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42.臆病な私

「随分と頑張ったの。一カ月と半月、取り敢えず今教えられることは全て叩き込んだつもりじゃ」

「はい、有り難うございます」


 第5部隊の棟の裏で、教えて頂いたひととおりの魔法を披露すると、ダルトワさんはにっこりと笑った。


 冬の朝の冷たい空気が気持ちいい。

 取り敢えず、とはいえやり遂げた達成感に私も少し安堵した。


「あとは実戦経験を積みなされ。迷うことがあればいつでもおいで。ワシで良ければ相談に乗ろう」

「本当に何から何まで有り難うございました」

「年越しはご実家に帰られるのかな? もし良かったらオレリアさんに宜しく伝えてもらえると……」

「勿論! 自慢してきます。ダルトワさんが新しい師匠になってくれたって。これ、うちの町の転移門のある場所と実家の住所です。話しておくので時間があえば遊びに来てください。お祖母様、喜ぶと思うから」

「……嬉しいのう。最高のプレゼントじゃな」


 手渡したメモに、ダルトワさんの目尻が下がった。

 きっと素敵な再会になるだろう。


 第5部隊での魔導師としての特訓を終え、年越しの2週間前になった日の朝に、私はやっと本格的に第3部隊へと戻った。


 ロベール先輩を始め、マシュー先輩や団員の皆は手を叩いて喜んでくれて私もとても嬉しかった。 


「ノア、お疲れ様。お帰りなさい」

「ミシェル様……只今戻りました」


 深々と頭を下げると、彼と目を合わせる事なく私は団員の方に目を向けた。


 3週間程前、ミシェル様とあの金髪の女性が一緒にいたのを目撃してから、私はだんだんミシェル様とうまく会話が出来なくなっていた。


 どうしてもあの女性の事を怖くて聞けなかった。

 リオット大尉があんなに強い後姿を見せてくれたのに、いざ自分のことになると、日が経つ程に怖さは増していった。


 夜に私の家に来た彼を、最初はなんとか取り繕っていたけど、だんだん苦しくなってきて、「魔力の使いすぎで体調が悪いから」と視線を躱し始めた。

 様子がおかしいのを気づかれながらも彼は私を問い詰めずに今は様子を見ているようだ。


 それでもミシェル様は毎日私のアパートメントを訪れて私に話しかけてくれていた。


 目を背けても、口を閉ざしても、前に進めないねはわかっている。

 それでもミシェル様の口から真実を告げられるのが何より私は怖かった。


「ノア、少し話がある。将校執務室に来なさい」


 第3部隊(ここ)に戻ってくれば、必ず核心に触れることになるのはわかっていた。

 私が黙ってミシェル様の後に続いて部屋に入ると、直ぐに扉は閉められた。


「ダルトワさんとリオット大尉から、ノアの兼務終了の報告がありました」

「はい。有り難うございます」

「さて、本日からは古巣での生活に戻りますが……戻る前に問わねばならないでしょう……何がありました?」

「……」

「3週間程前ですかね。貴女がぎこちなく笑うようになったのは。だんだん「体調が悪いから」と言って私と目を合わせなくなって……仕事の悩みですか?」

「…………いえ」

「では、私の事で何か悩みでも……?」


 ズキンと胸が痛む。

 途端に肺が苦しくなった。


「ベルナールと、付き合うことになったとか?」

「……リオット大尉? いえ……」

「じゃあどうして私と目を合わせない……っ」


 心臓がまた音を強く立て始めたが、肩を掴まれ意図せず私はミシェル様の顔を見上げた。


 泣きそうな程、表情を崩した彼がそこにいた。


 どうしてそんな悲しそうな顔をするの。

 どうしてそんな苦しそうにしているの。


 ミシェル様は、 

 冷たいフリして温かくて

 意地悪なフリして優しくて


 いつだってその金色の瞳には私を映してくれていたのを知っていたの


 だけど

 今は分からない。

 わかっていたつもりだったのに、分からないの。


 貴方の瞳が誰を映しているのかを




 コンコンとノック音が部屋に響き、直ぐにマシュー先輩の声がした。


「デュトワ少佐! お客様が参りました!」

「……っ 今行きます。待たせておいてください」



 ミシェル様は深く深呼吸してから、いつものような冷静な顔をして言った。


「今夜、きちんと話をしまししょう。貴女の部屋で」

「はい……」


 ミシェル様は先に将校執務室を出ていった。


 ──話したら全てがはっきりするのかな。


 もしかしたらミシェル様とあんな風に夜にお会いするのも最後になるのかもしれない。


 重たい気持ちのまま将校執務室を出て私が目にしたのは、10日前私が目にしたのはあの金髪の女性だった。


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