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19.名前

 少佐が連れてきてくれたレストランは、氷上で演者が音楽に合わせダンスをしたり歌うのを見ながら食事がとれる珍しい施設だった。


「凄い……なんて上手に踊るのかしら」


 魔法で作られた氷のフロアをクルクルと回り、美しい衣装で舞う姿は妖精のようだ。


 暗い店内は、中央の氷の舞台にいるダンサーにライトがあたる様に調整されており、店内は反射したライトでぼんやりとした明るさで異空間のようにも思える。


「気に入りました?」

「はい! こんなの見たの初めて」


 さすがは王都。

 田舎では見たことの無い施設が普通にあるのだと感動する。


 舞台を囲うように席が配置され、私達は舞台から一番奥にある3階席に横並びで座った。


 舞台からは遠いが俯瞰で見れるので一番雰囲気を味わえる。氷上の舞手にうっとりしながら私は見入っていた。


 ダンサーの踊りは素晴らしくあまりの感激に完全に食事の手が止まってしまい、「冷めますよ」と笑われてハッとして食事に視線を戻した。


 真夏に見るアイスダンスということで、食事は温かいスープとサラダ、それと採れたてのトマトをたっぷり使ったパスタだ。

 口に含むと酸味と甘みのバランスが素晴らしくて思わず目尻が下がる。


 そんな姿を見てまたクスクスと笑われ少し恥ずかしくなった。


「美味しいですか?」

「はい、とっても!」

「こんな笑顔をずっと仮面の下隠していたなんて。この数カ月勿体ないことをしました」


 少佐は水を少し飲んでから眼鏡のブリッジを押さえた。


「あはは。すみませんでした。私もどうしようかと思ってました。お風呂は男子の共同浴室しかないし」


「第3部隊室の浴室で、あの日見つけたのが私で良かった。他の者に貴女を見られていたらと思うと……」


「浴室」と聞いて、あの日のことが頭をよぎった。

 そう言えば私、少佐に裸見られたんだっけ。


「……どうしました?」

「いえ……別に」


 よく考えるとめちゃくちゃ恥ずかしい。

 毎日少佐専用の浴室を勝手に使い、真っ裸で不審者扱いで拘束されるなんて。おまけによりによって一番嫌われていた人に見られたのに、こうして頼る羽目になっているんだもの。

 恥ずかしいを通り越して情けない。


 でもあれ以来、少佐の私に対する態度は変わった。

 ケガの功名と言ったところか。


「ついてますよ、ソース」

「あ」


 ぼんやりとしていたので、零してしまったかと洋服を見たが、ソレらしきものがない。


 そっと、隣に座る少佐の手が伸びてきて私の口端を軽く擦る。


「……っ」


 口端から、親指がゆっくりと唇に移り、びっくりして声を失った。


「名前を……」

「え?」

「私の名前を呼んでください」

「え……少佐の? 私が?」

「そう。貴女がです」


 眼鏡の奥の少佐の目が潤んだように私を見つめていた。

 かつての厳しい眼差しでも、最近の優しい眼差しでもない。


 濡れた瞳がほんの少し揺れて、私を映す。


「……でも……」

「ほら。ミシェルと。呼んでごらんなさい」


 ──よ、呼び捨て?!

 それはさすがに……


 唇に触れていた手が頬に移る。

 大きな大きな少佐の手。


「……っ」


 どうして良いか分からず、目だけが右往左往していると、少佐がゆっくりと近づいてきて、耳元で囁く。


「ほら、ミシェルと」


「……でも……っ」


「ノア」


 自分の名前が呼ばれビクンと身体が反応した。


「私の名を呼びなさい」


 耳元に少佐の吐息がかかる。

 距離が近い。

 肩と肩はぶつかるどころか重なり、私の背には少佐の体の熱が伝わる。


「……ミシェル……さま……」

「そう。もう一度」


 触れる手が優しすぎて、拘束された訳じゃないのに動けない。

 耳にかかる熱が吐息なのか、彼の唇なのか分からないほど近い。


「ミシェル様……っ」


 耳朶に熱が触れたのが分かった。

 一瞬、身体に電流が走る。


「よく出来ましたノア。ああ、本当に可愛らしい」

「少佐……」

「ミシェルだと教えたでしょう? ちゃんと守りなさい。いいですね?」

「はい」


 頭の中がぼうっとして上手く働かない。


 目の前の食事が冷めているのにも気づかず、氷上の舞いだけがぼんやりと視界に映り、私は彼とずっと手を握りあっていた事にすら全く気付かなかった。


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