26.引っ越しとお風呂
無事に討伐遠征を終えた私達は王都に帰還した。
帰り際、ミシェル様が寝不足でとても心配した。
あんなに目の下に隈を作ってまでムスティークが来ないか見張りをしてくれていたなんて。
ミシェル様は本当に部下には優しい。
週中には魔法騎士団本部から新しい家の手配が完了したと連絡があり、翌週の週末に引っ越しをすることになった。
一度内見に行ったが、まだ新しい綺麗な建物でそして広い。寮より全然広くてびっくりした。というか、明らかに一人用の家ではない。
どうも借りた家はミシェル様が選定し魔法騎士団本部に交渉してくださったようだ。
3月までとはいえ、こんな素敵な家住めるなんて本当に夢のようだ。
家具は全て寮の備え付けだったから、新しいものを買いに行ったのだが、同伴していたミシェル様が全て支払いをしてくださった。
今度はちゃんとお財布にお金を入れていたのに、引っ越し祝いだから財布をしまえと言われてしまったのだ。
本当に何から何まで面倒見てくださる優しい上司だ。この人には頭が上がらない。
ただ、買って頂いた家具はいずれも質の良い調度品ばかりで、ベッドに至っては馬鹿みたいに大きいし、正直こんなものを私一人で使う意味があるのかよく分からない。
ただ商品を買うのはミシェル様だ。
一応「大きすぎませんか?」とは聞いたが、未来への投資がどうのこうのとか言って、よく分からないまま購入に至った。
荷物の梱包から移動まで、私のお抱え家事妖精がいとも簡単にこなすものだから、引越し日当日も私は苦労せずに半日で全て整えることも出来たが、手伝いに来てくださったミシェル様はシルキーのあまりのスピードに呆気にとられていた。
「貴女の家事妖精は本当に凄いですね」
「シルキーは凄いですよ。うちの実家も完璧に掃除してますから」
「前の鳥の精霊も凄いと思いましたが……ノアはどんな妖精や精霊も喚べるんですね」
「唯一の特技ですから」
「これなら神様も喚べそうです」
「喚べますよ、神様。お祖母様に禁止されているから術を使ったことはないですけどね」
「冗談だったんですが……本当に喚べるんですか。本当に不思議な魔法ばかり使いますね」
「これが私の……」
「独自魔法なのでしょう?」
ニコニコ笑うミシェル様と二人でシルキーが作ったホカホカのパンとシチューを食べながら、新しい部屋を見渡した。
新たな生活を前に今までの寮での暮らしが頭を過ぎり、私はほんの少ししんみりとした。
「ミシェル様には本当にお世話になりました。毎日お風呂を貸して頂いて、家も家具も用意してくださって、私本当に助かりました……ご恩は忘れません」
「ん? そうですか」
「はい。もうあんな風に夜な夜なお邪魔してご迷惑はかけませんから、ミシェル様はミシェル様だけのお時間を過ごして頂ければ……」
「なるほど。貴女は私に恩があるのですね」
「ありますよ勿論。沢山あります」
「では早速ですが、恩を返していたたまきましょう。実は最近私の部屋の給湯設備の調子が悪いのです。私は火魔法で温めなおしていたのですが……ということで、当面貴女の部屋のお風呂を貸して頂きたいのです」
「…………えっ?!」
──なんてことだ。
給湯設備の故障?
それは大変だけど……
「あ、寮の共同浴場なら入れますよね?」
「将校はあまり共同浴場は使用しません」
「そうなのですか? では第3部隊室の浴室なら……」
「あそこも壊れました」
「そう……なんですか。では更衣室のシャワー室なら·……」
「ノア。もう秋ですよ。身体は温めないと。バスタブが必要ですよね?」
「確かに。でも、寮から私の家だと距離があるから湯冷めしてしまうし……」
「貴女には転移術があるでしょう? 寮まで送って頂けると助かるのですが······」
「…………今まで通り部屋のお水を火魔法で温め直すのが一番簡単なんじゃあ……」
私の提案にミシェル様はガタリと席を立ち真剣な眼差しで言った。
「それだとお風呂上がりの貴女に名前を呼んで貰えないじゃないですか!」
あまりの真剣さに、私は言葉を失った。
「約束したじゃないですか! お風呂の後は毎日名前を呼んでくれると!」
「……あれは……『例えば』って言ってませんでしたか?」
「約束は約束です!」
「音声伝達魔法を使いましょうか? それなら寮でも……」
「嫌だ! 貴女に触れられて名前を呼ばれたい!」
──なんて、真剣な眼差しなのかしら。
この人……大人よね?
というか、私の上司よね?
「嫌だ」って何。5才児なの?
「ノア、私に恩があるのでしょう?」
「あります」
「私は困っているのです。手を差し伸べてください」
「……わかりました」
こうして私は引っ越したにも関わらず、再びミシェル様と夜にお会いすることになった。




