43.あなたの瞳に映るひと
「ミシェル!」
笑顔で彼の元に駆け寄ったのは、あの日遠目で見た金髪の女性だった。
何か資料のようなものを手渡している彼女を、思わず大部屋奥の通路に隠れこっそりと見た。
──なんて綺麗な女性かしら。
ふわふわと曲線を描く黄金の稲穂のような髪。キリリとした知的な瞳。
ふっくらとした唇には綺麗な赤色が塗られている。
私と同じ魔導師団のローブから出ている手には綺麗にデザインされたアートネイルがキラキラと輝いていて、長くスラリとローブの下から伸びた足には網タイツと高いヒールが履かれていた。
「都会の……大人の女の人だわ……綺麗」
洗練されたメイク、お洒落な靴。
自分の足元を見ると、汚れた安っぽいローファーが目に入り、酷く恥ずかしくなった。
「クロエ。すみません、恩にきます」
「本当よ。私を使ったんだから高くつくわよ? ちゃんと体で返してねミシェル」
「まあ、そのうちに……」
親しげな会話が聞こえ、彼女はミシェル様の肩に手を置いて何か内緒話をしていた。
「クロエさん。また来てたんですか?」
「あら、ロベール君。ご挨拶ね。第3部隊の魔導師はまだ不在? 挨拶したかったのに」
「ノアちゃん? さっきまで少佐と一緒だったけど。どっかにいったのかも……」
「あら。どのぐらい可愛いか見たかったわ。ねえ、ミシェル。私よりも可愛いの? その子」
第5部隊の団員とも仲がいい。
きっと、ずっと前からここに通っている人なんだ。
笑うミシェル様と彼女。
彼女とじゃれ合うように触れ合うミシェル様。
「クロエとノアでは比べる対象になりませんよ」
「じゃあ、私よりも魔法が上手い?」
「貴女、高等学院で首席でしたよね。あまりノアを虐めないでください」
ああ、あれは氷の笑みじゃない。
打ち解けた人に見せる、ミシェル様の本当の笑顔。
二人で笑い、名前を呼び合い、ミシェル様が彼女の手に触れ、頭を下げた。
そして彼女はミシェル様の頬にキスをした。
触れられているのに……
嫌がりもしない。避けることすらしない。
向ける優しい眼差し。
互いに楽しそうに手を振って彼女は部屋から出ていった。
ポタ……と手に水滴が落ちたことに暫く経ってから気がついた。
酷く冷たい指先がほんの少し震えた。
反対に体中を巡るドロドロとした感情が熱を帯びる。
とらないで。そこは私がいた場所なの。
触らないで。彼は私に触れていたの。
『私が、貴女の事が好きだからです』
──ミシェル様。
私に言った言葉を貴方は覚えてますか。
『私が何故、貴女に名前を呼べと言っているかわかりますか?』
──今ならわかります。
だから、そんな風に彼女の名前を呼ばないで。
『何故、私が貴女に触れたがるか分かりますか?』
──分かるから。
お願い。そんな風に彼女に触れないで。
真っ直ぐな貴方の瞳に私がいないのを確かめるのが怖くて、私は貴方から逃げた。
ごめんなさい、ミシェル様。
本当は、ずっと前から気付いていたの。
ミシェル様の金色の瞳の奥の、深い深い底なし沼のような貴方の情。
触れるのが怖かった。
気付いて溺れるのが怖かった。
一度浸かれば、二度と這い上がれない気がしていたから。
やっと理解出来たのに。
やっと気づいたのに。
いまはもう私がいる場所が見つからない。
ごめんなさい、ミシェル様。
貴方が好き。
大好きなの。
でももう貴方の心に私がいない。
帰るべき場所がわからない。
失って初めて貴方を求める私。
なんてずるい。
なんて汚い。
私はどこまでも自分勝手だ。
ごめんなさいミシェル様。
貴方の中にもう私がいなくても
もう少しだけ私が貴方を想うのことを許して。




