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魔王と36人の勇者  作者: 仲島 鏡也
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脱獄

視点:ダグマリア

 魔王の間に一人の魔族が入室する。

 艶のある赤髪の間からは牛の角が生えている。瞳は濡れているようで頬には紅が差している。唇は形よく、それでいて艶がある。そして隠すべき所を必要最低限にしか隠していない鎧は、蠱惑的であり肉感的なセクシーな彼女の肉体を誇張しているようだった。

 彼女は五人いる魔王幹部の内の一人、『悦楽』のダグマリアという。


「魔王ちゃんの倒した勇者たち、全員まとめて幽閉完了よ。一人一人の名前や経歴などもまとめたわ」


 ダグマリアは手元で束になった書類を一つ一つ読み上げていく。そこには勇者の出身地や魔王城にたどり着くまでの簡単な経緯、そしてどの精霊と契約したのかといった情報が含まれていた。

 見た目に似合わず丁寧な仕事をこなしたダグマリアであったが、彼女の報告書を読み上げる声はなぜか次第に尻すぼみになっていく。


「あ、あの、聞いてますか?」


 ダグマリアは魔王を見上げて尋ねた。

 なぜ見上げているのかといえば、身長差によるものではなくて、魔王クリアノートは壁に立っているからだ。もちろんダグマリアは床に立っている。普通はそうだ。しかし魔王クリアノートは、まるで重力が横向きになったかのように壁に立っているのだ。なぜかスクワットもしている。


「聞いているが? それよりもさっきの勇者との会話は魔王っぽかったか? それらしく話していたつもりなんだが」


「そ、そうですね。まるで先代のように威厳があって……じゃなかった、――威厳があったわよ。魔王ちゃん」


「前も言ったけど、普通に話せばいいと思うぞ。あとその露出の高い格好も、別に無理しなくていいと思うが」


 ダグマリアはペコペコと頭を下げながら話す。先ほどまでの妖艶な仕草など感じさせない、真面目でいて、かつ低姿勢な姿だ。


「いえ、私の顔と体ならこういう話し方と服装をしないといけないので。あの、不快なら私いつでも死にますので、いつでも言ってくださいね」


「いや、言わんて」


「ああ違う、――言いなさい。かわいい坊や」


「とんでもない脅迫でも受けているのか? なんかあったら相談しろよ」


「うれしいこと言ってくれるじゃない。今夜、私の寝室に遊びに来なさい。お姉さんと楽しいことしましょう」


「それを真に受けてお前んち行ったら部屋の隅でめちゃくちゃビビってただけだったじゃねえかお前!」


「いや行ったんかよ」


 魔王クリアノートの言葉に反応して言葉が返ってきた。それは女性の声だったが、ダグマリアの声ではない。その声は天井から降ってきた。

 ダグマリアが顔を上に向ける。そこには一人の魔族が天井に立っていた。立っているというのはつまり、足が天井に触れていて、頭が地面に向かっているということである。

 彼女は魔王の側近である『傲岸無礼』のスーミエアだ。名は体を表すとは言うが、彼女の二つ名である『傲岸無礼』はまさしく彼女のためにある言葉かもしれない。魔王に対する無礼な物言いはもちろん、魔王城の者に対しての尊大な態度、そしてあらゆるやる気を彼女からは感じられない。見目だけで言うなら美しい少女のようだが、その美しさは鋭利さを持ち、何とも近寄りがたい。

 クリアノートが魔王になる前からの知り合いらしく、おそらくその繋がりだけで側近に選ばれたのだろうと噂されている。周りからの印象はあまりよくない。そもそも周りから好かれる要素もない。だが側近を選ぶのは魔王の権利だ。その決定に誰も逆らうことはできない。


「で、なんで勇者を生かしてるわけ。あんなの殺したほうがよくない?」


「馬鹿だなお前は。馬鹿め!」


「おめえが馬鹿」


「勇者ってのはなあ、精霊に選ばれた人間のことだろ。どんだけ勇者を殺しても精霊が次の勇者を選ぶ。そして選ばれた勇者がまた俺を倒しにやってくる。それを返り討ちにする。歴代の魔王がずっとやってきたことだ。だけどそんなの堂々巡りだ。終わりがない。だけど勇者を殺さずに捕えたままにすればどうだ」


