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魔王と36人の勇者  作者: 仲島 鏡也
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勇者狩り

視点:テオ

 テオは追ってくる魔族を、炎を纏わせた剣で一閃する。しかし魔族は一歩引き、直撃を免れた。さすが魔王城だ。一人一人の魔族がちゃんと鍛えこまれている。しかし鍛えこまれた魔族といえど、精霊により身体能力を底上げされている勇者には敵わない。

 テオは一歩引いた魔族に向かってさらに一歩半を踏み込む。そのまま魔族の襟を掴む。これで魔族は逃げられない。魔法を使わせる暇すら与えない。そのまま炎を放出して外套ごと魔族を燃やした。全身の焦げる痛みに悲鳴が聞こえ、肉の焼ける音が周囲を満たしていく。なんともいえない異臭が立ち込める。

 だが完全に命を奪う前にテオは炎の勢いを緩める。大事なのは時間稼ぎだ。他の魔族が負傷している魔族の介抱に人員を割けばそれだけ他の勇者たちの負担も軽くなる。

 テオと他の勇者たちは魔王城内を駆けた。目指すは魔王城の外だ。一度逃げてまた態勢を整える。このままでは魔王には勝てないが、生き延びることさえできればきっといつかチャンスは巡ってくる。

 あのまま牢獄に囚われても、待つのは残酷な死だけだ。魔王幹部の『悦楽』に対しては従順なふりをして質問に答え、彼女が去った後になんとか逃げ出すための色んな策を打とうとして、まずダメ元で鉄の勇者であるガンマが鉄格子を操ろうとすれば、なぜかそれは成功した。

 これは好機だ。この機を逃すわけにはいかない。勇者たちは一斉に逃げ出した。だけどテオの胸中は不安で満たされている。宿敵である勇者をあっさりと逃がしたのは、まるで野に放したウサギを狩るような、魔王にとって最悪のゲームを始めるその前兆に過ぎないのではないか。

 魔王城の長い廊下のその先に、一般兵たちが横に列をなしている。

 彼らは手を前にかざした。


「魔王様が来るまで時間を稼ぐぞ!」


 空間がわずかに揺らいでいる。彼らの前には空間を断絶するような壁ができている。

 魔族とは、魔力を持つ生物のことだ。魔力を用いて彼らは『魔法』というこの世の摂理に反する力を使う。さらには動物的な特徴を併せ持つ彼らは人間よりも身体能力が高い。これが魔族が人間よりも戦いにおいて有利な点だ。

 しかし勇者は別だ。

 まず魔族の使う魔法は万能ではない。彼らが戦闘に応用できる魔法は三つしかない。不可侵、不可逆、不活性。これだけだ。不可侵は目の前に壁を作り、盾のように応用することができる。不可逆は物体の存在を固定し、物体の強度を高めることができる。不活性は触れた物体の存在を否定し、その物体が持つ働きや存在を弱めることができる。これらの現象は、魔族の持つ魔力の量や出力によって変わるが大きな個人差はほとんどない。

 これらの魔法に比べて、精霊の力はこの世の摂理を操る力だ。応用も効きやすく、その威力は魔族の魔法を軽く凌駕する。そして身体能力も鍛え抜かれた魔族よりも高く、魔族と一対一になった場合に勇者が負けることはない。

 だから魔族は勇者に対しては徒党を組み、連携して戦う。魔法を重ねることでその効果を増し、自分たちよりも強い勇者を倒そうとする。

 それに対抗するために勇者も徒党を組み、それに対抗する。

 勇者と魔族の戦いとは、複数と複数のぶつかり合いが基本なのだ。

 勇者は数が限られた中で互いの精霊の力で連携し、魔族は勇者よりも多い人数をかけて魔法を組み合わせて戦う。

 だが何事にも例外はある。

 魔王とその幹部の存在だ。彼らは魔族の中の突然変異だ。鍛え抜かれた魔族は強く、勇者と一対一でそこそこの戦いができるが、幹部は複数の勇者と戦える身体能力と大規模な魔法を操る。『屹立』のゼノリバスは複数の部下を率いて、前線で十人以上勇者と同時に戦っていた。三分の一の戦力を奪われた状態で魔族の軍勢と戦い、勇者側にも犠牲が出た。

 それでも勝ったのだ。

 幹部にだって勇者は勝てることが証明された。


「どけ!!」


 テオは渦巻く炎を両手に展開し、それを不可侵の盾を作り出す魔族たちに撃ち出す。その炎に風の勇者が追い風を作り出し、さらには熱の勇者が温度を上げる。灼熱の業火が一般兵たちの盾を燃やし尽くした。


「道は拓いた。このまま退却だ!」


 この魔王城には複数の幹部がいる。彼らと戦っているような時間はない。最短でこの魔王城を抜け出さなければならない。

 テオは知ってしまったのだ。

 幹部なんて可愛く思えるほどの存在がいるこ——すさまじい轟音とともに、テオの身体が揺れる。いや、魔王城全体が揺れている。それは巨大な生物が思いっきり地面を踏みぬいたような音と衝撃だった。

 やつが来る。


「さあ! 勇者狩りの時間だ」


 声が反響する。

 その姿が霞むほどの移動速度で魔王クリアノートが近づいてくる。彼はどういう理屈か壁を走り抜けて、その後ろに割れたガラスが宙を舞っている。自分の城だというのに移動するだけで物を破壊していく。あらゆる点で常識破りだ。

 テオを含めた勇者が、それぞれ精霊の力で魔王に攻撃を加える。炎の塊、氷の矢、風の刃、壁から生えた大量の剣、魔王クリアノートはこれを天井へ移動することで避ける。

 これは隙だ。

 上に行けば、あとは落下が待っている。落下地点に向けてさらなる攻撃を加える。勇者たちは声をかけることもなく互いの意図を察して一斉に攻撃を仕掛ける。

 だが勇者たちの攻撃は魔王には当たらない。

 魔王クリアノートが、天井から落ちてこないのだ。

 彼は天井に立っている。意味がわからない。天井に張り付く魔法はないはずだ。


「なんだ不思議そうな顔をして。足の握力で天井を掴んでいるだけの話だろうが」


 なにを言っているのかわからない。魔法かと思った現象が、ただの身体能力で行われているなど信じられるはずがない。

 しかし考えている時間はない。


「みんな逃げることだけ考えろ。俺が少しでも時間を稼ぐ」


 テオが剣を構える。


『損な役割だなテオ。しょうがねえ、お前を勇者に選んだのは俺だ。最後まで付き合うぜ』


 炎の精霊イフリートに視線で応える。この命が尽きようとも、これより後ろへは絶対に行かせない。

 そう決意した直後にテオの意識が飛んだ。最後の視界に残ったのは、さっきまで天井にいたはずの魔王の姿だ。


「一秒に満たない時間を稼いでも意味がないだろ」

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