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36.5 sideミシェル4

お風呂上がりの上気した彼女が眼鏡をつけようとして、私はそれを止めた。


「私の前では素顔でいいんですよ」

「あ……すみません。だんだん眼鏡をつけるのが当たり前になってきてて」

「お揃いなのは嬉しいですがね。私は貴女の素顔もその美しい瞳も唯一見れる男なのだと思うと、嬉しくて堪らないのですよ」


眼鏡をひょいと取り上げると、上目遣いの彼女のあどけなくも艶めいた表情に、俄然心が躍る。


「さあ、約束の勉強のお時間です」

「勉強……勉強なんですか? コレ」

「勉強ですよ。さあ座って」


将校用テントの各寝室にはソファがない。

都合がいいので……ではなく、致し方ないのでベッドの縁に二人で座ると、私はそっと彼女の肩に手を回した。


「じゃあ、復習です。私の名前を呼んで?」

「ミ……ミシェル様」

「じゃあ『好き』って言ってごらんなさい」

「あの、最近そればっかり言わされてますけど……私、ミシェル様を異性として好きか良く分からないのに、なんか……こんなのやっぱり変だし、良くないと……」


素直に従うのをいいことに、私は近頃彼女におかしな教育を施していた。


欲しい言葉を、何度も何度も繰り返し口にさせる。

別に何ていうことはない。

ただ単語を読み上げるだけ。


私の前で、私が欲しい言葉を口に出すのに抵抗がないように、毎日少しずつ口にさせている。


「変? そんなことは無いですよ。良くないだなんて誰が決めたのですか? ただの単語の練習ですよ? 別に私を好きだとは言わせていないでしょう」

「でも……ミシェル様の気持ちにちゃんと答えてすらいないのに、こんな誤解を生みそうな言葉ばかり……」

「私がいつ貴女を答えを急かしました? 大丈夫。そんなに焦らなくてもゆっくり二人で考えればいい」

「それも変なんじゃ……」

「ほら、好きだと口にして?」


頬を染めて、困ったように視線を外す様に益々私の嗜虐心に火をつける。


恥じらうのもまたいい。


彼女が疑問に感じたとてそれはそれ。

余計な事を思う前に身に付くまで教え込む。


「好きにも沢山の種類があるでしょう? 貴女がお祖母様に向ける気持ち。好物の食べ物に向ける気持ち。可愛いらしい動物に向ける気持ち」

「ダルトワさんのボブとか?」

「それは却下です。ちなみに好物の食べ物は?」

「……クレープかな。クリームとチョコレートをたっぷりのっけて苺とバナナを並べたやつ」

「それは美味しそうですね。今度城下に食べにいきましょう」


──言葉巧みに持ちかけるのは私の得意とするところ。少しずつ、少しずつその身を染みるように教えていく。


「じゃあ、貴女の好きな甘いクレープを思い浮かべて?」

「お腹減りそう……」

「ほら、『好き』といってごらん?」

「…………好き」

「もう一度」

「好き」

「大好き?」

「だい好き……」


酩酊したようなクラクラとした甘い目眩。

堪らない。


頬と頬をくっつけ熱を確かめて、少し離して彼女の瞳を覗き込むと潤んだ瞳には俺だけを映してぼうっと見上げていた。


近づいて、ほんのりと色づく頬にキスを落とすと、彼女の小さな抵抗か、私の胸を押し返す。


──そんな可愛い手で私に簡単に触れて。


押し倒したい衝動を抑え、再び頬に、瞼に唇で触れる。

微かに荒れ始める呼吸。

迷いながらも混濁したような意識。

濡れた唇は半分開いていて、力任せにしたら多分奪うことも出来るだろう。


それをしないのは、いざという時彼女自身に私を選んでもらう為。


現にベルナールのようにノアを狙う輩も出てきた。

あの手の早さは特技ともいえよう。

女を口説くのも魔物を討伐するのも瞬発力で動くベルナールに最後の一手を踏みとどまらせる為には、彼女自身の意思が必要だ。


私が駆け付けるまでに彼女自身の力で抗うことが出来れば、彼女の最後の目的地が私であることを教え込むことが出来れば、もう彼女は私から離れることはない。

あとは溺れさすだけ。


だから今は耐えて優しく優しく包み込むように、脳と心に教え込む。


貴女の求める先は私なのだと。


いつかそれを自覚したとき、彼女は自ら堕ちてゆく。

底なし沼のような私の愛に。


快楽の泉に突き落とし、這い上がれぬ程に身体に教えこむのが楽しみで堪らない。


足腰が立たないほど抱いて、身体中に所有印を刻み、私にしがみつく様を見るのは、きっともうすぐだ。


「何があっても貴女を受け止めますから、毎日必ず私の胸の中に返って来なさい。いいですね?」


「はい……ミシェル様」


調教する楽しさ。

ベルナールにはわかるまい。


私は私のやり方で彼女を落とす。


頷く彼女の長い髪を撫で、私は静かに笑った。



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