40.彼の心
ダルトワさんに魔導師としての指導を仰ぎ3週間が過ぎ、私も少しずつ学生レベルから学びなおし一般魔法を以前より使いこなせるようになってきた。
ダルトワさんの教えてくれるのは魔法だけではない。
魔法騎士団における魔導師の役割、討伐遠征での対応、魔物との向き合い方、聞けば聞くほど魔導師が如何に奥深い仕事かが今になって理解出来るようになった。
「魔導師って大変な仕事だったんですね。安易に受けるべきじゃなかったかな……」
「……魔導師団も君の魔法適正をきちんと把握していて任命した筈だ。登録している魔法使いは毎年魔導師団に報告義務があるだろう?」
「だとしても……ダルトワさんが凄すぎて……」
「ワシは長く勤めているからの。単純に年の功じゃ。君の方が大魔法をいとも簡単にこなしているのだから、あとは小手先の技術と経験を積むだけじゃよ」
お祖母様からの教えとはまた違う、魔法騎士団を導く魔法使いとしての在り方はとても新鮮だった。
私はまだまだ知らないことばかり。
ダルトワさんに教えて貰えて本当に良かったと心から感謝した。
今日もダルトワさんの課題をこなした後、グラウンドから急いでローブに着替えて第5部隊の建物を目指し廊下を走っていた。
息を切らし、慣れた道を走って第3部隊の大部屋が視界に入り自然と目がそちらに向いたが、奥に見慣れぬ人影が見えドクン、と心臓が大きく脈打つ音が聞こえた。
ガラス窓の中、大部屋の奥にいたのはラベンダー色の長い髪の団服を着て笑っている彼の姿。
その団服のネクタイに触れていたのは、見慣れぬ長い金髪の背の高い女性だった。
「…………だれ…………?」
走っていた足は止まっていた。
頭の中は真っ白だった。
女性のマニキュアが塗られた長く美しい指がミシェル様の肩に触れたのが見える。
着ているのは私と同じ魔導師団の長いローブ。
一瞬息をするのを忘れて、心臓の音だけが身体にこだました。
止まりかけた呼吸がやっと再開すると、肺が急いで空気を取り入れドクドク脈打ち、震える足でやっと歩きだす。
苦しい。
浅い呼吸を繰り返し、まともに空気が吸い込めない。
長い廊下を一歩ずつ歩き、何処を目指していたのかわからなくなる。
頭がグラグラする。
苦しい。苦しい。
「……馬鹿だな私……」
今の今まで、どうして気付かなかったのだろう。
一時的にとはいえ、所属の魔導師がいなくなれば将校たるミシェル様は新たな魔導師を呼ぶだろう。
私なんかよりもずっと能力が高くて、ずっと優秀な魔導師を。
「……馬鹿。自分から離れたんじゃない……」
こぼれ落ちる涙をぐっと腕で拭いて、深呼吸して、誰にも見られないように、私はローブのフードを深く被った。
──落ち着け。しっかりしろ。
少しでも早く力をつけて、第3部隊に戻って、ミシェル様の為に働くんだ……!
だからこんなことで涙を零すな。
別に解雇されたわけじゃない。
これは一時的なもの。
これは仕事で……
──仕事じゃなかったとしたら……?
いや、仕事よ。そうに決まっている。
だって、職場に仕事関係以外の人なんてこないもの。
普通は……
恐る恐るもう一度二人を見ると、楽しげに笑う彼女の唇がミシェル様の頬に触れた。
『 あいつがあんなに女の子にべったりなの見たことねーもん。女の子近づけさせないしさ』
リオット大尉も言っていた。
ミシェル様は女性を近づけさせないって。
だから、あんな風にネクタイや肩に触れるだなんて、よっぽど心を許してなければしない。
頬にキスなんて、ミシェル様はさせない。
『私が、貴女の事が好きだからです』
自分はまだ分からないからと、放っておいた彼の心。
これはきっと報いだ。
「ミシェル様……」
彼の心に、既に私はいないとしたら……?




