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30.告白

 性別公開をし、リオット大尉に絡まれた日の夜。


 仕事の帰り、私のアパートメントに来た時ミシェル様はえらくご機嫌ナナメだった。


 シルキーの作ってくれたキッシュとサラダ、ポトフを一緒に食べたけど、何となくソワソワしていたり、しかめっ面したかと思うと「すみません」と言って悲しそうに笑った。


 私はというと、最近では夕食を共にするのが当たり前になっているこの状態に少し疑問を感じていた。


 別に私が作っている訳ではないのだがら構わないが、どんどんミシェル様と一緒にいる時間が増えている。

 そしてそれが当たり前になりつつあるのは何でだろうと思う。


 順番にお風呂から上がりソファに座ると、ミシェル様は口を尖らせたまま私の肩に頭を乗せ、べったりとくっついて離れなくなった。


「なんか……怒ってらっしゃいます?」

「怒ってるといいますか……悔しいといいますか」

「えーと、それは……」

「ベルナールの奴……今日始めて顔を合わせたばかりなのに、貴女のキスを奪った」

「奪ったって……言い方が……口じゃないですよ?」

「それでも嫌です」


 ──参ったな。


 こんな風にいじけられても困る。

 リオット大尉が敵う相手じゃないと言ったのはミシェル様の方なのに。


「いえ、これは私の失態だ……駄目ですね。やはり上書きしなくては。我慢ならない」

「上書きって?」

「正しくは消毒兼上書きです」

「しょ、消毒ってアレですか? いや!」


 以前、討伐遠征の折、私はミシェル様に「消毒」と称して散々胸に顔を押し付けられた過去がある。


「何故です? ベルナールには触れさせたでしょう?」

「させたんじゃなくて、勝手に触れてきたんです!」

「ならば、私が触れても構わないでしょう?」


 大きな手が頬に触れて、一瞬ビクリとなってミシェル様の胸を押し返した。


「私が触れるのは、嫌ですか……?」

「え……」

「私のことは嫌いですか?」


 ──嫌い……?

 違う。

 でも私は……私達は……


「嫌じゃ……ない……ですけどミシェル様は職場の……」

「ただの上司、ですか?」


 ソファの上でじりじりと近寄るミシェル様に、何故か心臓の動きが早くなる。


「貴女にとって、私はただの上司ですか?」

「ミシェル様……」

「ねえノア。何故私が貴女に毎日貴女に会いに来ているかわかりますか?」

「……お風呂のため?」


 そっと手が再び頬に触れて、もう片方の腕が背に回る。


「風呂など、貴女と過ごす時間のための方便に過ぎません。気付かなかったのですか?」

「……だって……壊れてるって聞いたから……」

「本当に素直で可愛いですね貴女は。それならこうして夕食を共にし、わざとズルズルと毎日時間を引き伸ばしていたのも分からなかったのでしょう」

「そ、それは気付いてました! おかしいなって、ずっと思ってて……」

「思ってても拒まないから私みたいな人間につけ込まれてしまうのですよ」


 ミシェル様の親指が私の口を軽くなぞると、彼は形の良い唇の口角を上げた。


「私が何故、貴女に名前を呼べと言っているかわかりますか?」

「……わかりません」


 ぽすん、と優しくソファが背にあたった。

 上から覆い被さるようにミシェル様が近づく。


「では何故、私が貴女に触れたがるか分かりますか?」


「ミシェル様……?」


「私が、貴女の事が好きだからです」


 視界いっぱいに広がるミシェル様。

 長いラベンダー色の髪が私の肌に触れる。


「…………好き…………?」

「そうです」

「ミシェル様が? 私を?」

「そうです。気づかなかったのですか?」

「……だって、数カ月前まであんなに毎日蛇みたいにしつこくネチネチネチネチ嫌味を言われて、あんなに冷たい目で見られて嫌われて……逆にどうして好かれているだなんて思うんです?」

「……そうですね……」


 髪をひと掬いすると、チュッと音をたててキスを落とされ、恥ずかしくて視線を外した。


「……もしかして、目の魔法陣に当てられて……?」


「貴女の目の魔法陣は私には効きませんよ。私が当てられているのは貴女自身です」


「ミシェル様、近い……っ」


 鼻先まで顔を寄せられると、心臓は更に高鳴った。


「貴女の弾けるような笑顔。一生懸命取り組む姿勢。周りを引きつける温かさ、毎日見て惹かれずにいられるとでも?」


 そんなの、分からない。

 分かるわけない。


「何より」

「貴女は本当に美しく可愛いらしい」

「……え?」


 何を言っているのかと呆然と見上げると、蕩けた蜂蜜みたいな瞳を向けられて、どうにもならない感情が込み上げる。


「大きなブルーの瞳。女神のような虹色を帯びた銀の髪。瑞々しい果実のような唇」

「ミ、ミシェル様……っ」


 どんどん近づくミシェルの整った顔が私の頬に触れてリップ音を立てた。


「こんな華奢な身体にふくよかな胸、何度も見せつけられて……」

「見せつけてなんかいない!」

「ああ、そうでしたね。私が勝手に貴女を見ていた」


 ちゅ、ちゅ、と何度も頬をキスをされ、恥ずかしさで泣きそうになる。


「はあ……貴女の肌は本当に柔い······吸い付くようだ」

「もう、勘弁してください……!」

「そうは言っても、ノアの肌は甘いし、ノアの匂いは芳しいし、離れ難いのです」


 首筋を撫でるように舐められると身体がビクンと揺れた。


「……可愛い……私の唇で反応したのですか?」

「ミシェル様……もういい加減……」

「ふ……っ」


 上気した顔で楽しそうに私の耳元に口を寄せたミシェル様はクスクスと笑った。


「ノア、言って。私が好きだと」

「……いや……」

「私に触れられるのは嫌じゃないのでしょう? 私のことは嫌いじゃないのでしょう? 貴女は確かに先程そう言った」

「……っ」

「ほら、ならば貴女は私が好きなのですよ? だから口に出して言いなさい。癖になる程繰り返しながら」


 頭の中が混乱する。

 いつもの優しいミシェル様の声なのに、かつての嫌味の鬼の怖さを感じる。

 どうして?


「そんな怯えなくても、今日はこれ以上何もしませんよ」

「……ほんと?」

「今日はね。だって今、貴女の頭は私のことでいっぱいでしょう?」

「だって……ミシェル様が……」

「そう。私が貴女をそうさせたんです。だから、楽しみにしていて。ノア」

「何を……」

「これから毎日、教えてあげます。どれくらい私が貴女を好きかも、どれくらい恋焦がれているのかも。飽きる程に何度でも。その心を溶かすまで」


 私から顔を離すと、ミシェル様はニッコリと微笑んだ。


「貴女はわたしを蛇のようと言いましたが……そうですね。私は貴女が思うよりずとしつこくて恐ろしいと思いますよ。ベルナール程の俊敏性はありませんが、毒が染み込むように、じわじわと生殺しにして絡め取るのが私のやり方ですから」


 私を見つめる金色の瞳は獲物を前にした獣のように見えた。


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