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あなたの心臓潰して良いですか?

本日18時頃に2話目投稿します

「あ、あなたの心臓を潰して、わたっ私の心臓を移植させてください。そして私の心臓で東条君のむ、むむむ胸を高鳴らせたいんです」

 こんなイカれたセリフを、女は頬を赤らめて、今にもとろけそうな口元を手で抑えながら言った。そのときのこいつの瞳は物事を実直に見れていない様子で、引きつっている俺の表情には気付いていないようだ。


 ――


 高校生活が始まって一か月が経過した五月のこと。

 五月病と言う重病が世の中にはあり、俺もその病を患っている。しかも俺のこの病気は治る気配が一向に見えない。


 俺はその日も、学校を休もうかと悩んだ末に高校に向かった。

 五月も半ば、四月の肌寒さは消え、陽の光が温かい。


 お昼時、クラスの奴らも各々で昼食を食べている。とはいえ、入学式から一か月程度しか経過してないため、教室内は静かだ。

 まあ、そんな中でも元気に喋る陽キャと言うのは存在し、非常に楽しそうだ。でもまあ、俺のような日陰者には無縁の存在だが。


「八切、からのAのペア、2のスリーカード!また俺の勝ちだな!いい加減強くなれよ、屑」


 目の前にいる茶髪の男が楽しそうに次から次へとトランプを机の上に置く。満面の笑みを浮かべ、トランプが無くなり、手持無沙汰となった両手をひらつかせ、見せつけてくる。

 また負けた。大富豪とかいうゴミゲーは完全な運ゲー。実力もくそも無いこんなゲームで喜ぶなんて、こいつは何楽しいんだろうか……。


 俺は悔しさの余り、歯を食いしばる。


「うるせーよ。こんなゴミゲーで喜ぶ和みたいに頭終わってねぇんだよ」

 大富豪で勝って喜んでるこいつは、西宮和。茶髪で、チャラそうにいつもヘラヘラと笑っていて、いかにも口が軽そうだ。

 そして俺は東条屑。キリっと釣り上がった目じりに、シュッとしてフェイスラインを持つ黒髪の高校生。


 こいつとは幼稚園の頃からの腐れ縁だ。腐れ縁でも無ければ、幼稚園の頃は女の先生の胸を触り、小学校の時は女子のスカートをめくり、中学校の時は催眠の勉強していたような、年中発情期のこいつと今なお関わっている訳が無い。


 年中発情期でも、俺の一番の友達だ。


「いい加減、大富豪飽きたな」

 何やら長い溜息を吐いたかと思えば、楽しそうに騒いでいる廊下のよう蹴屋を眺めて言う和。

「そうだな」

「というか、トランプに飽きたな」

「そうだな」

「なあ屑、俺達高校に入ってから一か月が経過したのに友達一人も作れてねぇよな」

「そうだな」

「お前、最後に俺以外の同学年と話したのいつだ?」

「……朝」

「は⁉」


 今朝のことを思い出して、言うか言わないか少し悩む。悩んだ末に、マウントを取りたいので俺は言うことにした。

 軽い気持ちで言っただけなのに、和は物凄く驚いている。思わず椅子から立ち上がってしまうほどに。


 そんな和の驚きようを見ていると、言って良かった、ざまあみろコミュ障、大富豪の恨みだ、と心がスッと軽くなった。


「ハッ!どうせあれだろ?話したつっても、時間割教えて、課題何かあった?とかのレベルだろ?そうだろ⁉なあ、そうだと言ってくれ!」

「まるっきりお前の願望じゃねぇか……だが残念、それより上だ。落とし物を拾ってあげた、さらに感謝までされた。詳しく聞かせてやる」


 ――


 話は今朝のこと、俺が歩いていると目の前の一人の女子がハンカチを落とした。


 その女子は黒髪ボブ、身長は割と高めで、顔が目元から鼻筋までどこをとっても整っている。そんな絵にかいたような美人であった。

 しかし、外見完璧の女子はハンカチを落としたことにも気が付かず、そのまま歩み止めずまっすぐ進んでいる。


 仕方なく、俺はハンカチを手に取り、女子に返そうとした。しかし、そのとき丁度男子トイレの前を通りすがることになった俺は、苦悩する。悩みに悩み、結局俺は男子トイレの中に入る。

 そこからは迷わず、個室の中に入りハンカチを鼻に押し当てる。


 ハンカチからは年頃の女特有の甘い香りがして、俺は心地よい多幸感に包まれる感覚がした。

 その後、走ってトイレを後にし、ハンカチを持ち主の元に返した。

 その時、女子はハンカチを匂った後に何かを言いそうになっていたので、俺は急いでその場から走った。


 別に逃げた訳では無い、ただ走っただけだ。


 ――


「という訳だ」

「え、キモ。女子のハンカチ匂うとかキモ、早く捕まれよ」


 和は俺に軽蔑の眼差しを向けて来る。発情期野郎の和が、頭よりち〇こでものごと考えているあの和が。

 納得いかねぇ、ハンカチを堪能しただけなのに、女子のスカートめくってたようなやつに軽蔑されるのは納得いかねぇ。


 しかし、返す言葉が見つからない。俺も正直キモイと思う。何であんなことしたのか?と問われれば気の迷いとしか答えられない。


「で、その子誰なんだ?」

「分からん、訴えられたら嫌だし、探す気にもならん」

「あ……あの!」


 突然背後から話しかけて来た女。声の方を向くと、今朝の女が、恥ずかしそうにもじもじしながら立っている。

 終わった、バレた、見つかっちまった。もう関わらないようにしようと思ってたのに……クソが!


