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第3話 適正

俺は元の世界に帰りたいと、二人に伝えた。帰る方法どころか、なぜこの世界に来たのかもわからない。


 

「そうねぇ、元の世界に帰してあげたいけど、方法が分からないわ……ごめんなさいね、お役に立てなくて……」


「何を言うんですか! お二人が居なければ、あの森で俺は死んでましたよ。こうして生きていられるのも、お二人のおかげです。まだ、恩返しも出来ていません」


 普通ならありえないだろう。見ず知らずの、言葉も通じない男を家に置いてくれたのだ。


「しょーた君が手伝ってくれてとても助かっているわよ。このままずっといてくれてもいいのよ」


 そう言いながら、エレナさんは微笑んだ。しかし、すぐに俯いた。


「でも、元の世界に家族がいるのよね。きっと心配しているはずだわ。帰ってあげるべきね。」


 エレナさんは夫を亡くしている。魔物討伐に出かけたきり、帰ってきていない。家族がいなくなる悲しみ、恐怖を誰よりも知っているのだ。


「はい、両親が心配していると思います。こんなに良くしていただいたのに、申し訳ないです」


「いいのよ! 元気な姿をご両親に見せてあげるためにも、早く帰る方法を見つけなきゃね。私も協力するわ」


「ありがとうございます」


 なんていい人なんだろうか、何かしら、恩返しができるといいのだが……そう思っていると、今まで黙っていた、ミーシャが口を開いた。


「ねぇ、王都の王立図書館に行ってみるのはどう?何かわかるかもしれないし、王都には情報も集まる。何か知っている人がいるかもしれない」


「そうねぇ、良い案だと思うのだけれど、ここから王都まで、半年はかかるわ、道中、魔物だっている。しょーた君は戦えないでしょう?」


 そうこの世界には魔物がうじゃうじゃいる。俺が三日三晩彷徨った森だって、少ないが魔物はいたのだ。生きていたのは奇跡に近い。平和な日本でぬくぬく暮らしてきた俺には、戦闘能力は皆無だった。異世界転移ボーナスでチートスキルが手に入ったとか、そんな都合のいい話などは無かった。


「私が王都まで連れて行くわ! 今より強くなってからだけど」


「ミーシャがそこまでする必要は無い。俺だって、ミーシャに剣を教わっているし、自分で何とかするよ」


 仕事の合間にミーシャから剣術を教わっていて、村に出てくる魔物くらいなら、一人でも倒せるようになっていた。


「無理だよ。しょーたの実力じゃすぐ死んじゃう」


「そうねぇ、せめて中級くらいの実力がないと、旅はきびしいかしらね」


 剣術にはランクがあり、初球、中級、上級、王級、神級の順番に強い。魔法も同じランク分けである。ミーシャは活心流剣術の上級であり、実際かなり強い。剣士の父親に鍛えられたのだそうだ。一方、俺はというと、初球にすら到達していなかった。


「でも、農作業だってあるんだ、そこまで頼るわけにはいかないさ」


「ダメ。せめて私に一太刀入れるまでは絶対に行かせるわけにはいかない」


 無理だ。逆立ちしたって無理だ。ミーシャは剣の達人だ。一太刀入れるのだって、中級レベルじゃないと無理だ。例えるなら、プロ野球選手が投げた球をヒットにするようなものだ。。


「まぁ、王都に行く話は、もう一度ゆっくり考えましょう。ミーシャもいいわね?」


「はーい」

 

 こういう話は焦っても仕方ない。焦ってもいい結果にはならない。もう一度、ゆっくり考えなおそう。


「でもしょーた! 剣の修業は続けるからね!」


「うん、ありがとう」


 そして、いつもの日常に戻っていくのであった。


 あの会議から一週間経った。変わらず朝は水汲み、昼は農作業だったが、夜は、読み書きではなくなり、剣術の練習になっていた。


「踏み込みが甘いっ! そんなんじゃ、いつまで経っても王都にはいけないわよ!」


 いくら打ち込んでも、受けられ、躱される。反撃の隙を与えぬよう、連続で攻撃する。バシッ、バシッ、竹刀と竹刀がぶつかる。


「はぁっ!」


 渾身の一撃を叩き込む。しかし、攻撃は空を切る。前にいたはずの、ミーシャがいない、見失った⁉ 次の瞬間、腹に強い衝撃を感じて、倒れこむ。


「徐々に上達してるね。後、三年もあれば、一撃くらい入れられると思うよ」


 三年かけて一撃、途方もない話だ。そう思いながら立ち上がる。


「三年もかけてられないんだがな……」


 日本に居た頃は、何かを学ぼうなんて気概は一切なかった。惰性で大学に入り、中退した。親不孝もいいとこだ。今年で二十歳になる。就職もせず、フリーターを続けていたような男が、毎日朝から晩まで働いて、異世界の言葉を覚え、剣術を習っている。成長ではないだろうか。人間やろうと思えば何でもできるもんだ。現実世界に帰ったら、もう一度頑張ってみよう。