 スーミエアが少し思案してから答える。


「捕らえている間は新しい勇者が生まれない。つまり勇者が魔王に挑んでくることもないってことね。考えたわね馬鹿なりに」


「おめえが馬鹿な」


 ちなみに魔王クリアノートの発言は、事前にダグマリアが進言した内容である。勇者を殺しても何度でも勇者は生まれる。それならばいっそのこと捕らえてしまえばその間に勇者は生まれることはない。魔王クリアノートはなるほどな、と頷いていた。しかしダグマリアが進言したのはあくまでも勇者を捕らえるところまでだ。


「ねえ魔王ちゃん。捕らえるだけなら、勇者の情報までいらなかったんじゃない?」


 魔王からの指令で、勇者の名前や経歴までもダグマリアは調べている。勇者の持つ精霊の力は強力なので、その詳細を知ることは確かに大事だろう。しかし名前や経歴などは必要な情報だろうか。

 魔王クリアノートは指を向ける。いい質問だ、という意味の込められた指だろうか。


「それはな、興味だ」


 簡潔だった。

 簡潔がゆえに答えに窮してしまう。


「そもそもなんであいつらは俺を殺しに来るんだ? それを知りたい。だからこの後は魔王についてどう思っているのか調査してほしい」


 今さらなにを言っているのかとあくまでも心の中だけでダグマリアは思う。


「調査はするけど、魔王ちゃんを殺しに来る理由は単純明快よ。それは歴史。今までに人間は多くの魔族を殺し、そして魔族もまた人間を殺してきた。今さら引き返せないのよ」


「俺は人間なんて殺したことないけどな」


 魔王クリアノートはあっけらかんと言う。


「それはまだ坊やだからよ。いつか人間を殺す日が来るわ。だってあなたは魔王なんだから」


 先代魔王グリムガルから、クリアノートが魔王を引き継いでからまだ一年だ。勇者が攻め込んできたのもクリアノートにとってはまだ一回目だ。


「それに勇者は私たち幹部の一人『屹立』のゼノリバスを殺したからこそここまで来れたの。魔王ちゃんが勇者を殺すには十分な理由だと思うけど?」


「別に。あいつのこと好きじゃなかったしな。どうでもいい。それに死にたくないなら俺の傍にいればよかったんだ。俺の意見を無視したあいつが悪い。自業自得ってやつだ。なあエア?」


「そね」


 人間は殺さない。幹部の一人が殺されてもどこか他人事のように語る。

 ダグマリアはまだ魔王クリアノートという人物を掴み切れていない。先代魔王グリムガルの前に突然現れたこの魔族は、グリムガルをあっけなく殺した。魔王を引き継ぐとは、先代の魔王を殺すことでしかなり得ない。彼はいったい何者なのか。

 ダグマリアの思考の隙間に騒音が響く。魔王の間の扉が力強く開かれたのだ。


「報告します!」


 犬の耳の生えた魔族の男が、襟の長く立っている生地の分厚い外套を纏っている。これは魔王軍の正式な衣装であり、生地は刃物が簡単には通らないぐらいには分厚い。フードを被れば見た目だけでは誰だか判別がつきにくい。魔王の間に入ってきたのは魔王城に勤める一般兵のようだ。

 ちなみに魔王クリアノートもスーミエアも現在はこの外套を着ている。


「どうした?」


 魔王の言葉に一般兵は、一瞬どこに魔王がいるのかを探した。なぜか壁に立っている魔王を見つけ、少し戸惑いながらも一般兵は報告する。


「勇者が逃げ出しました!」


「なんで?」


「鉄の勇者が牢を操り、脱獄したようです」


 魔王クリアノートは手に顎を置き、考える素振りをみせた。


「……なるほどな。牢って鉄でできてるもんな。鉄の勇者なら操れるよな」


 スーミエアが天井から嘲笑する。


「やっぱあんた馬鹿ね」


 魔王クリアノートはぽつりとつぶやく。


「……一瞬で捕まえてやる」

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