 運の無さに絶望し、俺は言葉を失う。そんな俺の危機的状況を見て、幼稚園からの腐れ縁、唯一無二の大親友である和は腹を抱えてゲラゲラと笑っている、

 大爆笑の余り、目じりから涙が燃えそうになっているのが見えて、俺の絶望は怒りに変わった。


「あなたの、し、心臓潰して良いですか?」


 どうやら女はブチ切れているらしい。女は言葉とは似ても似つかないような、笑みを浮かべている。

 顔では笑っていても、心は笑っていないとはこのことなのだろう。


 やばい……直接的な表現を避けているから頭に血は上り切っては無いんだろうけど、ガチギレだ。ソワソワしてるのはきっと理性と殺戮本能が脳内でぶつかり合っているのだろう。


 どうせ殺されんならハンカチで一発やっときゃ良かった……。


「あ、あの、東条君の心臓潰しても良いんですか?ダメなんですか?」

「申し訳ありませんでしたァ!」


 華麗なまでに、教科書に乗せるべきお手本の様に、俺は額を床に擦りつけ土下座した。

 恥やプライドなんかは無く、学生の身でありながら、ブラック企業で働く人間よりも華麗な土下座を披露した俺の姿がそこにはあった。


 ここは謝るしかない、下手に言い訳をするより、一発謝って怒りを鎮める。そして言い訳をする。それが一番物事を穏便に済ませられる。

 女は俺の華麗な土下座を目の当たりにして、首を傾げて困惑している。予想していた反応とは違うが、怒り以外の感情が湧いて来たなら作戦通りだ。


「ぇ、え?顔を、顔を上げてください」

「分かりました」


 ゆっくりと俺は面を上げる。

 計画通り‼間違いなく、『次は無いから』の一言で終わる。


「え、あの、どういうことですか?私はただ東条君の心臓を潰したいだけなのですけど……」

「逆にどういうこと⁉」


 女が不思議そうに肩眉を上げて同じ言葉を繰り返す。実に狂気的だ、静まったと思っていた怒りは、微塵も静まってなどいなかった。

 つい感情的になって俺は声を大きくしてしまった。本来、声を荒げて言い立場ではないことは分かっている。しかし、勝利を確信し、緊張が薄れていたこともあり、ミスをしてしまった。

 これはまずい、折角いい流れだったのに……。


「だから――」


 女は突如として、俺の背後を取った。そして右手で俺の頬を撫で、俺の胸を左手で鷲掴みする。

 なっ⁉


「――あなたの心臓を潰してたいだけなんです……ぐ、ぐちゃぁ、と」


 耳元がとろけるような声、女の吐息が耳にかかる。ついつい俺の顔は熱くなってしまう。

 何言ってんだこの女⁉何やってんだこの女⁉取り合えずここから逃げないと……。


「あ、あー目に虫が入ったー。すいません、目を洗いたいのでトイレ行ってきますねー」


 猿芝居も猿芝居。幼稚園児の演劇のごとく棒読み。聞くに堪えない物だっただろう。普段の俺ならもっと上手く言える。しかし、今はこのイカレ女のせいで頭がパニクッっている。

 そうして俺が立ち上がろうとしたそのとき――


「だったら私が綺麗にしましょうか?得意なんです、が、眼球舐め」

「え⁉」


 女の舌が近づいて来る。咄嗟のことに、俺は再び声を荒げてしまった。

 何だよ、眼球舐め得意って⁉意味わかんねぇよ!つーかそんな奴いねぇだろ!『あなたの特技を教えてください』『はい私の特技は眼球舐めです』みたいに答える奴いねぇだろ‼


 イカレてやがる、この女、イカレてやがる‼


「ちょっ、やめてください!」

「キャッ!」


 俺は勢い任せに女を振り払う。女の体は軽く、抵抗力も弱いもので、振り払うだけのつもりが尻もちまでつかせてしまった。

 流石の俺も、このことには心のどこかで罪悪感を覚えようと思った。


「あっ、すいません」

「いえ、大丈夫です」


 女はそう答えると立ち上がる。特段怪我してなさそうで良かった。


「あの、本当にあなたは何がしたいんですか?意味が分からないんですけど」


 思いの丈をぶつける、思ったことをそのまま実直に伝える。何となく、俺は加害者であることを忘れて、女に対して敵意をむき出しにして。


 マジで何なんだ、この女。意味が分からねぇ、怒ってるなら暴力なり、通報するなり、先生にチクるなりすればいいのに、それをせず。

 謝って欲しいのだとしたら俺は既に謝った、この女の目的は何なんだ⁉


「あ、あなたの心臓を潰して、わたっ私の心臓を移植させてください。そして私の心臓で東条君のむ、むむむ胸を高鳴らせたいんです」


 こんな狂気的なイカれたセリフを、女は頬を赤らめて、今にもとろけそうな口元を手で抑えながら言った。そのときのこいつの瞳は物事を実直に見れていない様子で、引きつっている俺の表情には気付いていないようだった。


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