14.5 side ミシェル 1
溜まっていた仕事をせっかく片付け寮に戻ったのに、部屋の鍵を忘れとんぼ返りで第3部隊の大部屋に戻った夜。
裸体のままの女性を取り押さえ泣かせるという前代未聞の事件を起こし、なんとか彼女を落ち着かせて寮に帰した。
一人になった第3部隊室の大部屋で、ドサリと椅子に身体を沈めると一気に疲れが押し寄せる。
「信じられない……まさかあの坊やが女だったなんて……」
深い溜め息を吐きながら、頭を抱えた。
一体何故こんなことになったんだ。
どうして。
いや、わかっている。
そもそもの発端は、長きに渡って勤めてくださった、第3部隊付き魔導師の引退からだった。
彼は温和で理性的な魔導師で、年齢を理由に魔法騎士団を惜しまれつつ引退した方だった。
私も随分お世話になった。
魔法使いの領分を騎士である私にも存分に与えてくれた良き指導者で、理想的な導き手であった。
次に来た魔導師は彼とは全く正反対の方だった。
大した知識も技量も無く、プライドだけ高い鼻持ちならない男性魔導師は、偉そうに団員に講釈をたれ流し、一番大事な討伐遠征で仕事を放棄していなくなってしまった。
そんな事件があったからか、私自身も魔導師に何の期待も抱いていなかった。
そして今年配属された魔導師はまだ若い男の子。
体の線も細く、体力もない。
一般魔法は学生レベルにも劣る程。
一目で無理だろうと諦めた。
早く彼には辞めて欲しかった。
だから彼が傷つく事をわざと言った。
決して彼が嫌いだった訳ではない。
仮面の着用一つであんなに苛立ちをぶつける必要も本当は無かったのに。
辛く当たった。
彼は本来魔法使いで、体力が無いことも剣技が出来ないことも知っていて鍛錬に参加させた。
走らせれば一番最後をヨタヨタとついて回る。
トレーニングさせれば腹筋ひとつままならない。
だけど決して音を上げず、いつも一生懸命についてきた。
そんな彼が、団員が傷を負った瞬間、誰よりも先に動いてくれた。
「仕事です。ちゃんとやります」
直前まで、散々虐めていた。
小さな身体に砂袋をおとして、きついトレーニングをわざと課した。
額の汗を拭って、天に掲げた細い手で、誰も知らない魔法陣を素早く描き、私達が見たこともない精霊を喚びだした。
小さな真っ白い美しい鳥が彼のもとに舞い降りる。
羽が空気を揺らす度、雪のように光が降る。
手を伸ばし、鳥と話す彼の虹色に光る銀の髪が揺れて、まるで女神が鳥と戯れているような景色に見えた。
彼は確かに一人の人間の命を救ってくれた。
私では救えなかった命を繋ぎ止めた。
導き手。
あれほど邪険にしていた彼に、魔導師としての姿を見た気がした。
それなのに。
「……っ やだぁ……助けて……っ」
私の目の前で、ポロポロと涙を零す少女がいた。
細身の身体には似つかわしいないふくよかな胸元。
流線を描くなだらかな臀部。
怯えながら、震える身体で私に訴える。
「怖い……怒らないで……デュトワ少佐……!」
どうして男だなんて思っていたのだろう。
魔法灯に揺れて光る美しい虹色を帯びた長い銀の髪。
涙を孕む大きなブルーの瞳。
薔薇色の頬と、果実のような赤い濡れた唇。
何度も見たはずの細腕は明らかに女の腕。
頭上で絡め取り、無理矢理組み敷き、床に叩きつけ、裸体を露わにすると、彼女の口から悲鳴にも似た泣き声が聞こえた。
「怖い……っ やだぁ……!!」
騎士として、男として、私は彼女にあるまじきことをしてしまった。
衝撃的な事件に、私の騎士としてのプライドは砕けた。
謝罪のため誓いを捧げようとすると、全力で拒否され代わりに要求されたのは思いがけないものだった。
「誓いよりお風呂、か。用意はしますけど……」
これから彼女は風呂の為毎日私の部屋を訪れる。
あの美しい裸体が、私の浴槽に沈むのだろうか。
もしかしたら彼女の長いあの髪や白い肌を今一度触れる機会があるかもしれない。
いや、気になっている訳ではない。
期待している訳でない。
散々虐めてきた相手だぞ?
そんなふしだらなこと考えるなど、恥を知るべきだ。
あんなことがあって、今まで以上に嫌われる可能性だってある。
「……湯上がりに二人きり……」
可愛かった。
いい匂いがして
小さくて
柔らかかった。
魔法陣が右目に入っていると言っていたが、そんなことより長い睫毛やキラキラ光る大きな瞳があまりにも印象的で、今もあの裸体とともにはっきりと脳裏に刻まれている。
どうしようか。
これは、何だかソワソワする。
よし。
罪は罪として、取り敢えず彼女の為に風呂を用意しよう。
それが彼女の望みだから。
優しくしなくては。
彼女はか弱い女性なのだから。
女に飢えている団員から私が守らなくては。
何があってもいいように、部屋の掃除も完璧にしておこう。
清潔感のない男はいけないと言われているからな。
嫌がられたら?
いや。これはただの贖罪だ。
だから真剣に取り組まなくてはいけない。
私は彼女の為に全力で風呂を用意すると約束したのだから。