49.目覚め
真っ暗で何も視界に映らない。
意識はあるのに、自分が誰で何をしているのかすらわからない。
──真っ白なところにいた気がしたのに。
次第に体の痛みが感じられ、ぐっとお腹に力を入れると息を吸えていることに気づく。
ふと、誰かの声が聞こえた。
「相変わらず目を覚ましませんか?」
「禁術を行使した代償です。目を覚ますか覚まさぬか、まさに神のみぞ知るというところですから」
「そうですか」
「望みはあると思います。娘のときは1週間後には息を引き取りましたから。ここまで長く意識をもっていかれているなら何か意味があるのでしょう。それより毎日毎日申し訳ないですね。魔法騎士団の仕事も忙しいだろうに」
「いえ。私が来たくて来ているので」
誰かの会話が聞こえ、私は重い瞼をゆっくりと開けた。
眩しい。
たくさんの光にが目に入り、小さく呻くと誰かが私に近づいた。
「……ノア……?」
「…………?」
聞き覚えのある声に、ぼんやりとした真っ白な知らない天井。朦朧とした頭と視界は、ただぼんやりとしている。
もう一人の影が近づき、ゆっくりと皺のある手が頬を撫でた。
「馬鹿な子だねぇ……あれほど使うなと教えたのに」
懐かしい魔法薬の香り。
厳しくも愛のある声と、独特のイントネーション。
「ノア、誰だかわかるかい?」
「……おば……あ様……?」
「そうだ。覚えているかい? お前は巨大なワイバーンを倒して、たくさんの怪我人を救う為に禁忌の術を使った」
──禁忌の……
大きなワイバーンと炎が舞う空。
焼けた草原と、横たわる第3部隊のみんな。
そうだ。
私はダルトワさん達とワイバーンを倒した。
だけど、ミシェル様も第3部隊のメンバーも皆酷い火傷を負っていて……
コクンとゆっくり頷くとお祖母様はもう一度ゆっくりと頬を撫でた。
人の手の感触。
温かさに触れて、私は今生きているのだとわかる。
直ぐに白衣を着た人達がパタパタと駆けつけ、体のあちこちに触れて色々と聞かれたが、酷く喉が渇いていて飲み物を口に入れて、少しずつ声を出していく。
自分でも思った以上に声がうまく出せなくなっていると知った。
医師達が部屋を出る時には、少しだけ声は出るようになったけど、頭の中はまだぼんやりとしていた。
「女神様はお前を返してくださったのか?」
女神様?
お祖母様の問いに、ぼんやりとした記憶を思い出す。宇宙を瞳に宿した少女の声が頭の中に響いた。
そうだ。
私会ったんだ。
確証があるわけじゃない。
だけどあれはきっと……女神様。
「……次に繋げって……」
彼女の顔の記憶は曖昧で、だけど言われた言葉は脳裏に刻まれていて、掠れた小さな声で伝えると、お祖母様は泣きそうに微笑みながらうんうんと頷いた。
「世界を乱したり、意思に反しない限り……これからも見守ってくれるって、そう言ってた」
「……そうか。おそらくお前への忠告はこれが最後だ。二度と禁忌の術を使ってはならん」
「……うん。ごめんなさい」
「戻ってきてくれて良かった。孫まで同じ理由で失うところだった」
皺のある目尻から光るものが見え、私は、また小さく謝罪の言葉を口にした。
「じゃあ、私は少し外すから、少佐からも少し言ってあげてくださいな」
──少佐……?
ゆっくりと視界を傾けると、部屋の隅で静かに佇んでいるミシェル様の姿をとらえた。
「じゃあ後でね、ノア」
お祖母様が部屋から出てドアが閉められると、無言の時間が流れた。
次第に目が慣れていくと、真っ白な部屋が何処かの病院の部屋だとわかった。
彩りのない白い部屋の中で、濃紺の将校団服とラベンダー色の長い髪だけがしっかりと私の目に映り、ミシェル様が今現実に存在すると実感する。
最後に見た、半身が真っ黒で崩れかけた姿ではない。
五体満足のいつものミシェル様の姿だ。
あの最後の辛い記憶が思い出されると、じわりと涙が滲んだ。
「……ごめんなさい」
「何故、貴女が謝るのです」
「私があの時部隊を離れなければ……あんなにみんな怪我をしなかった」
小さな声は更に掠れた。
喉の奥が痛いのは、久しぶりに声を出したからじゃない。
金色の瞳が少し揺れているのが見えた。
「ノアとダルトワさん達があの時ワイバーンを攻撃しなかったら、魔法騎士団は全滅していました。最善の策だったのです。ノア、貴女がみんなを救ったのです」
「……ミシェル様は……お怪我は?」
「貴女の召喚術で光りの塊を見ました。その後、私を含む団員全員の傷という傷が治っていました」
──良かった。みんな無事だったのね。
心の底から安堵し笑ったが、ミシェル様は辛そうに顔を歪めたまま私を見ていた。
「あの時、誰もが歓声をあげた。傷が治り、ワイバーンが討伐され、魔法騎士団の誰もが喜んでいた……それなのに、私の横でノアだけが魔法陣の中で倒れて、動かなかった」
「…………」
「誰もが元気に走り回っていた。誰もが笑顔だった。貴女が……貴女だけが手からも胸からも血を流し……私が触れても声をかけてもぐったりとしたまま、涙を零したまま、まるで目を覚まさなかった」
カツン、と軍靴が部屋に響き、ミシェル様は私の側に来るとそっと私の左手を取った。
「もう、二度と目覚めないのではないかと……!」
ミシェル様の金色の瞳から大粒の涙が零れ、ガクンと力を失って、彼はベットに寝ている私にしがみつくように跪いた。
「ミシェル様……」
「自分だけを犠牲にするなんて……! 絶対にやってはいけないんですよ、ノア……!」
ミシェル様が泣いている。
あんなに強いのに。
こんな子どもみたいに。
「泣かないで……」
「生きていてくれて有り難う……話は身体が落ち着いてからにしましょう。今はただ貴女が目を開けてくれた。それだけでいい」
そっと手の甲にキスを落とすと、ミシェル様の温かい手が私の手を優しく包んだ。




