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残忍美人

 高校のグラウンド、雲一つない青空がどこまでも続いている。お日様のいい香りが鼻腔を駆け抜け、花粉を乗せた春の風まで侵入してくる。

 一キロ平方メートルの広々としたグラウンドに、二クラス分の合計八十人の生徒が規則的に横八×縦十で並んでいる。


「ぁ、あの、東条君、そろそろ心臓を、潰しても良い、のか教えてもらえませんか?」


 イカレ女の九令寺が声を掛けてきやがった。制服の時から薄々感じていたが、体操服となって確信へと変わった。九令寺は貧乳だ。


 いい加減教えて欲しいって、俺ちゃんとダメって言った気がする。というか言ったはずだ。

 こいつは都合の悪い言葉は聞こえないようにできてんのか。


「ダメだ、潰されたくないし、お前の心臓なんかいらない」

「そ、そうですか……でも頑張ります」

 何を⁉


 何を頑張るんだ⁉拒否されたら諦めろよ、何で『頑張ります』なんだよ!

 俺にきっぱりと断られ、九令寺は俯いた。かと思うとすぐに面を上げ、こぶしを握り締めて元気を取り戻した。


 そんなイカレ九令寺の行動と言動に、疑問が溢れ、疑問が尽きない。


「何があっ……」

「残忍美人さん、俺の屑が困ってるからやめろよ」

 ナイス和!


 教室で俺が困っているときは助けようともせず、腹を抱えて大爆笑していたあの和が、今度は俺を助けてくれようとしている。

 良かった、流石は幼馴染……。


 そう俺が感慨深い思いに浸っていると、九令寺のガンギマった瞳が見える。その瞬間、俺は心臓に冷や水をかけられたように血の気が引く。


「誰からそのあだ名聞いたんですか?」


 コミュ障感溢れる九令寺が聞き取りやすく問う。


「え?あー……っと」

「隠すつもりですか?良いんですよ、別にあなたの二十の爪を剥ぎ取って喉穴に流し込むだけですから」

「違う、隠すつもりは無いって!名前が思い出せないだけだから!ちょっと待って!」


 一歩一歩、和に近寄る九令寺。一歩一歩後ずさりして九令寺から適切な距離を保つ和。

 九令寺は顔色一つ変えず、綺麗な顔、整った美形な顔で歩み続ける。がしかし、和は完全に九令寺の圧に押され、瞳が揺れている、揺れ過ぎている。


 和は隠すつもりは無い。これは幼馴染の俺が保障する。あいつは自分のためなら絶対に仲間を売る。それは自身に被害があろうとなかろうと、そんな和が爪二十枚剥がす何ておどされているのだ、名前を言わない訳がない。


 それでもあいつが名前を言わないのは言えないからだ。俺達はあいつの名前を覚えてない、普通も普通のあいつの名前を聞いた気はするが、覚えていないのだ。


「どうしたんですか?二度と爪を切れない体になっても良いんですか?」

「ダメだわ!でもあいつの名前覚えてないんだよ!……うわっ!」


 九令寺の方ばかりを見て、後ずさりをしていた和は、俺の足に気が付かず転げてしまう。

 九令寺の興味を俺から和に移そう、そうだ、それがいい。


「ご冗談を、そんな訳が無いのは分かってるんです」


 転げて、膝をついている和の前に立ちはだかる九令寺。上から目線で見下したかと思うと、膝を抱え込み和と同じ目線になる。そして和の髪を掴み上げ、和の瞳を覗き込み尋ねる。


 マジか、ここまでするのか。残忍美人のあだ名そんなに知られたくなかったのか……。


「っ‼……ノ、ノーマルだ。ノーマル、普通オブ普通の凡夫だ」

 口悪っ!


 そこまで言わなくても良いだろ。可哀そうにノーマル君。

 怯えて引きつった表情の和は、名前の代わりに特徴を言うことにして逃れようとした。しかし、その言葉はどれも悪口、グラウンドのどこかにいるノーマル君のことが気の毒になりそうになる。


 和の言葉を聞いて、九令寺は黙り込む。そして心当たりを見つけたのか一瞬目が大きくなり、和から手を離す。


「彼ですね、名前を言えないのも無理ないです。あんな中途半端な顔で満員電車の中を覗き込めば全員あのゲボカスみたいな顔に見えますもんね」

 あのゲボカス滅茶苦茶言われてんじゃん


「そうですよね、俺悪くないですよね⁉」

「ええ」


 あ、和助かった。というか和に対する興味をなくしている気がする。これじゃあ、また心臓潰しても良いですか系女子に戻ってしまう。


「東条君は私のあだ名知ってました?」


 振り向きざまに九令寺が質問してくる。そしてこちらへと近づいて来る。

 これは……⁉ここで知っていた、更に九令寺にお似合いのあだ名だな、と言えば九令寺は怒るだろう。


 しかし、心臓潰すとかいう意味不明発言されるよりはマシだ。

 だが、この作戦には問題がある。和と九令寺のせいでこちらに注目している生徒が複数いる。そんな中、心無い言葉を言えば悪目立ちしてしまう。


 クソ、どっちを選べば……?


「どっちなんですか?知ってたんですか、知らなかったんですか?」


 九令寺の顔がこちらにグイッ、と近寄って来る。これで分かった、俺のパーソナルスペースは九令寺に対しては一メートルだ。和には感じたことは無いが。


「東条君、早く答えてください」

「知ってた、随分と九令寺にピッタリなあだ名だな!」


 言ってやった、言ってやったぞ。今は一度周りからの評価を地の底に叩き落とそう。そして残りの三年間で回復する。

 九令寺とか関わらなければそのくらい余裕だ。


「そんな……」


 震える唇から九令寺の声が漏れる。漏れ出た九令寺の声はこの場で即座に消える。

 一瞬、ほんの一瞬だが、心が痛んだ気がする。


「び、びび美人がお似合いだなんて、東条君は私のことそんな風に見てたんですね」

 思ってるけど!残忍は⁉


 頬を赤く染め、九令寺は自分自身を抱きしめてよがっている。

 こいつの耳都合よく出来過ぎだ。そんなつもりで言った訳じゃないのに。


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