51.交わす言葉
「お荷物お持ちしますよオレリア様」
「いいよデュトワ少佐。たがかバック一つだ。持つのは孫だけで十分だよ」
「……なんか二人とも仲良くなってない?」
目が覚めて3週間が経ち、リハビリも少しずつではあるが進み何とか一人で生活できる程には回復したため、ついに退院の日を迎えることになった。
迎えに来てくれたお祖母様とミシェル様は、ニコニコと世間話をしながら荷物を詰め込み、ミシェル様に至ってはひとりで歩くと言い張る私と荷物を有無を言わせず抱き上げて歩き出した。
馬車で3人で私の家に向かう道中もお祖母様とミシェル様は和やかに話を進め、家では既にシルキーがピカピカに磨き上げた部屋に食事を用意して待っていてくれた。
「一つお伺いしてもいいですか、オレリア様」
久しぶりのシルキー特製スープを口に入れていると、神妙な面持ちのミシェル様がお祖母様に尋ねた。
「何故、ノアにあの白猫の仮面を?」
「……そう言えば、あの仮面を外させたのは少佐だっけね。そうさね。仮面をつけている間、貴方はノアに興味を示したかい?」
「いえ」
ミシェル様の答えに、お祖母様はふっと笑みを零した。
「魔法騎士団と仲を深めてほしくなかったからさ」
お祖母様の答えに、私もミシェル様も驚いた。
お祖母様だって昔魔法騎士団で魔導師をしていたのに。
どうしてそんなことを……
「魔法使いとして経験を積むぐらいの任期で戻って来るなら構わないが、仲良くなって任期を延長、なんてことになったら情が移って辞めにくいだろう? まして好いた相手が出来ればなおのこと」
「お祖母様……」
「わかるよノア。私も昔そこで恋をしたから。でもね、魔法騎士団と戦いは切り離せない。深入りすれば禁忌の術に手を染めるリスクは高まる。だから、ノアには団員と仲を深める前に1年で引き上げてほしかった。娘を亡くした私には、もう孫しか残っていないからね」
お祖母様は寂しそうに笑い、スープを口に運んだ。
「デュトワ少佐。ノアに次はないよ。女神様が返してくださったのは偶然にすぎない。次に行使することがあればノアがこの世から姿を消すときになる。覚えておいてください」
「はい。二度と使わせません」
「早く嫁にいって幸せになってくれると、心配も少し減るんだけどねぇ……そう言えば、貴方にノアの右目は効かないんだっけね少佐。ノアを戦場に出さないなら貴方に任せるのもやぶさかじゃないよ」
「任せて下さい!!」
ガタンと立ち上がるミシェル様に、スープ皿が揺れる。お祖母様はくすくすと笑った。
「あらあら。零れますよ? 落ち着いて。まずは本人を落としたら二人で挨拶に来なさい」
「必ず」
よくわからない約束を交わす二人を放置したまま昼食をとったあと、実家に帰るお祖母様を見送ると、二人っきりになった部屋の中でミシェル様はソファに隣に座りギュッと私を抱き締めた。
「ノア」
名前を呼ばれてじっと瞳を見つめられ、いつになく心臓が高鳴る。
「貴女が女神様を召喚する直前、私に言った最後の言葉を覚えていますか?」
──最後?
私、何を言ったんだっけ……
「『貴方のことが大好きでした』……貴女は確かにそう言った」
「え………………あっ!」
──わ、忘れてた……!
完全に忘れてた!
確かに言った!
「なんですかその反応。さては忘れてましたね?」
「え?! いや、覚えて……きゃっ!」
そのままソファに押し倒されると、両手首をがっちりと固定され、上から久しぶりの氷の笑みが降り注ぐ。
久しぶりのミシェル様の圧に体がビクリと反応した。
「さてと。完全とはいえないまでも、取り敢えず体力は戻りましたよね?」
「あ、いや、どうでしょう?」
「だいぶ時間があいてしまいましたがね。状況を整理したいのですよ」
「わ、分かりましたから、一旦起き上がりません?」
「嫌です。私、待ちくたびれましたから」
そのままミシェル様はばふっと私の胸に顔を埋めた。
「きゃあああああっ!!」
「ああ……なんて幸せ……」
私の胸元にすりすりと顔を押しつけるミシェル様は、幸せそうに呻きながら私の胸を両手で揉みだした。
「いやあああ! ミシェル様やだ! なんで悪化してるの?! やめて!!」
「何故です? ノアは私のこと好きなのでしょう? 私にそう告白しましたよね?」
「あ、あれはもう二度と会えないと思っていたから! 告白というか遺言に近くて……!」
「へぇ……つまり言い逃げして居なくなるつもりだったと。もう会えないから、私の気持ちなど関係なかったと?」
胸元からすわった目で私を見るミシェル様にゾクリと背中が凍る。
顔を埋めたままふー……と深い溜め息を漏らしてミシェル様は言った。
「貴女が第5部隊に行って、私から目を逸らすようになって……不安と混乱のまま話し合う間もなく討伐遠征で貴方は瀕死に陥った」
「……っ」
「ずっとノアに疎まれたのかもしれないと思いながら、感情をぶつけることも出来ず、唯一貴女が最期に放った『大好きだった』という言葉だけにしがみついていた私の気持ちを貴女はわかりますか?」
「ミシェル様……」
「一カ月、目を開けることすらしない貴女の側で、いついなくなるか分からない貴女を見ながら、唯一私を支えていたのは貴女の言葉だけでした」
ズキンと胸が痛んだ。
ミシェル様の言葉に、ずっと彼に背を向けていた日々を思い出す。
ミシェル様には想い人がいる。
だから、私はミシェル様を避けるようになった。
他の女性と楽しげに笑う彼を見るのが辛くて。
自分のことなど好きなんかじゃないと言われるのが怖くて。
ミシェルさまが好きだから。大好きだから。
怖くて目を背けた。
でも私がそれをしたことで、ミシェル様をこんなにも傷つけてしまった。
たとえ私への思いが恋情でなかったとしても
私達はここまで仲を深めてしまった。
私の突然の行いに戸惑いもショックも大きかったことだろう。
最期にと思って伝えた私の言葉に
残されたミシェル様は縛られ悩み
意識さえ無い私に
何度やり場の無い感情を抱いたのだろう。
「最初から、ちゃんと説明してください」
「はい……ごめんなさいミシェル様」
少し体を起こし、私は胸元のミシェル様をぎゅっと抱き締め、髪を撫でた。
ミシェル様は目を伏せ、私の身体に回した腕に力を込めた。