「ご飯できたわよー。そろそろ戻ってらっしゃい」


 台所からエレナさんの呼ぶ声が聞こえる。


「はーい! しょーた行くわよ。焦ったって仕方ないわ。少しずつ、強くなればいいのよ」


「そうだな、焦っても仕方ないよな」


 二人は家に戻る。台所からいい匂いがした。懐かしきカレーの匂いだ。


「うふふ、今日はね、しょーた君に教えてもらった、カレーを作ってみました~」


 この前、エレナさんに日本の郷土料理は無いのかと聞かれていた。この世界にある材料で、日本料理は、厳しそうだったので、カレーという食べ物があると話した。こうもあっさり作れるとは思っていなかったが……


 二人は椅子に座る。二人の前にカレーが置かれる。ミーシャは不思議そうな顔で、カレーを見つめている。


「うまくできたと思うわ~。さぁ召し上がれ!」


「いただきます」


 俺は手を合わせて、スプーンでカレーをひとすくいし、口に運ぶ。


「う、うまい! この世界でこんなにおいしいカレーが食べられるなんて! エレナさんあなたは天才だ!!」


 知ってる味とは少し違うが、とてもおいしい。茶色くて、ニンジンとジャガイモが入ってて~みたいな説明でよくここまで再現できるものだ。


「あら~、そんなに褒めたって何も出ないわよぅ」


「ほら、ミーシャ、食べてみなよ!」

 ミーシャは恐る恐る口にカレーを運ぶ。そして、一口。


「……! おいしい……」


「そうだろうそうだろう。これが日本のソウルフードだ。あっはっはっは!」


 実際は、インド料理だが、日本のカレーとは別物だというし間違ってはいないはずだ。


「なんでしょーたが得意げなのよ……」


 ミーシャが呆れた顔で見てくるが、気にしない。郷土料理を褒められて悪い気はしないのだ。


「あっ、そういやミーシャ。俺って魔法の才能ってないのかな?」


 カレーを食べながら尋ねる。その問いに答えたのはミーシャではなく、エレナさんだった。


「残念ながら、しょーた君に魔法の才能は無いわね。どんなに努力しても、初級止まりでしょうね……」


「えっ、見てすぐ分かるものなんですか?」


「ええ、分かるわ」


 分かるらしい。魔法は使えないか、それなら剣術しかない。


「お母さんはこう見えても、昔は、冒険者の魔法使いだったの。それも上級」


 え、冒険者? 上級? 上級魔法って、火魔法だったら家数軒まとめて燃やし尽くせるレベルだってミーシャから聞いていた。


「こう見えては、余計よう。お父さんとも冒険者の時に出会ったのよぉ」


 ミーシャは剣士と魔法使いのハイブリッドか!


「ミーシャは魔法は使えないの?」


「使えないよ。魔法の八割は才能、残りの二割は努力なの。私に魔法の才能は無かった」


「そうか、でも、ミーシャには剣があるね」


「そう! 私には剣があるの。剣は魔法と逆で、才能よりも努力が大切なの。だからしょーたも強くなれる」


「ありがとう、早く王都に行けるように努力するよ」


 二人は俺に魔法の才能が無いことを早々に見抜いていて、それで剣を教えてくれていたのか……にしても、剣士と魔法使いの両親に、剣術の天才の娘。何て家系だよ。


「あっ、そうだ、しょーたが中級相当の強さになっても、一人では行かせないからね。私も付いていくから」


「えっ」


「私も王都にはそのうち行かなきゃいけないの。でもしょーたを守り切れる保証は無いの。だから、最低限、自分の身を守れるようになったら一緒に行きましょ」


 俺は、荷物以下だった。足手纏い。そう告げられたのだ。


「いいすぎよぅ、ミーシャ」


「いいんです、エレナさん。ミーシャ中級相当になるには最短でどれだけかかる?」


「うーん、今のままならやっぱり三年はかかるかな。でも努力次第で一年」


「分かった。最短でいけるように指導をお願いします」


 俺は深々と頭を下げた。


「ふふっ、とっても厳しくなるけど大丈夫?」


「お願いします」


 その日から、地獄というのも生ぬるいほどの日々が始まった。

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