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縮れ毛を眺める日

 体育が終了し、男子が教室内で着替えている。汗まみれの男子で敷き詰められた教室は、体臭もきついが、様々な汗拭きシートの匂いが乱れているのも辛い。


 数種類の芳香剤を一つの部屋に置いたら鼻をつまみたくなるのと同じだ。

 だが、五月と言う季節が季節で窓を開けているため、喚起されており窓の近くに行けばマシだ。


「本番、負けるな」


 制服のズボンに足を通しながら和が言う。


「勝っても負けてもどうでもいい。勝っても負けても、九令寺は三組から四組から消える。そうなればあのイカレと関わることは無くなる」


 嬉しそうに俺は渾身のドヤ顔を浮かべて言う。

 クラス対抗戦、勝つか負けるかなんてどうでもいい。どっちでも九令寺はいなくなる。


 心臓潰す潰す女を加えてまで、スクールカーストを高めたいらしい。俺にはそれがそんなに大事だとは思えないが、九令寺がいなくなるなら何でもいい。


「そうか、じゃあ屑に悲しいお知らせだ」

「何だ……ァアッ‼‼」


 ブチブチ!

 激痛が走る‼

 突然和は俺のパンツの中に手を突っ込み、無理やりに縮れ毛を抜きやがった。


「何すんだ、お前!」

「悪い、良いこと教えてやるから許してくれ。四組は九令寺を奪わない」


 俺のほうを見ず、和は引き抜いた俺の縮れ毛の本数を数えている。

 気持ち悪い、縮れ毛抜かれて腹立つ。なのに、九令寺が奪われないってことの方が気になる。


「ぇ、は?何でだ、あいつ外見は美人だろ⁉」

「理由を教えても良いが、教えたらさっきの許せよ」

「分かった、許す」

「よし、教えてやる。さっき俺が大便室に籠ってたら四組の奴らが話してたんだよ『九令寺って、顔は良いけど中身が終わってる。あんな引き入れてもスールカーストは上に行けないから他の奴にしよう』ってな」


 俺の縮れ毛を数え終えた和は、制服のシャツに袖を通しつつ言う。その言葉は俺の予定を全て狂わせるものだった。

 予定外、勝たなくても良いから安心していた俺。負けイベだと思っていたものが、実は負けイベでは無かった。


 全員野球部、もっと言えばピッチャーは化け物のあのチームに勝たないと、九令寺を捨てられないのか、クソ!


「勝つ方法、一生懸命考えとけよ。じゃないと心臓潰されるぞ」

「他人事だから呑気に言ってんじゃねぇよ……お前も考えろ」


 着替え終えた俺はすぐさま席に着き、顎杖をついて考え込む。和は人の気も知らないで、幼馴染の俺の命に興味が無いのか、着替え終えたら教室の外へと消えて行った。


 あの野郎……幼馴染の命に関する問題を野放しにする気か。って今はそれどころじゃない。考えろ、考えるんだ、あの十万賄賂を使ってj作った元野球部軍団に勝つ方法を。


 まず、俺達は守れない。現に俺達が守りの時は完全にバッティングセンター状態だった。打たれに打たれ、俺達は一つもアウトが取れなかった。


 そして攻めもできない、この前九令寺の狂言に意識を割かれていて気付かなかったが、あの時は三者凡退ということだったらしい。


 誰一人として打てなかった。まあ、瀬野とかいうピッチャーの異能が『肩を強化する特性』だからしょうがない気もするが。


 打てない、守れないでどうやったらいいんだ……。というか相手チームに女子を見たことないんだが、その辺はどうなってんだ……?


「どうしたら……」

「あ、あの、東条君っ!」

「え、九令寺⁉今男子が着替えてるんだけど……」


 突然背後から話しかけてきたのは、三組から消し去りたいランキング一位心臓潰す系女子九令寺だ。

 どうやら九令寺には心臓に関すること以外にも非常識なところがあるようだ。

 マジでなにやってんの?


「ぇ?え?ぇ?き、きが、きがきが着替えおわ、おお終わったって聞いたかから、きょ、教室に入ったのですけど……」


 すぐさま九令寺は両手で目を覆う。普段の恥ずかしがっているときより頬が赤い。というか、普段より一層口が回っていないのか、コミュ障と言うことを加味しても俺は腹が立った。


 わざとじゃないんだろうけど、ちょっと面倒だな。

 腹立たしい気持ちを感じながら周りを見渡すと、本当に男子は皆着替え終えていた。


「確かに着替え終えてるな、悪かったな俺の不注意で動揺させて。だからちゃんと動揺を治す方法を教える。深呼吸しろ」


 どちらかと言えば俺が悪かったとはいえ、これ以上あの喋り方をされても困るので落ち着かせる。

 九令寺は俺の言葉通り深呼吸をした。


「あ、あの東条君、これ!」

 毛で出来た輪を突き出してくる。


「え、キ……綺麗だな」


 条件反射的に口からこぼれそうになった言葉を抑え込み、思ってもいないことを言う。

 危な、『キモ』って言いそうになった。『キモ』とか言って喧嘩悪寒を抱かせたら心臓を潰す条件を満たしてしまうことになるかもしれないから気を付けよ。


 というか何これ?毛で出来た輪っか?髪の……いや、違うな。なんか……縮れてんだけど……。まさか、さっき和に盗られた俺の⁉


「ほう、先ほど器を守る結界で作ってい腕輪は、兄貴に渡すものだったのか。驚きだな」


 俺の背後から茜が話しかけて来る。正直、茜が俺の横を通り過ぎていくのは見えていた。


 何故わざわざ俺の背後に回ってから話しかけて来るんだ?その面倒な行動のせいで九令寺と茜、喋る方を一々向かないといけない。九令寺と今の茜に挟まれるだけでも嫌なのに、ちょっと面倒なことまでしないといけないのかよ……。


「器を守る結界?」

「そんなことも知らないのか?これだから現界の者は……やらやれ、ハァー」

 そこまで呆れるほどか?


