29.接触
「ベルナールが?」
「すみません少佐。あいつ……いえ、あの人ノアちゃんに急に近づいてきて、可愛いとか言いながら騎士ぶって手の甲にキスなんかして」
「…………ほう…………?」
ピシャーン! と急に雷鳴が轟いた。
第3部隊の大部屋の一角が急な悪天候のように空気が冷えたのは、ロベール先輩がミシェル様に先ほどのリオット大尉のことを報告した直後だった。
中指で眼鏡のブリッジを上げると金色の瞳だけが獰猛にギラりと光る。
「……予想はしていましたが、さすが女好き。想定以上に早かったですね。まさか性別公開した初日にみつかるとは」
「後でこちらにいらっしゃるから、少佐にそうお伝えするよう言われました」
「有り難う、ロベール君。これからもノアにちょっかいを出す輩がいれば詳細に報告して下さい」
「はっ!」
ミシェル様とロベール先輩の会話を横で聞きながら、自分の話なのに対応も出来ず会話にも入れないことが情けなかった。
「す、すみません……あの、私……」
何とか声を振り絞りミシェル様を見ると、頭にポンポン手を置かれた。
「貴女が謝ることなんて何もありませんよ。勿論ロベール君もね。私の部下にちょっかいを出してきたのは向こうです」
「でも……私がしっかりしていれば……」
「ノア。アイツの身体能力は異常なんです。恐らく不意をついて、いきなり懐に入って来られたのでしょう? 貴方達が敵うような相手ではありません。あいつは天災と一緒です。なるべく関わらないでください」
「ミシェル様……」
「1対1で戦っても、残念ながら私はあいつには勝てないんですよ。ベルナールの剣技と身体能力は群を抜いてる。魔物であればあらゆる手段を講じて殺害しますが、相手は一応人間ですからフェアに戦うしかない……貴女のことを守るつもりではいますが……少々厄介なのですよ」
デスクで事務作業をに戻ったはいいが、さっきの事が頭をちらついて仕事に集中出来ない。
──あの金髪の人、リオット大尉とか言ってたな。将校なのよね。
前に討伐遠征の時、マシュー先輩もミシェル様の同期だとか言ってたっけ。
確かにいきなりあんなに距離詰めるなんて女好きな感じよね。普通初対面であんなに近づかない。凄くびっくりした。
ロベール先輩も言ってたけど、別に騎士だからって手の甲にキスとか普通しないんだよね。
あんなの儀式とかでやる以外見たことない。
きっと気取ったキザな人なんだ。
いや、でも待って……?
確か眼鏡作りに言った時、ミシェル様もおんなじ事してたわ。
となると……
え。もしかしてミシェル様もキザな種族?
魔法騎士団の将校って皆そういう訓練でも受けているのかしら。
「ノアちゃん、聞いてる?」
「え? 何を……」
真横を見ると、ピッタリくっついて座っていたのは、先程お会いしたベルナール・リオット大尉だった。
「わああああっ!!」
びっくりして奇声を上げると、それに気づいたミシェル様がものすごい勢いで私の元に走ってきた。
「ベルナール……何しに来たんです……?」
私を自分の元に引っ張ってくれたミシェル様は、鬼の形相で大尉を睨みつけていた。
「ミシェルお前さー、こんな可愛い子いるなら俺に言えよ。あんな仮面つけさせて男だなんて言いふらして」
「言いふらしてなどいません」
「いやぁ、うちの部隊で春に結構話題になっていたんだよ。ミシェルんとこの魔導師に白猫仮面のオチビの僕ちゃんが来たって」
──白猫仮面のオチビの僕ちゃん……
なかなかのネーミングセンスだ。
「それが蓋を開ければ女の子だなんてさ。ズルくない? うちのジジイ魔導師と交換してよ」
「ベテランのダルトワさんによくそんな口をきけるな。というか、ノアに触ろうとするな!」
会話中も私に伸ばしたリオット大尉の手を、ミシェル様はべしっと叩きおとした。
「可愛いなあ。お話したいなあ」
「喋らせない。用が無いなら帰れ」
「あ、用はあるんだよ。はい。合同遠征の連絡来たぞ。はいコレ」
「合同遠征? ベルナールのところと?」
書類を手渡すと、ミシェル様は怪訝そうに中をパラパラと捲った。
「そ! 再来週からね。第4部隊が今、東部の遠征中だから、今回はうちと一緒なんだとよ」
ミシェル様はブツブツと言いながら書類に目を通し始めた。
「じゃあ俺いくから。ノアちゃんも宜しくね」
「あ、はい。宜しくお願いし……」
突然、引っ張られたのは腕だった。
ミシェル様の影に隠れていた私は、勢いで前のめりになり、受け止めたリオット大尉は頬に軽いキスをした。
「今度はちゃんとお話しよう、お姫様」
「…………っっっ!!」
驚きの余り後ろずさってひっくり返った私は、尻餅をつく直前でミシェル様に抱きとめられた。
「ベルナール!!」
「怒んなよミシェル。じゃーね」
そう言ってリオット大尉はスタスタと歩いて部屋を出て言った。




