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イヴリンはいつまでも

 寒い地下の独房の中に入ると、ベネディクトは長い手足を折り曲げて地べたに座っていた。暗い、嫌な場所である。


 彼は私が来たのを薄目を開けて確認した。気だるげで無関心なしぐさだ。


「何しに来た?罪の告解でも来たのか?この俺から?謝罪なんて聞こうと思ってきたんなら、お前はバカだ」


「真実を聞きにきたのよ。イヴリンと私に関する真実を」


 彼はせせら笑うようにこちらを見ている。せっかく絞り出した勇気が吹き飛んでしまいそうだった。かつて、彼はこういう風に見たものだ。


「真実を話したら恩赦が与えられるか?」


「いいえ」

 きっぱりと言った。

「あなたは明日死ぬのよ。気の毒には思うけれど、私にはどうすることもできない。

 真実を話して。どうして私は奴隷になって、あんな非情な扱いを受けたのか」


 彼は目をそらす。私は必死だった。明日になれば真実は闇の中へと消えてしまうのだ。


 ベネディクトは地面を暗い目つきで見ていた。まるで私なんか、そこに存在しないように。心はどこか遠くをさまよっている。


「イヴリンは俺が殺したんじゃない」

 声が微かに震えた。

「彼女は所領の屋敷に来た時、ひどく怯えていた。俺の言うことを聞こうともしないで。時間が経っても俺を愛することはなかった。ただ、義弟おとうとのことだけを考えて、屋敷から逃げ出そうとしていたのさ。

 とうとう俺はしびれを切らしてオーガストは俺が殺したんだと告げた。イヴリンは泣き喚いた。俺に殴りかかるような勢いで。なじったよ。俺は悪魔だ、と。一生みんなが俺を憎むだろう、と。

 その夜、産じょくの時が来た。イヴリンは今度も喚いた。それよりも出産の苦痛で叫んでいた。この世のものとは思えないくらいの叫び声だった。

 朝がきて、屋敷は静かになった。部屋に入ると、彼女も赤ん坊も死んでいた。早産だった」


 壮絶な話だった。私は彼の陰険な絶望そのもののような顔に見入っている。


 イヴリンには恋人の死にも出産にも耐える力はなかった。そうするには、彼女はあまりにはかなく、あまりに恋人を愛しすぎていた。


 確かにベネディクトにイヴリンを殺すつもりはなかったのだろう。彼女の愛が欲しかっただけなのだ。ひょっとしたらイヴリンのことを愛していたのかもしれない。

 だが結局は、彼のついた嘘がイヴリンの死をまねいたのだ。


「可哀想なイヴリン……かわいそうに」

 私はそっとささやいた。


 心の底から彼女に同情した。かつて私も同じような目にあったのだ。よく知らない男に誘拐されて、心細かったことだろう。監禁されて恐ろしかったことだろう。愛する人にも会えないで死ぬなんて……


「彼女は領地のりんごの木の下に埋葬した。オーガストに教えてやるといい」



 ベネディクトは私についての情報はあまり持ち合わせていなかった。まだ幼い私を奴隷商人から買ったのだ。


「処刑を見届けてくれるか」

 彼がためらって言う。

 

 それはベネディクトらしくない、遠慮がちな口調だった。


「見に行かないわ。あなたが死んでも嬉しくないから」


「そうか。死にゆく者の最後の頼みだとしたら?」


 私は拒否した。もう彼に憎しみはなかったのだ。

 立ち上がり、独房を出ていこうとする。


「イヴリン、行かないでくれ」

 懇願するような口調だった。


 私はサッと振り返り、彼を見つめる。天使を見るような目つきだった。


 イヴリンはもう何年も前に死んだのに。あなたが殺したのに。

 彼女は死の直前、ベネディクトを憎んでいたはずだ。


「私はエスメラルダよ」

 そう言って彼のもとを去った。

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