15.折れた鬼将校
「ノア君頑張れー!!」
蒸し暑い空気が漂う最中、今日は体育館で私はスクワット100回からの背筋運動をこなしていた。
第3部隊将校専用浴室で少佐と鉢合わせとなってから数日が経ち、今は夜になると少佐の部屋のお風呂を借りるようになった。
別に非難している訳じゃないのに、例の事件があってからか風呂の最中少佐は自室なのに剣を携え風呂場の護衛に当たっている。
別に少佐の部屋の風呂場を狙う人間などそうそういないのだからそんなことしなくていいのに、真面目な彼はいつも帯剣したままうろうろと部屋で待機しているのだ。
あれ、本当は私の方がビビるからやめてほしいんだけど。
ヒイヒイ言っている私をよそに、皆は既に室内に入って次の仕事に移って仕事をしている。
ロベール先輩だけが、いつものように私を応援してくれていたが、私はいつもの通り安定の落ちこぼれっぷりだ。
仮面を被っているし顔から吹き出る汗も尋常じゃない。
やっとこさスクワットを終えて背筋を30回まで終えた時だった。
「もう止めなさい」
さっきまで遠くから様子を見ていたデュトワ少佐がこちらに来ると、いままでなら冷えた笑みを浮かべながらネチネチ嫌味を言ってきたのに、今日はやたら心配そうに筋トレの中断を求めてきた。
「ロベール君。君は仕事に戻りなさい。あとは私が面倒を見る」
「え? は、はい。じゃあなノア君」
「有り難う御座いましたロベール先輩」
頭を下げると、ロベール先輩はニコッと笑って仕事場に戻っていった。
「……ハラハラして見ていられません」
深い溜め息と共に、少佐は私の手を引っ張り、立ち上がるのを助けてくれた。
「何故止めたのですか? 私、少しは体力がついたので、お時間もらえれば腹筋出来そうですけど」
ぐるぐると腕を回すと、ムッとしたようなデュトワ少佐に軽く睨まれた。
「何故今日に限ってTシャツを着ているんです?」
「ジャージが暑いから?」
「……だから言ったじゃないですか。いつまでもローブやジャージでは誤魔化せないと」
「いえ、裸にジャージ着てるわけじゃないんで。暑かったら脱げばいいだけです」
「貴女って人は……抜けてるのか天真爛漫なだけなのか」
「はい?」
口元を押さえながらチラっと私を見て顔を赤らめると、直ぐに視線を外して小声で言った。
「汗で張り付いたTシャツで下着もボディラインも丸見えです」
「え、嘘」
「お願いです。もう少し、自分の容姿を自覚してください。ランニングしててもスクワットしてても、その……随分胸元が揺れて……」
「む……?! み、見てたんですか?!」
「違……っ! 見ようとしたわけではなく! これは不可抗力でっ! 魔法陣の影響を防ぐ以外の仮面の効果が、真実を知った私には効かなくなっているんです」
「!!」
「誤って他の男にぶつかりでもしたらどうするんですか。しかもそんないい匂いさせて……」
「匂い?」
「……そんなフローラルなボディーソープを使えば、男は誰でも気づきますよ。みんなノア君が男だと認識している筈なのに、わざわざ振り返って君を見ている者もいる」
「そんな、匂いだなんて。獣じゃあるまいし」
「伴侶が定まらない男など、獣と同じですよ。このままだと、貴女、本当にとって食われまますよ」
眼鏡のブリッジを中指で上げると、少佐はキリッと表情をひきしめた。
「貴女のお祖母様には申し訳ありませんが、そろそろ作戦は変更すべきです。仮面以外に魔法陣の効果を防ぐアイテムは持参されてますか?」
「実家にはありますけど……今は持ってません」
「ではプランを立てましょう」
こうして私達の新たな作戦がはじまった。