14.誓いとお風呂
「君の言い分は分かりました」
デュトワ少佐はラベンダー色の長い髪をかき上げて、困ったように首を捻り、ズレた縁無し眼鏡のブリッジを上げた。
「……まあ、君のお祖母様の意思を尊重したとしてもです。このまま男子寮で過ごすのはやはり危なすぎます」
「どうしてです?」
「どうしてって……君は自分の容姿を理解していてその質問しているのですか?」
「え?」
なんだろう。
少佐が何を言いたいのか分からない。
「もうすぐ夏場で、皆薄着になるのですよ?」
「ああ、そうですね」
「いつまでもローブやジャージでは誤魔化せないでしょう?」
「仮面の効果があるから大丈夫じゃないですか?」
「……天然ですか。これは厄介な……」
どうしよう。少佐とまるで話が噛み合わない。
「あの……少佐は、私の『目』を見ても何ともないですか?」
「ああ。私の目は特殊魔力が宿る金色でしょう? 視覚から入る精神系魔法は私には通用しないのですよ」
「す、凄い目をお持ちで……」
「貴女ほどではありません」
少佐は口元に手を当てじっと私の目を見てきた。
微妙に居心地が悪い。
散々いびられてきたのに、今日はおかしな程頭を下げられ、どうにも落ち着かない。
ふう、と息を吐くと彼はまた話し始めた。
「取り敢えず、一旦このまま日常を送るとして風呂はどうしますか? 今日はたまたま私だったけれど、大部屋を通る以上他の者にいつ見られてもおかしく無いんですよ?」
「でも……」
「では私の部屋に来ますか? 将校は皆個室に風呂がありますから」
「えっ」
一瞬頭が真っ白になった。
あの嫌味と皮肉の鬼、デュトワ少佐が私に自分の部屋の風呂を提供する? 冗談でしょう。
「で、でも……これ以上は少佐の迷惑になるし。またきっと怒られるし……」
「君に怒ったことなんてありませんよ。まあ、当たったことは認めますが。それでも私はいつも笑顔でいたでしょうに」
「さ、さっき怒ってたじゃないですか! それに、笑顔っていつもの冷え切った氷の笑みでしょう? いっつもネチネチネチネチ嫌味ばっかり! 私だって頑張ってたのに、何かあると『魔導師様は』『魔導師様は』って皮肉ばっかりぶつけてきてたのに……少佐が私に優しくするなんてあり得ない」
「……フリージングスマイル……」
「これでも凄く頑張っていたのに······騎士じゃないけど、皆を助けようといつも自分なりに考えてて……」
「そうですね……君が召喚術を行使してくれたから、団員は助かったのに。私は君になんの謝意も示さないまま放置して……」
彼は突然崩れ落ちて床に手と膝をついた。
眼鏡がカシャンと落ち、さすがにちょっと言い過ぎたと、彼の腕を引き上げようとして肩に触れると、少佐は何か気付いて私の腕を握った。
「手首に痣が……」
「ああ。さっき脱衣所でついたのかも……」
「……っ! わ、私は……か弱い女性になんてことを……」
か弱い? 別にか弱い訳ではない。
むしろ若干図太い方の人間だ。
「別に、痣くらい……」
「嫁入り前の女性の身体に、私は……」
「痣ぐらい別に自分でぶつけたって出来ますよ。それに少佐は何度も私のお腹に砂袋ぶつけるから、お腹の方が痣だらけですよ、ホラ」
ペラリと捲ったシャツの内側には、毎日少佐がボコボコ砂袋をぶつけたおかげで、あちこちに痣が付きまくっている。
その凄惨な状態の腹を視界に入れた瞬間、少佐は真っ青になって口をパクパクと上下させた。
暫く土下座状態でプルプルと震えていたデュトワ少佐は、ゆらりと亡霊のように身体を起こしたが、片膝はついたまま、目の前にいた私の両手を取った。
「誓います」
「はい?」
「もう二度と貴女を傷つけたりしません。決して」
「そうして頂けるのであれば……」
「貴女を守ります。私の命ある限り」
「重いんですが……」
「我、魔法騎士ミシェル・デュトワは……」
「やめてやめてやめて!! 何それ! 騎士の誓いやろうとしてません?!」
「いけませんか」
「いけないに決まっているでしょう?! 絶対破れない誓いでしょう?! それ結婚式とか戦地に行く前にやるやつでしょう?!」
「別にそれに限った訳では……」
「誓いなんていらない! そういうのは想い人にでもやって! 私はお風呂の確保が出来ればそれで構いません!」
「で、では、貴女のお風呂の確保に全力を注ぎます……」
「わあ! それ嬉しい!! 宜しくお願いします!」
「騎士の誓いより、風呂の方が嬉しいのですか……」
ずーんと落ち込む少佐をよそに、私はお風呂セットを持って寮に帰る支度を始めた。
帰り際一応シャワー室を見たら、水滴一つ落ちていない清潔な部屋に戻っていた。