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34.合同遠征4

 討伐を終えた私達がいる山に雲が掛かり始めた。

 灰色の曇天に、陽が隠れ始める。


「見てくださいベルナール、ダルトワさんの魔力ダウジングが……恐らくまだ奥に巣がある……」


「だろうね。だけどこの空だともたねーよ。もうすぐ日も暮れるし明日晴れてからだな」


 討伐後念の為にダルトワさんが垂らしたダウジングは大きく振れ、ミシェル様は渋い顔をしたが、二人は今日は一旦ベースキャンプに戻ると皆に指示した。


 私もリュックを背負い皆の後に従おうとした。

 だけど、辺りを見て足が止まった。


 沢山の放置された魔物達の死骸。

 鼻につく血の香り。

 このまま雨になれば、血は更に広がり草花を汚すだろう。


 普通なら皆で魔物を地中に埋めてからベースキャンプに戻る。

 だけど、今は天候か崩れかけている。時間がない。


「ノアちゃん、行こう。今回は埋めてあげられないよ」


 放置されたままのバグベアの死骸の山を見て、思い出したのは師匠たるお祖母様の言葉だった。


『──ノア、最後まで疎かにしないで。お前のことを一度でも主と呼んだ彼等は、いつもお前が正しくあるかを見ているんだ』


 私の足は、皆とは反対を向いた。


「……待ってくださいリオット大尉。すぐに終わらせますから。おいで、サラマンダー、ノーム」


 手のひらに素早く魔法陣を描き精霊を喚び出すと、バグベアの遺骸をサラマンダーがものの数秒で焼き、ノームがあちこちに穴をボコンと開けて底に遺灰を入れて整地してもらった。


「おいで、シルフ、エアリアル」


 血の匂いが立ち込める木々の間を、シルフが泳ぎ淀んだ空気を押し流す。エアリアル達はその隙間からキラキラと光る羽を動かし、空気を浄化してくれた。


「すみません。終わりました。行きましょう大尉」

「あ、ああ……」


 こうして無事に私達は麓のベースキャンプまで下りる事が出来た。


 夕食作りが始まると、ポツポツと雨が降り出した。


 火が消えないように調理場付近と焚き火に雨よけテントを設置し、食事時には本降りとなったため、火の番を残して皆テントで夕食をとることになった。


「あったまる~」


 今日の夕飯はビーフシチューとパンだ。

 雨で冷えた身体に染み込んでいく。


 休憩室でミシェル様、リオット大尉、ダルトワさんの4人で食べていると、不意にリオット大尉が私に質問を投げかけた。


「ノアちゃんさ」

「はい」

「さっき帰り際どうして精霊を召喚したの?」

「え……」


 リオット大尉は珍しく真面目な顔をしていた。

 手に持っていたシチューのお皿をローテーブルに置くと、水が入った木のコップだけ持ち、ソファの肘かけに頬杖をついた。


「いや、問題は無かったから別に構わないんだけど、一応山の天候は変わりやすいから、皆が急いでいる時は個人の問題であまり足止めするのはどうかなあって……」


「…………そ……うですよね……すみません」


 当たり前といえば当たり前の意見だった。

 時間がないと、きちんと説明されていたのに。


 私は私の意思を優先させてしまった。

 もしタイミングが違ったら、これが命取りになる場合もある。

 私は皆の命を危険に晒したかもしれないのに……


「すみませんでした」


 情けない。

 いつまで新人気分でいたのだろう。


 仲間がみんな優しいから、心の何処かで慢心していたのかもしれない。


「お前だって昼にノアを連れて勝手にいなくなっただろう」


「それはベースキャンプでの休憩時間内での話だろ。討伐直後の天気が崩れた山ん中とは話が違う」


「私は、あれはやって良かったと思っていますよ。だから止めようとは思いませんでしたが」


 ミシェル様は淡々と続けた。


「死骸を残しておけば他の魔物を呼びやすい。短時間で処理出来る術があるなら処理してから動けば良いだけです」


「……ミシェル、甘くない?」


「仕事に関してはノアといえど甘くしてるつもりはないですよ。私には他にも沢山の部下がいますから」


「まあ、死骸を処理することについては納得してもさ。わざわざ風の精霊(シルフ)空気の妖精(エアリアル)を喚ぶ必要はあるのかな」


「…………ドライアドがこちらを見ておったんじゃよ」


 ズズーとシチューを吸いながら、ダルトワさんが笑った。



樹の精霊(ドライアド)……?」


「ほっほっほ。あれだけ大量の魔物の血が流れればのう。森の主たる精霊は嫌な顔するじゃろうに」


 パンを口に放り込むダルトワさんを、訝しげに見たリオット大尉は私に視線を移した。


「ノアちゃん、ほんと?」

「すみません。私は気が付かなかったです……」


 本当に全く気付かなかった。

 皆を待たせた挙句、他の精霊が来ていたのも気付かなかったなんて。本当に恥ずかしい。

 これで魔導師だなんて言えるのだろうか。


「大尉。お前さんは知らんじゃろうがの。我々魔導師……いや、一般の魔法使いもそうだが、精霊と対話出来る者は限られとる。妖精ならともかく、サラマンダーやシルフのような高位精霊は単純な魔法陣や対価だけでは召喚には応じんのじゃ。彼等は秩序を保ち、自分らを尊び、心を通わせた者としか取引せん」


「だから何? 精霊が来たがってたから時間ないのに喚んであげたとか? お遊びじゃないんだよダルトワ爺さん」


「そうじゃな。冗談にもならん。高位精霊の恩恵に預かる者があの場を放置し、周辺の浄化を怠れば、下手したら二度と彼等は召喚に応じん。彼等は常に見ているんじゃ。場合によったら、我等魔法騎士団が乞い願ってもそっぽを向きかねんのだよ」


「……ええっ?! 厳しくない?」


 驚くリオット大尉のコップをダルトワさんは笑いながら奪い、ごくごくと水を飲んだ。


「ぷはっ。それが精霊じゃ。彼等にこちらの都合は通用せんよ。礼を欠けば直ぐにへそを曲げる厄介な連中じゃ」


 ニコニコと笑うダルトワさんはローテーブルに空のコップを置いた。


「帰り際、ドライアドが近くまで来て手を振っておったよ。君達一族が精霊に対していつも真摯に向き合ってきたから君達は昔から精霊に好かれるんじゃ。あの珍妙な召喚術でも応じてくれるのはノアちゃんの一族以外ありえんじゃろ」


「……ダルトワさん……私の家族をご存知なのですか?」


「……オレリアさんは元気かの? 昔だいぶ世話になった」


「お祖母様? ダルトワさん、お祖母様とお友達だったの?」


「ノアちゃんと同じ虹色がかった銀の髪の美しい人だった。何度も口説いたんじゃながなあ、オーギュスト少佐にとられてしもうた。昔リオット大尉とおんなじ事を問うた時にな、ワシに精霊のことを教えてくれたのはオレリアさんじゃよ」


 そう言うと、ダルトワさんはまた笑った。




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