル様の胸に自分からしがみついた。
ミシェル様の匂い。
ミシェル様の温度。
私を包む、ミシェル様の長い腕。
見上げれば、蕩けるような金の瞳。
涙で潤んでまるで宝石のように煌めいて。
頬を優しく撫でると、猫のように目を細めて擦り寄った。
私が笑うと長いラベンダー色の髪が降ってきて、私の顔の直ぐそばにミシェル様のお顔があって。
静かに目を閉じると、柔らかな熱が唇に触れた。
ちゅ……と小さくリップ音が響くと、胸がいっぱいでミシェル様の名前を呼ぶと、深く彼が入って来た。
さっきとは違う、優しいキス。
私を味わうように、慈しむように、触れては絡め少し遠のいて。
吐息の合間に唇を優しく吸われた。
「ノア……私の恋人になって」
「はい。ミシェル様」
答えるとまた笑って唇を重ねた。




