41.気づき
第3部隊室で金髪の女性を見かけて以降、私はダルトワさんに出された課題をがむしゃらにこなしていた。
少しでもボーっとするとあの日のことが頭を過ぎり、余計なことばかり考えてしまうから。
お昼も抜いて勤務時間を過ぎて、先にダルトワさんが帰っても、棟の裏手で練習を続けていたらトントンと肩を叩かれた。
振り向きざまに見えたリオット大尉は、私の口の中にポイっと何かを投げ入れた。
「んぐ……っ」
「ノアちゃん。やり過ぎ」
頭の上からタオルをバサッと掛けられ、口の中が甘酸っぱさでいっぱいになる。
「いちご……」
「食堂からデザートの余り貰ってきたんだ。美味しいでしょ?」
びっくりして一瞬呆けていたら、ポタポタと汗が手に落ちてきて、慌てて掛けられたタオルで顔を拭った。
もう冬なのに、こんなに汗が出ていたのに気付かなかった。
「何悩んでるの?」
「え……」
何も知らない筈の大尉に突然言われてびっくりして目をパチクリさせていると、「ミシェルのことでしょ」と言われ、無言のまま肩だけびくりと跳ねる。
「わかりやすいなあ。ノアちゃんって嘘つくの下手くそだね。言わなくてもわかっちゃうよ」
言い返すことも出来ず私はただ俯いた。
耳の脇からぽたりと汗がまた零れた。
「数日前から俺が名前呼んでもずっと練習にのめり込んだまま反応しないし。馬鹿みたいに練習してるかと思えば死にそうな程暗い顔してるし」
「暗い顔……してました?」
「してた」
腕組みしたまま、建物の壁に背をつけ、リオット大尉は溜め息をついて言った。
「ミシェルのこと、好きなんだろ?」
「…………え?」
──好き?
私が?
私がミシェル様を?
棒立ちしたまま突っ立っていると、また深く溜め息をつかれた。
「なに? 気づいてもいなかったの?」
「……私……」
「くらーい顔して俺が話しかけても反応しないのに、ミシェルが廊下を通るとわざわざ隠れて後ろ姿を惜しそうに見て。俺だけじゃない。ダルトワ爺さんですら気付いているよ」
大尉は頭に乗っけたタオルごと私の頭をワシワシと擦った。
「んで? ミシェルはノアちゃんのこと好きだろ? 両思いじゃん。何でミシェルに言ってやらないの?」
「……違う。ミシェル様はもう……」
「?」
それ以上口に出来なかった。
怖くて、言葉に出来ない。
「……大尉は、気になる人が誰かとキスをしていたら笑って受け入れますか?」
「……部位によるかなあ。俺は割と受け入れるよ。そういう家族の元で育ったから。親戚とか、近所のおばちゃんにもやるし」
「ミシェル様なら……?」
「あいつは無理だろ。長年つるんでる俺ですらノアちゃんに触っただけでキレられたんだぜ? 逆に自分にされたら固まってひっくり返る癖によ。堅物過ぎるんだよミシェルは。笑って受け流すとかしないから。まあ、かなり親しい間柄ならやるけど……あ……あー、そっか。なるほど。そーゆーことか」
ガシガシと頭を掻いてリオット大尉は少し笑った。
「ミシェルとノアちゃんってどっか似てるのな」
「似てます? どこが?」
「真面目。一直線。思い込みが強い」
「私は……臆病で、おまけに自分勝手です」
「人間なんて、みんな自分勝手だよ。だから、自分が知りたいことは自分の為にちゃんと聞いた方がいい」
「大尉……」
「思い込みもすぎると、大事な物まで見えなくなるよノアちゃん。物事は一側面じゃない。ミシェルにはミシェルの事情がある。ノアちゃんにはノアちゃんのね。だから、ミシェルの考えが分からないならちゃんと聞いて、話をしないと前には進めないよ?」
「……話をして、壊れてしまったら?」
「それはどうにもならない。世の中ではそれを『失恋』と呼ぶ」
向き合って、壊れて、戻らない未来もある。
その時、私は一人で立てるだろうか。
「あーあ……俺も失恋か」
「え?」
「ノアちゃん。ずっとアプローチしてたのに、ちっとも靡かないんだもん。俺が君を好き好き言っていたのは冗談なんかじゃないよ?」
「す、すみません……あの……」
「いいよ。慣れてる」
「え?!」
「何その反応」
「だってリオット大尉は大人だし……経験豊富そうだから……」
「数をこなしているだけだよ。深く付き合えないままいつも終わるんだ。君となら、真剣に向き合えると思ったけど……振り向いてもくれなかったね」
大尉は月を背にして笑っていた。
くるりと振り向いて歩き出した彼の背はしゃんとしていた。
思いが叶わなくても、真っ直ぐに前を見るこの人をカッコいい人だな、と心の底から思った。




