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16.涙と優しさ

「ノア君、ちょっと来なさい」


 仕事中に少佐に呼ばれ、大部屋奥の将校執務室に二人で入った。

 本来こちらがデュトワ少佐の執務室なのだが、少佐は部下が目に入る場所で仕事をしたがる。

 よく知らないが彼は部下とはなるべくコミュニケーションをとる方針らしい。


 めったに入らない部屋の中で、椅子に座らず執務机に腰掛けると少佐が困ったように眉を下げた。


「女子寮が空いていない」

「え」


 予想外のことに仮面の下で目を瞬かせた。


「君が来た後直ぐに別の臨時団員か入り埋まってしまったようです。元々数が少ないから想定はしていたんですが……今、来年の採用に向けて新しい寮を建設中とのことです」

「どう……しましょうか。取り敢えず現状維持で?」

「いや。それはさすがに私が心配です。ということで、本部の人事課に交渉してきました」

「交渉なんて出来るんですね。さすがデュトワ少佐!」

「君が女性だと本部に書類を提出していたにも関わらず誰一人気づかず男子寮の鍵を渡しているのですから部屋の用意くらい当たり前です」


 デュトワ少佐は、私が女である事を心配し、なんとしても男子寮から出て、平穏無事な生活を送らせたいらしい。


 そのためにこの間から色々と策を練ってくれた。

 結局仮面を外して女として皆に公表する方向で進めることになったのだ。


 下手に性別を隠し通して、いらぬアクシデントを起こすぐらいなら、最初から性別を公表してしまい事前に策を立てるべき、というのが少佐の意見だった。


「結果としては、普通のアパートメントを借りての家賃補助となります。但し、これだと寮食のように食事の用意が出来ません」

「まあ、そうですよね」

「明らかに騎士団側に非がありますから、女子寮があくまでは追加で食事補助も出ます。いかがでしょうか」

「問題ありませんよ。 私は家事妖精(シルキー)も召喚出来ますし」


 日常の家事は本来一般魔法を使って自分でやるものだが、私はいつだって召喚術により妖精や精霊に家事をお願いするスタイルだったので、何があろうとだいたいやっていける。


 それにどうせ3月には任期満了で実家に帰るのだ。

 十分な対応だろう。


「部屋の用意から引き渡しまで1ヶ月半程度かかるそうなので、その間は引き続き私の部屋の風呂を使って頂けますか?」

「わかりました」

「家が移り次第貴女の性別をきちんと公表しましょう。やっとこれで、私も大手を振って貴女を守れる」

「……あの、ずっと思ってたんですが」


 私はずっとモヤモヤとしていたことを、これを機会に少佐に伝えることにした。


「確かにあの一件があったから少佐は過剰になってらっしゃるかと思うんですけど……私魔導師としてここに来ているので、そんな少佐に守って頂くとか、ちょっと違うと思ってて……」

「駄目です。これは私の責任です。ちゃんと貴女を守りますから私の傍からあまり離れないようにしてください」

「いや、別にいらな……」

「私の傍にいなさい」


 ──あれ?

 最近の少佐は態度も物分かりもかなり良くなったのに。

 なんでこんなに頑ななの……?


「あの、普通に考えてください。魔法騎士を導くのが魔導師の仕事なんですよね? 少なくとも私、魔導師団でそう言われて来たんです。それなのに、魔法騎士に守らせるってやっぱり変ですよ。私、そんなに魔導師として心許ないでしょうか……いや、体力ないし、足も遅いし、一般魔法は上手く使えないし、確かに足手まといかもしれないですけど……」


「……足手まといなんかじゃないです」


「え」


「貴女は仲間の団員の命を救ってくれました。それにいつも朗らかに笑って皆を勇気づけているではありませんか」


「デュトワ少佐……」


 皮肉屋の少佐が私を褒めてくれた。

 ここにきて、初めて私を……


「私がどんな無理難題を言っても、一生懸命前を向いて着いてきてくれたでしょう? 足が遅いからなんだと言うのです。私の背に乗れば、誰よりも速く走って差し上げます。一般魔法が不得意だからどうしたというのです。私が最大出力の火魔法を出して差し上げます」


 ロベール先輩が言っていた。

 デュトワ少佐は、本当は団員にとても優しい人なのだと。


 見上げると、いつも見下す様に見ていた少佐は何処にも居なくて、眼鏡を通してでも分かるくらい温かい金色の眼差しがそこにあった。


 頬の筋肉が緩む。

 涙腺が優しさで溶かされる。


「……っ」


 どうしよう。

 嬉しくて堪らない。


「また泣かせてしまいましたね」

「違……すみません……嬉しくて……」


 ポロポロと頬を伝う涙が、熱を持ち、止まらない。


「失礼」


 白猫の仮面を外されると、少佐の腕がふわりと身体を包んだ。

 少佐の夏服のワイシャツが肌に触れる。


「随分と虐めてしまいましたが、貴女は私達の仲間です」

「……っ」

「存分に甘えなさい。必ず守ります。必ず助けます」


 どうしよう。

 涙が止まらない。


 私の身体をすっぽりと包み込む少佐の広い胸。

 真っ白なシャツに頬を寄せると涙を吸い込み染みていった。


 温かい。

 ずっと冷たい、嫌な人だと思ってた。

 魔導師嫌いで、私のことも大嫌いなんだろうと。


 頭をゆっくりと優しく撫でられ、私の心の(おり)が消えていく。

 背に回った長い腕が酷く心地良い。


「貴女は小さいですね。まるで飼い主に甘える子猫のようだ」


 あ、引かれたかなと少し躊躇って両手で少佐の胸を押し返し見上げると、慈しむような眼差しで微笑って、私の目元を拭いてくれた。


「私、この間柄から少佐の前で泣いてばっかり……恥ずかしい」

「泣かせているのは私ですから仕方ありません。でも」


 顎を掬われ、デュトワ少佐の蜂蜜色の瞳と視線が重なった。


「涙は私にだけ見せて下さい。他の男の前で泣いてはいけませんよ?」

「少佐……」

「貴女の涙を拭くのは私の役目だ。何時でも受け止めますから、泣きたくなったらいつでも私の元に来てください」


 そう言って、少佐はまた私を抱き締めた。

 甘えすぎだと分かっていたのに嬉しくて、私は少佐の胸に身体を預けた。



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