38.誰かの為に。自分の為に。
無事に討伐を終え王都に帰還した数日後、魔法騎士団の会議室でミシェル様とリオット大尉を喚び出した私とダルトワさんは深々と彼等に頭を下げていた。
「反対です」
眼鏡のブリッジを中指で上げると、ミシェル様はきっぱりと言い切った。
「ノアは立派に第3部隊の魔導師を務めています。わざわざ他部隊へ行っての勉強など不要です」
ダルトワさんの元で指導を受けるべく、暫く第5部隊に通いたいと言い出した私をミシェル様は一刀両断した。
「ま、毎週1回は第3部隊に戻ります。だからそれ以外は暫くの間ダルトワさんに教えを請いたいんです」
「週1日? 駄目です。逆に何が不足してダルトワさんに教えてもらうのです? 討伐遠征の際、貴女は全て一人で立派に任務をこなしていたでしょう」
鮮やかに反論され、私はガクッと頭を垂れた。
久しぶりのミシェル様の圧のある話術に私は口を金魚のようにパクパクとするのが精一杯だ。
「暫くと言わずずっと第5部隊においでよ! ノアちゃんがうちに来てくれるんなら絶対団員も喜ぶし!」
「一番は貴方でしょう、ベルナール」
眉間に皺を寄せるミシェル様に、私はぎゅっと拳を握って顔をあげた。
「私、もっと魔導師として上達したいです」
「ノア。貴方は今でも十分……」
「もっと、第3部隊の為にやれることはある筈なんです。もっともっと私が技術を磨いて……私はミシェル様に……」
「……私に? なんですか?」
──嫌われたくない。
喉の奥が熱い。
理由もないのに涙腺が緩みだし、言葉と一緒に涙が零れ落ちそうになるのをぐっと唇を噛んで堪えた。
「私が頑張ればミシェル様の助けになるから……っ もっともっとミシェル様のお役に立ちたい……から……っ」
声が掠れた瞬間、ミシェル様は眉を下げ私を見つめ、溜め息をつきながら頭を抱えた。
「デュトワ少佐。ワシからもお願いしたい」
「そうは言われましてもダルトワさん。何故今急に」
「今だからじゃよ。向上心を持つことが出来るのは、成長出来る証拠じゃ。勉強を疎かにし、慢心すれば何処かの魔導師のように部隊のお荷物にしかならなくなる。少佐は身をもって知ったはずじゃ」
「…………それを言われると」
「ノアちゃんは、まだまだ強くなれる。まだまだ成長出来る。きっとそれは貴方の為にも、部隊の為にもなる。そのきっかけを作ったのは他ならぬ貴方じゃよ」
「そうだよミシェル。バルべ魔導師のこと覚えてんだろ? あのクソ野郎が遠征で居なくなった時、何度もダルトワ爺さん貸してやっただろ」
私の前任の第3部隊魔導師の名前が出ると、ミシェル様は腕組みをしながら難しそうな顔をして目を閉じ暫く黙り込んだ。
暫く私も黙って待っていると、ゆっくりと金色の目を開いて私を両手を握った。
「第5部隊に週3日。それ以上は妥協できません」
「ミシェル様……!」
「出勤時と退勤時、必ず第3部隊に顔を見せなさい」
「勿論です」
「第5部隊で勤務する日の業務報告書は第5部隊管理者のリオット大尉に提出すること」
「はい!」
「……ベルナールは私に忘れず合議を回してください」
「勿論。ノアちゃんの為なら何でもするよ」
リオット大尉はニヤリと笑い、私にウインクを投げた。
「リオット大尉にいかがわしいことをされたらビンタを食らわせること」
「ビ、ビンタ……はい」
「それと」
ミシェル様は私を引き寄せると耳元に囁いた。
「私が毎日貴方に教えている勉強、忘れていませんね? 貴女の帰るべき場所はきちんと教えたはずです」
そう言われて毎夜彼が放つ囁く声が脳裏を過る。
「……私の帰る場所……」
「それ以上は心の中で唱えてください。私の話を忘れず、何があっても折れずに心強くいてください」
「はい」
「辛い気持ちも泣きたい思いも、全て私が引き受けます。いつものように毎日貴女に会いに行きますから、私に会うまで我慢できますね?」
「はい!」
元気よく返答するとミシェル様は少し笑ってから手を離し、気の抜けたようにフッと息を吐いた。
「ノアのいない勤務時間か……はあ、やる気が地に落ちるかもしれません」
「俺がノアちゃんのこと全部請け負うから別にいいよ。お前は地でも谷でも勝手に落ちてろ」
「ノアに何かあったら、落ちる前に貴方を魔法騎士団から引き摺り下ろしますけどね」
片眉を上げるミシェル様にリオット大尉は不敵に笑った。
こうして私の新たな魔導師の勉強が始まった。




