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陛下、私はイヴリンじゃなくてエスメラルダです!

よろしくお願いします

 たそがれ時、ゴーン、ゴーンと晩鐘ばんしょうが鳴った。荘厳な音だ。


 沈みゆく夕日を背に、畑を耕すのをやめ腰に両手を当てた。夕焼けの赤い大地の上、白い服を着た修道女たちが修道院に戻ってゆく。長い一日が終わるのだ。労働の心地よい疲れが体にのしかかってくる。


 畑の向こうから男の子が走ってきた。


「母さん、夕ご飯だ!修道院まで一緒に帰ろう!」


 男の子はそう言って私の手をつかみ、どんどんと進んでいこうとする。


「ウィル、ゆっくりと歩いて。後から行ったって食事は逃げたりしませんからね」


 そう言いながらも口元がほころびる。



 ウィルは私の息子だ。この間10歳になったばかり。利発で思いやり深い子だ。金髪に明るいブラウンの瞳。うつむいたときの、赤いほっぺたの丸い感じはたまらなく可愛い。

 この世でこの子より大切なものはなかった。命にかえたって惜しくないのだ。


 私はウィルをみごもってすぐに、この修道院にやってきた。事情あってある人から匿ってもらっているのだ。

 質素で厳しい生活だけれどかまわない。私たち親子の安全と平穏さが守られるかぎり……


 それなのにこの日を境に運命は一変してしまったのだ。



 修道院に戻ると院長に呼び出された。何やら難しい顔をしている。もともと深く刻まれた眉間のシワがさらに濃くなっていた。あまりに思い悩みすぎて体がふくらみ、院長の白い衣服が破れてしまいそうな……


 だが、私のばかげた空想も院長の厳しい声ではじけて消えた。


「皇帝があなたにお会いしたいそうですよ。それからウィリアムにも」

 院長が単刀直入に言った。

「あなたが隠れている相手は皇帝じゃないでしょうね」


「いいえ、違います。でも……」

 私の控えめな声はかき消された。


「エスメラルダ、皇帝に今すぐお会いしなさい。賢く立ち回るんですよ。中庭には皇帝だけでなく、おつきの軍隊まで待っているんですから。何かあったら私もあなた達親子を守ってあげます。でも今は早く行くんです!」


 私は追い立てられるように廊下に出た。渡り廊下から中庭をのぞく。なるほど、兵士たち、馬やら鉄の武器やらが仰々しいほど並べられていた。


 皇帝はなぜか私の寝室で待っていた。私のベッドとイスしかない粗末な部屋。


 驚いた!本当に皇帝がいたのだ。


 濃紺のビロードのマントに銀色の甲冑、腰には長剣。栗色の柔らかなそうな髪に、青い瞳。


 落ち着かない様子で小さな窓の外を見ていた。もう外では日が暮れ、一面が藍色になっている。


「イヴリン」

 皇帝は驚いたようにこちらを見ていた。

「どこにいたんだ!今まで一体……どうして……!」


 なんだか夢見るような感じである。

 だけど、私にはサッパリわからなかった。私はイヴリンなんかじゃない。それに皇帝とは一度も会ったことがないのだ。


「陛下、何か勘違いしてらっしゃいます。私はイヴリンじゃなくてエスメラルダです。それに陛下とは一度もお会いしたことがありません」


「いや、そんな嘘は通用しない。君は10年前からちっとも変わっていない。その赤毛に柔和な緑の瞳。華奢な肩から……」


 感嘆に近い表情だった。


 どんどん不安になる。貴族やら皇帝やらに関わり合うのはいやだった。過去の経験から、彼らを信用していないのだ。


 皇帝とやら、頭がおかしいんだろうか?もしかしたら、気がふれて、何度もまったく無関係の女に思い出話をするようになったのかもしれない。


 ありそうな話だ。特にこの階級。臣下も処罰をおそれて誰も皇帝に指摘できない……


「イヴリン、宮廷に行こう。君の、僕らの息子と馬車に乗るんだ」


 私は愕然としてしまった。ウィリアムが、私と他の男との間にデキた子が、いつの間にか皇帝の息子ということになっているらしい!

 それになんで宮廷に行くの?


 あまりに馬鹿げていて、反論もできない。


 皇帝はあまりに強引で、断る選択はなかった。気づいたら、豪奢な馬車にウィルと一緒に押し込まれていたのだ。


 いよいよこの人はイかれているのだ。

 

 というわけで、私の人生計画、貴族にも宮廷にも金持ちにも関わらず、平穏無事な生活を送るというのは、全部オジャンになってしまった。

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