47.禁忌の術
「……なんで……」
頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。
右足が黒く焦げ、血が噴き出しているマシュー先輩。
呻いて顔が崩れかけているロベール先輩。
視界に飛び込んでくる見知った筈の顔ぶれはもはや私の知っている皆の顔ではなかった。
「な……んで……どうして」
最後の火炎柱……?
血を防ぐために結界が張られていたはず。
どうして。どうして?
空に既に結界はない。
でも団員はみんな身体の一部を火傷している。
あの火炎柱に直撃した訳じゃないはず……!
向こうの野原を見ると、意識を失って倒れているローブ姿の人がいた。 長い時間を戦い続けた第1、第2部隊の魔導師達だった。
「……魔導師の、魔力切れ……」
みんな、ギリギリで戦っていたんだ。
他の部隊に手を貸す力なんて残っていない程に……
「一番魔力があった私が居なかったから……私が抜けたから……っ」
結界が切れた瞬間、結界の中心から一番離れていた第3部隊が火炎柱の風に煽られたんだ。
視界が涙で揺らぐ。
呼吸が乱れる。
鼻の奥が痛い。
立ち尽くす私の視界の端に映ったのは、幾度も見たあのラベンダー色の長い髪だった。
パチパチと、草が焼ける音が妙にリアルで耳につく。
軽い吐き気と目眩がして、ドキン、ドキンとおかしな程脈打つ心臓を掴みながら、私は近づく。
はためく長い髪は草の上で風に煽られているだけ。
体が。
体が動いていない。
「……っ! ミシェルさまあああ!!」
全速力で走って駆け寄った私の見たものは、右半身が形を失うほど真っ黒に焼け焦げて、あちこちから血を噴き出しているいる愛する人の姿だった。
膝をついて、まだ残っていた彼の手に触れると、苦しそうに浅く息を吐きながらうっすらと目を開けた。
ミシェル様が。
あの強くて、優しいミシェル様が。
「いや……なんで……医療班は……」
辺りを回しすと、医療班は皆同じような火傷を負った者のもとに走り回りながら手当てをしている。
「す、直ぐにカラドリウスを喚んで……」
「……ノアちゃ……」
小さく名前を呼ばれ斜め前方に目を向けると、片腕が真っ赤に染まり、足が焼け焦げ息も絶え絶えのリオット大尉が私の方をぼんやりと見ていた。
「リオット大尉……!」
見渡せば、あちこちで同じような酷い火傷を負った団員が転がって呻いている。
「ロベール先輩……マシュー先輩……あ……あ……」
みんな、死にそうな程火傷している。
どうしよう、
どうすればいいの?
カラドリウスは大勢の人は救えない。
治癒妖精アグネスでは治しきれるような怪我じゃない。
誰を助ければいいの?
何を召喚すればいいの?
「……ノア……私は……いいから……」
小さく聞こえた声は聞き慣れた私の大好きな人の声。
「ミシェルさま……っ!」
助けたい。
貴方を救いたいのに。
だけど、貴方が何より魔法騎士団の皆を大事にしていたのを、私は誰より知っているの。
自分だけが助かりたいなんて貴方は決して言わない。
「あ……ああ……っ」
胸が潰れそう。
助けて。
誰か。だれでもいいから。
「ああぁ゙あ……っ!!」
神様……!
皆を助けて……!! お願い……!!
『神の召喚は禁忌だ。
禁忌だからこそ私達は覚えて引き継がなきゃいけない』
──お祖母様……
『ノア、私達一族はね、何でも喚べるんだよ』
どうして忘れていたんだろう。
私は、禁忌の術を知っている。
私なら、全てを救える存在を喚び出せる。
私なら、きっとみんなを救える。
浅く呼吸を繰り返す、半身が焼けた彼の頬にポタポタと涙が零れた。
「大丈夫。私が、貴方を助けるから……」
私は魔法使い。
人外の者を喚び出す召喚術の使い手。
「私が皆を助けるから……」
私は魔導師。
魔法騎士団を導く者。
「どうか生きて、ミシェル様……」
大好きなミシェル様……
私は貴方に恋をしたただの女の子。
誰よりも貴方の幸せを願っているの。
ミシェル様のソードフラッグにぶら下がる小さな短剣を引き抜くと、ゆっくりと立ち上がり歩みだす。
「……ノ……?」
呟く彼に、振り返り泣きながら微笑んだ。
少し離れて、大きな円を短剣で地に描いた。
決して使うなと言われ続けた召喚魔法。
地に刃を刺すたびに黄金の光が微かに漏れる。
何よりも複雑で美しい魔法陣。
大切だった眼鏡を外し草むらに放ると、高く手を掲げ手のひらに瞳にあるのと同じ最後の紋章を短剣で描く。
禁忌と言われながらも、一族が必ず引き継がせた大事な魔法。
そうね。お祖母様。
今なら分かるよ。
こんな大事な魔法を引き継がせた理由。
私達は誰かを救う為に魔法を使っているから。
誰かの笑顔を守る為に教えてくれたのよね。
「たくさん迷惑かけてごめんなさい……ずっと怖くて、言えなかった……」
振り向くと、金色の蜂蜜のような貴方の瞳。
もう逸らさない。
きっとこれが最後だから。
「私……貴方のことが大好きでした」
雲が退き、鮮やかな赤が滴る指の隙間から、茜色の空から差し込む黄金の光が零れ始めた。
「……天におわす偉大なお方。我はエレメンツと言葉を交わす者。我が召喚に応じ、今この地に残る人の命を繋ぎ給え。癒し給え。来ませ。女神パナケイア」
手の甲から漏れる光の矢がだんだんと伸び始め、カッととてつもない光が舞い降りる。
眩い煌めきが大地に降り注ぎ、美しい歌声に辺りを包まれ、頭の中に声が響いた瞬間。
私は短剣で自分の胸を貫いた。




