妹
翌日の学校
「今日は転校生がいます」
花魁先生は朝のホームルームでそう一言告げ、教室の扉を開けた。すると一人の女が入って来る。
その女は良く知っている女だったが、当面顔合わせすることは無いだろうと思っていた女だった。
黒髪、黒目、身長は百六十センチほどで目がつり上がっている。
「おい屑、あれって……」
「俺も今知ったばかりでよくわからんから何も聞くな」
女の顔を見てすぐに、俺に尋ねて来た和を黙らせる。
和はそれでもあいつのことが気になるようで大変そうだ。
「初めまして……などという凡夫の如くつまらない発言はしない。私はヘル・ダークのフィフファイアファースト、紅蓮だ!」
フィフスとファーストどっちだよ
「国際学部の東条茜さんです」
七面倒な妹の自己紹介を全て投げ捨て、花魁先生が自己紹介してくれた。初めから花魁先生が自己紹介してくれていたのなら、俺の脳細胞は一つも死ぬことは無かっただろう。
「悪いね、今は空いている席が無い、廊下に立っててくれ」
もっと謝れ
「何を言う?ここには私と血を分けた同胞がいるのだ。叡智の書だとこの場合はその膝の上じゃないのか?」
何が言いたいんだ
「ダメだ。男子の膝の上に女子を座らせるなんて、お前らが授業中に〇ックスしない保証がどこにある。叡智の書を読んだことがあるならそういう展開ぐらいすぐ予想できるだろ?」
お前が呼んだのはHの書だな
「その通りだな」
お前もか
おいおい、嘘だろ……妹が担任とエロ本のことで話してる姿何て見たくないぞ。というか、あいつには絶対に早いだろ。
「仕方ない、私は後ろのロッカーの上にでもいることにしよう」
茜は教卓から教室の一番後ろまで歩き、ロッカーの上に座る。誰しもがその動き立ち振る舞いに目を奪われていた。いきなり現れた国際学部の俺の妹は、皆から注目されて実に嬉しそうに拳を握り締めているのが手の甲に浮かぶ血管からわかる。
何であいつがいるんだよ……。
疑問が絶えないままでホームルームが終わり、花魁先生は教室を後にする。誰もが茜のことが気になって仕方がないようだが、あまりに変人だったので声を掛けられないでいるようだ。
そんな状態でみんなの視線が茜に集まっている以上、俺も茜には声を掛けられないでいる。
「屑、聞かなくていいのか?」
「聞きたい、何であいつがここにいるのか聞きたい。けどあいつがバカしたから注目を集めてやがるんだよ」
俺と和は、茜を見ながらヒソヒソ話をする。どうやらその様子に気が付いたらしい茜はこちらに近寄って来る。
「私の顔がおかしいか?同胞よ」
「あ、茜、海外留学はどうした?」
薄ら笑いを浮かべて尋ねて来る茜。ノリノリで楽しそうだが、そんなことお構いなしに俺が聞きたいことを聞く。
そう、茜は二年前に海外留学に出た。そしてそれは大学卒業するまでのはず、なのに茜は今ここ日本にいる。
何故だ?
「フッ、オーバーシーミッション(海外任務)のことか、それなら現在進行中だ。安心しろ同胞、ヘル・ダークのフィフスファイアファーストの名に懸けてもいい」
良くわからない自分自身の世界の中に入り込んでいる様子の茜は、嬉々としてポーズを取り語る。
意味不明な言葉を、俺は眉間に皴を寄せて聞く。
何言ってんだこいつ?というか俺と同じ苗字のこいつに暴れ回られては困る……。
「一旦そのおかしな喋り方やめろよ」
「『おかしな喋り方』?まあ無理もない、我が血を分けし同胞とは言え、ルシファーの加護を持たずして生まれた凡人、天界の喋り方は合わないか」
「悪口言ってない?」
「落ち着けって、妹相手にマジになったら恥ずかしいぞ」
「マジになってねえよ!」
和に茶々入れられて、マジになってしまった。
それにしてもおかしな喋り方をするようになったな茜。昔はもっと普通で多少は品のある喋り方で話すのは苦じゃなかった。
それが今じゃ、会話するだけで脳細胞が死んでいく感覚がする。
「よし、分かった。俺は今から大人気ないことをするが、正気に戻ったらすぐに言え、やめてやるから」
「大人気ないこと?案ずるな、この体に住み着いてからは十何年しか生きていないが、我がソウルは五千年以上生きているのだっ!」
意気揚々と恥ずかしいことを、恥ずかしげも無く茜は言う。
「さっき言ってたルシファーの加護って何だ?」
「堕天使ルシファーより与えられた加護のことだ」
「そうか、見せてくれ」
「え、な………」
廚二病妹は虚を突かれ黙りこくってしまう。赤面し、その場から逃げようと俺に背を向ける。
がしかし、俺が見す見す見逃がす訳も無く、茜の腕を掴み逃がさない。
「どうした?もし、謝ってまともに話すなら加護は見せてもらわなくても結構だぞ」
「……良いだろう、ルシファーの加護を見せてやる」
「な⁉」
勝利を確信したばかりだというのに、即座に確信を打ち砕かれる。
何する気なんだ、このバカは⁉
「私は海外留学して海外に行き、海外の大学から日本への留学をしてる。これで分かった、兄貴?」
「いや、分かったけど……」
海外留学して、更に海外から日本に留学するとかどうなってんだよ……。
急に改まって分かりやすく説明してくれた茜。しかし、すました顔で言うにはあまりに滅茶苦茶な内容で理解はしても、納得が出来ない。
第一、留学生が留学するって出来るのか?
