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13.印象操作

「着替えてください」と言うと、少佐は直ぐに脱衣所を出た。


 部屋からは出ていってくれたが、私の涙は止まらない。

 当たり前だ。


 怖すぎたショックと、全裸をみられたショックと、少佐にこれから怒られるトリプルショックで、着替えて脱衣所を出たはいいものの、大粒の涙もヒックヒックと漏れる声も抑えることなんか出来ない。


 大部屋に行くと、近くのデスクに腰掛ける少佐が頭を抱えていた。

 肩に掛けてくれた少佐の団服を泣きながら返すと、咳払いを一つ入れてから椅子に座るよう促された。


「まず確認したいのですが。君は……ノア・ブランシュ君で間違いないのですか」

「……はい」


 涙交じりのまま返事をすると、信じられないみたいな顔で再び問いかけてきた。


「いや……あの、……つまり、私は君を男だと思っていたんですが……いや、多分ここの連中は全員君を男だと思っていると思うのですが……さっきのアレを見たところ君は女だと……」

「アレを見た……?!」

「いや、アレというのはそういうものではなくてですね! その、姿形から判断するに……」

「姿形が分かるくらい見たの……?!」

「いや違う! ボヤっとだ! 薄暗かったし、よくは見えてはいない! ぼんやりと身体が見えて……」

「身体見たって言われたぁ!! いやあああ!!」

「す、す、すまない!! 頼む、謝るから泣かないでくれ!!」


 グスグスと鼻をすすって少佐を見ると、いつもは偉そうにして冷たく笑う彼が、凄く困った顔しながらペコペコと何度も頭を下げていた。


「あの、と、と、とにかく。あらましだけでもいいから事の次第を教えて欲しい……頼みます」


 また頭を深く下げる少佐に、私は入団初日からの出来事を話した。

 デュトワ少佐は深い溜め息をついた。


「……せめて、私にだけでも相談してくれれば……」


「だって、少佐が言ったんじゃないですか……仮面以外のことでイレギュラーは認めないって……わ、私が、魔導師だからといって他の者と区別はしないって……凄く冷たく笑って言って……だから、だから私……ヒック……っ」


「すまない! 悪かった! 私が悪かった!! 頼むから泣かないでください……!」


 泣き出す私に少佐はいとも簡単に頭を下げ続けた。

 あんなに嫌味ばかり言っていたのに、あんなに冷たく笑っていたのに。

 今はどちらもでてこない。

 慌てふためくばかりだ。


「いや、本当に申し訳ない……今からでも女子寮を手配しますから……」

「でも仮面が……あれをつけてる限り、事情を知らない人には私は男として見えてしまいますから女子寮にいけないです」

「あの妙な猫の仮面ですか……あれ何のためにつけているんですか?」

「私の『目』の力を発揮させないように、お祖母様が魔法をかけているんです。何故か性別の印象すら変わるぐらいの強い魔法がかかってます。書類には確かに女性と書かれていても、この仮面の効果が強すぎて皆は私を男だと勝手に認識したんだと思います」


 私はお風呂セットに入れてあった白猫の仮面を見せた。


「私の右目には、召喚術で何者でも喚べるよう御先祖様が植え付けた魔法陣が刻まれています。家族も身体の何処かにあったけど、私だけは何故か右の瞳に持って生まれました」


「魔法陣? 初めて見る形ですね……」


「これが我が家の独自魔法なんです。お陰で私はありとあらゆるものを、手のひらになぞる魔法陣のみで召喚する事が出来ます」


「凄いですね。あんな手間の掛かる術を……」


「ただ、私の瞳に魔法陣が刻まれた事で、周囲におかしな現象が現れることがあります」


「例えば?」


「魅了状態になったり酩酊状態になったり、だいたいは異性の精神に一定時間異常をもたらします。他にもこの瞳には魔法トラップを見抜いたりする能力はあるけど、一番の問題は人に害をもたらすことなんです」


 こういった精神に影響を及ぼす魔法や体質は厄介なもので、術者が意図して発動する場合と、意図せず発動する事がある。


 私の場合は完全に後者で、だからこそ下手に瞳を出さないように気をつけなければならない。


「実家でお祖母様が造る仮面は、いつも魔法陣の効力のみを隠す機能しかついて無かったのに……王都に一人で寄越すのがよっぽど心配だったようで、印象操作や認知の歪みまで掛かるように作ったみたいです。でも、よりによって性別が分からなくなるほどの印象操作がかかるなんて」


「······印象操作ですか」


「ただ、お祖母様は何か意図があって私を男に見せたかったんだと思います。せっかく3カ月、これでやり通したのだから、この仕事が終わる3月まで男だと見せかけたままで通すつもりです」


「なるほど」


 一気に話すと少佐はまた小さく溜め息をついた。


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