20.幻想と現実
ランチを終えた私達は、再び日射しが強い外の商店街に戻ってウインドショッピングをしたが、私はさっきのランチ中のことが現実だったのかただのおかしな妄想だったのか判断がつかなくなっていた。
「あちらに君が好きそうな雑貨屋がありました。見ていきますか?」
「は、はい!」
日射しの下で見る少佐はいつもの少佐だ。
先程は暗かったから、何か違うものを見たに違いない。
プルプルと首を振って余計な考えを振り切ろうとずんずん道を進んだが、看板に頭をぶつけ、石畳で転び、鼻を打った。
「何をやっているんですか、ノア」
呼び捨てされた名前に思わず彼の顔をガン見すると、ニンマリと口端を上げて言った。
「何か動揺するようなことでもありました?」
「い、いえ……」
「ノアは一人じゃ危ないですね。手を繋ぎましょうか」
「いや、大丈夫です」
「繋ぎますよね?」
「い、いえ……」
「ノーア?」
前を見ると久しぶりに見た氷の笑みが。
──目! 目が笑ってない!!
「どうしたんです? そんな泣きそうな顔をして」
──それ、もう二度と出さないって言ったじゃん!
否応なしに手を握られ、街中を闊歩することになった。
ティータイムを過ぎてからトイレでジャージに着替え、白猫の仮面をつけて寮に戻ったが、少佐は沢山のお菓子や小物などのお土産もたくさん買ってくれて、部屋まで一緒に送り届けてくれた。
──何だったけ。
私、今日一体何しに行ったんだっけ。
ジャージのままベッドに倒れ込み、手だけでごそごそとバックを漁ると、品のいい黒い箱がコロン出てきて、中から綺麗な縁無し眼鏡が現れた。
眼鏡を見ながら、ようやく本来の用事を思い出したけど、頭に過るのは耳元で囁かれた少佐の声。
──何やってんのよ、私は。
しっかりしなきゃ。
夕食後、気持ちが宙に浮いたままお風呂を借りに行くと、とびきり笑顔の少佐が部屋で待っていた。
湯上がり、何故か少佐はニッコリと笑って冷たいレモン水を渡してくれたが、妙な悪寒が走った。
「さて、復習の時間です」
「復習?」
「ではこちらへどうぞ」
「きゃあ!」
レモン水を持ったまま、ヒョイと抱きかかえられるとそのままソファに隣あって座らせられた。
「さて、もう一度私の名前を呼んでみましょうか」
「えっ」
──いや、なんで何度も呼ばせたがるの?
「······第3部隊室で、そんな風に呼べませんし。意味なんて無いですよ」
ポツリと言うと、何かヒンヤリとした雰囲気を感じてチラリと少佐を見ると、少佐の目は吹雪だった。
猛吹雪だった。
だけど口角だけはしなやかに上がっている。
「ブ······ブリザードスマイル?!」
「意味が無い、とはどういうことですか」
いやー!
怖い。マジですっごい怖い!!
ドッ、ドッ、と心臓が脈打つ。
蛇に睨まれた蛙······いや違うドラゴンに微笑まれた白猫である。
「き、き、勤務中はちゃんと階級を重んじないといけないと、お、お、思うのですよ。団員の皆に示しがつかなくなるのは少佐の方だと······ひいっ」
「へえ······私の職務まで慮ってくれたのですか。さすがは魔導師。立派な心がけです」
ブルブルと震えながら精一杯正論を叩きつけたが、元は誰よりも弁が立つ皮肉屋ドラゴンに、指先一つで跳ね返される。
恐怖でますます涙目で小さくなっていると、少佐は急にフッと力の抜いた笑みを零した。
「······では、二人きりの時は必ず名前で呼んでください」
「二人きり?」
「例えば貴女のお風呂上がりは時間は、誰も見ていない。私と二人きりです。約束してくださいますか?」
「······誰も、見ていないなら······」
「毎日ですよ?」
「毎日?!」
「当たり前です。継続は力なりです。日々の積み重ねが大事なのですよ」
「何の鍛錬ですか?!」
楽しそうに笑う少佐を前に私はそれ以上の反論を出来なかった。
その日、レモン水の中の氷が溶けるまで私は少佐の名前を呼び続けることになった。