「どうだ、我がルシファーの加護は?天界の喋り方はあまり現界の人間には伝わりにくいだろう?それを分かりやすくしたのがルシファーの加護だ」
ルシファーの加護、翻訳機レベルじゃん
この程度でさっき俺ちょっとバカにされてたのか……まあ別に良いが。
「あ、あの東条君っ!」
話しかけてきたのは九令寺。心臓潰したい系女子だ。元々コミュ障そうな九令寺が、今日は一段とコミュ障が深まっている。
恐らく茜がいるからだろう。
「と、ととっ東条君と東条さんは苗字が同じだよね?」
「うん、まあきょ……」
「じゃあやっぱり結婚してるの⁉」
な訳ねぇだろタコ
『結婚』というワードに恥ずかしがる女子高校生の姿がそこにはあった。茜のこともあって、皆が俺達に意識を向けていたのでその痴態はクラス中に知られることになった。
九令寺はどうなってんだ?結婚ごときで恥ずかしがるなんて、箱入り娘なのか?
「してな……」
「こいつと私が血と血を結ぶ儀式を上げている訳が無いだろう?こいつと私は血と血を分け合った仲だ」
何言ってんだ
「結婚はしておらず、兄弟と言うことですね」
何で分かんだよ
こいつらもしかしてイカレ者同士波長が合うのか?
茜の狂言を一発で理解する九令寺、二人の会話が意味わからず頭が痛くなる。
そして額を抑えて考え込む。
和も俺と一緒に聞いてはいるが、死んだ目をしていることから右から左に聞き逃しているようだ。
「よ、良かった……もし結婚してたら東条さんの心臓潰して、私の心臓移植しないといけなかった。そうしてから東条さんの体で東条君の心臓を潰して、私の心臓を移植しないといけないところだった。私の心臓を入れた後に、他の女にうつつを抜かされたくないから……」
――
高校のグラウンド、青空の下に吹く春の風が俺達の間を通り抜ける。
体育と言うことで、俺達は並んでいる。男女を分けて規則正しく、背の順で。
並んだ俺達の前には相田が立っている。不思議なことに相田の目の下にも、花魁先生と同じ隈が浮かんでいる。
「今日も野球だ、勝手にやれ。私は寝る、何かあったら保健室まで来い」
そう言って授業開始と同時に、相田は軽い足取りで校舎の中へと去って行く。
あいつ社会人としての自覚持てよ……。
という訳で生徒だけで取り仕切り試合の用意をする。ベースは地面に穴をあけてハメるということを、俺はこの日初めて知った。
全員で用意し、五分もかからず用意が出来た。
ジャンケンの結果、今日は俺達が先攻ということになった。
「誰が原初のロッド使いとなる?」
茜の第一声で俺達はざわめき出す。『ロッド使い』普段なら絶対に理解できないが、状況が状況なので理解できる。バッターのことだろう。
俺達は野球初心者ばかりだが、皆なんとなくで知っている。一番バッターと四番バッターは重要と言うことが。それ故に――
「おい、お前行けよ」
「は、俺⁉いやお前こそ行けよ」
と、皆拒否している。勝ち目のない試合には挑みたくないということだ。
「おい!早く来いよ‼元山中野球部ピッチャー瀬野が相手になってやるぜ!俺の異能は特性型、肩力強化だ!」
ショッボ
「……おいまじでどうする⁉」
「俺無理、俺無理」
「じゃあ、どーすんだよ⁉」
「何で俺がやる前提で話進んでんだよ!」
俺達のクラスの協調性は終了した。誰しもが、自分以外の誰かに重荷を背負わせようと必死こいて怒鳴り合っている。
四組の野球部軍団は、その様子を見て腹を立てているのか舌打ちを打ち続けている。
「誰も来ないんだったら九令寺さん来てよ!」
「ふぇ、わ、わわた、私ですか⁉」
「うん、早く来て!」
九令寺はピッチャー瀬野からの指名に、自身を指差し驚く。瀬野は甘ぬるい声を出す訳でもなく、猫なで声を出す訳では無い。
ただ淡白に素っ気ない冷たい声で呼んだ。
やはり、四組の目的はスクールカーストの上位に上ることなのだろう。美人と同じクラスになるとういうのはあくまでその通過点という訳だ。
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