「まず器と言うのは性器のことだ。そして守る結界それは陰毛のことだ」

「下らない言い回しすんなよ。まあ分かった、九令寺さんありがとね」


 受け取らないと面倒くさそうなので受け取る。自身の陰毛で出来た腕輪を受け取る。そして、クラスの男子の陰毛で腕輪を作った異常者、九令寺は目を輝かせてこちらを見ている。


 え、これつけて欲しいってこと⁉『嫌だ‼』って言うのは無理だな、心臓潰される。マジ何でこんなイカレ女が心臓潰すとかいう辺り能力持ってんだ……。

 渋々陰毛腕輪を右腕にはめる。


「ありがとな、九令寺さん……」

「わ、私が東条君の心臓潰すときもそれ付けててェ!」

 そう言い残して、九令寺は走り去って行く。そしてすぐ俺は陰毛腕輪を外そうと手を掛けた。


 そのとき――


「外すのか、兄貴?」


 茜が当たり前のことを、決まりきった当然のことを尋ねてくる。意味がありそうに、右の端の口角だけを上げて。


「当たり前だろ、自分のとは言えあんまり付け続けたくは無いからな」

「そこにナインファイアラストナンバーナインの九令寺狂華の器を結界があったとしても?」

「は⁉」


 どういうことだ⁉この陰毛腕輪の中に九令寺の陰毛もあるのか⁉

 ………………欲しい。ちょっと欲しいかも。確かに九令寺はイカレ女だ。心臓潰すとか興奮しながら言うし、でも顔は良いんだよな。


 この先俺が美人の陰毛を手に入れられる機会があるだろうか?いや、無い‼

 正確に言えばあるにはある。大学生や社会人となれば、エッチなことすることもあるだろう。そのときに手に入れようと思えば手に入れられる。


 だがしかし、そこで陰毛を入手したことがバレたら、同意の上での行為でも訴えられる。

 だから今しかない‼絶対に手に入れてやる‼


「腕輪は外す、でもまあ、貰い物だ。大事にする」

「フッ、私の兄貴はクラスの女の子の陰毛で興奮しているド変態らしい」

「な⁉ま、待て……」

「安心しろ、口外はしないつもりだ。それとこれを……」


 茜は俺の肩を叩き、肯定した。多分今の俺は世界でも指折りな変態な兄だと思う。そんな俺を茜は肯定してくれた。

 そして一本の縮れ毛を俺の机の上に置いた。


「誰のだ、これ?」

「これは九令寺狂華のものだ。見分けるために、オリジナルは必要だろう?」

「茜……ありがとう!俺、頑張るから!」


 去り行く茜の背に、感謝を告げて頭を下げる。茜は何も言わず、手をひらつかせて立ち去った。

 そこから俺は授業中も、昼食のときもずっと一本の陰毛と、陰毛腕輪を見比べる。どこにも違いが見えない。だが、俺は諦めなかった。


 学校が終わり、日が暮れて、帰宅してからも見比べ続けた。


 帰宅後、一人ベッドの上で陰毛を眺める。


「ここか?ここの縮れ方が違うのか?いや、それとも毛根の大きさが違う!やった、ついに見つけた‼いや、待て逸るな!もしか間違えたら東条家の家宝が俺の陰毛になってしまう……」


 陰毛腕輪を崩し、一本の陰毛を持って、茜から譲り受けた九令寺の物と見比べる。その中でついには怪しいもの見つけた。しかしそれが本物とは限らない。

 そこで俺は茜に頼ることにした。


「茜教えてくれ」


 茜は俺の妹、寮の部屋も俺と相部屋にされているのだ。今更だが、俺の高校は基本は全寮制だ。部屋の中は二つのシングルベッドと一つの大きな机、それとキッチンが初期状態で備え付けられている。


 俺はそこにテレビだけを加え、他は特に加えていない。


「今はテレビを見ている、手早く頼む」

「どれが九令寺の縮れ毛なのか教えてくれ」

「フッ」


 不思議なことに、俺の言葉を皮切りに赤い風船の様に茜の頬が浮くらんだ。そして風船は破裂する。


「アハハハハハハハ‼」


 両手で腹を抱えて、バカみたいにゲラゲラと笑いだす、足をジタバタさせて。

 どういうことだ……?

 ぬめり気のある嫌な予感が脳内を横切る。


「アハハ!その中に、アハ!九令寺さんの陰毛は無いよ!アハハハハ‼全部お兄ちゃんのだよ、和さんがお兄ちゃんから奪ったのをそのまま和さんがこねって束ねて結んだだけ!それを九令寺さんに透明なゴム手袋付けてもらって渡してもらったの!あ、私もゴム手袋付けてたから安心して!私が渡したのもお兄ちゃんの陰毛ね!アハハハハハ‼」

「ぇ……」

 体育以降の今日一日、俺はずっと俺の陰毛を眺めていたのか……。

 九令寺、俺の心臓を潰してくれ!


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