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前編

魔女旅シリーズ八作目です。

 魔女はひとりで旅をします。


 魔女は始まりの魔女を訪ねました。


 魔女の始まりから魔女の終わりへ。

 エレナからエレナへ。


 魔女は、始まりの魔女からそんな話を聞きました。


 魔女は終わりを、そして始まりを託されました。


 終わるのか、それとも新しく始めるのか、どちらかを選べと。


 そのために永遠を渡されて。


 あまりにも重い運命をその小さな肩にのせ、魔女は今日も、ひとりで旅をします。











「……エレナからエレナへ、か」


 始まりの魔女の結界を出たエレナは海と空の青で満たされた世界をひとり、ホウキに乗って揺蕩います。

 空の青を仰ぎ見れば真白な長い髪がさらりと流れ、海の青を覗き込めば夕日色の瞳が青を映します。


 エレナは考えていました。


 永遠の命を受け継いで、自分はこれから何をするのか。

 何をしたいのか。


 始まりの魔女は、もうエレナ以外の魔女は新たな魔女を生むことはないと言いました。

 つまり、エレナが新たな魔女を誕生させなけらば魔女は終わるということです。


 自分が始祖となって新たに魔女の時代を始めるのか。

 それとも世界に魔女は不要だとして新たな魔女を生まずに魔女のいた時代を終わらせるのか。

 あるいは、自らが唯一の魔女として永遠に君臨し続けるのか。


「……私が、どうしたいのか……」


 エレナは考えます。

 自分の気持ちを。

 自分の想いを。


「……そうだわ。答えを出す前に、やるべきことがある。

 答えを出すのは、それからでもいいかもしれない……」


 エレナは自分がまずやるべきことを決めました。

 魔女の未来を決めるのはそれから。

 エレナはそう心に決めて、ホウキを動かしました。


 魔女のホウキが向かう先。

 始まりと終わりを受け継いだエレナはどこへ向かうと言うのでしょう。


 それは、エレナの心残り。

 いえ、それは今は亡き、母の……。












「……見えてきたわね」


 分厚い雲に覆われた空飛ぶ島。

 そこはエレナがかつて訪れた空に浮かぶ島でした。


「……魔法を使っていなければたどり着けなかったわ」


 そこはあの時よりずいぶん高い所にありました。それこそ、ホウキで飛べるギリギリの高さ。魔法でその身を包んでいなければ凍えてしまいそうなほどに。

 エレナはここに、あるものを取りに来たのです。エレナが目的の地に赴く上で、それは必ず必要になるだろうから。


「テネリさんは元気かしら」


 その空飛ぶ島にいた機械の人。

 かつて世界を滅ぼした巨大な機械兵の成れの果て。その最後の生き残り。

 かつては身の丈数十メートルはあろうかという巨体だった機械兵も、膨大すぎる時間の経過でその力と体も小さくなりました。それでも、その顔を眺めるにはエレナが上を見上げなければならないほどには大きな体をしていました。

 そして、最後の機械兵テネリは自分を動かなくするために島を浮かせていました。そうしてエネルギーを使いきり、世界を終わらせた自分を終わらせるために。


「……まだ、元気だったら、いいな」


 エレナは何となく予感めいたものを感じてはいましたが、それでも微かな望みを込めてポツリとそう呟き、空飛ぶ島へと降り立ったのでした。






「……テネリさん」


 そして、島に足を踏み入れたエレナが見たのは、花壇の前で横たわり、動かなくなっているテネリの姿でした。


「……ちゃんと、終われたのね」


 エレナは悲しげに微笑みながらテネリに近付きます。


「……!」


 倒れたテネリ。その手の先にある花壇には、真っ白な綺麗な花がいくつも咲き誇っていました。


「……良かった。ちゃんと、咲いたのね」


 動かなくなったテネリ。鼻も口もない機械仕掛けの顔ですが、エレナにはテネリがどこか嬉しそうにしているように感じました。


「!」


 エレナがそんな動かないテネリに手を置くと、エレナの中に不思議な声が届きました。


『この花を君に。きっと役に立つから』


 それは、かつて聞いたテネリの声でした。

 少しだけくぐもった、少年のような声。

 テネリの手には、花壇から手折った白の花がありました。

 いつからそこにあったのか分かりませんが、地面から離れてもその花は枯れずに綺麗なままでした。

 テネリはきっと、最後に残った力をその花に込めたのでしょう。


 そして、それこそがエレナがこの島に再び訪れた理由でもありました。


「……ありがとう」


 エレナは静かにお礼を言って、テネリの手から白の花を受け取りました。


「そろそろホウキで飛べない高さになってきてしまうから、私はもう行くわね」


 空が暗く、冷たく、まだ昼だというのに星が耀いてきていました。

 このままでは、この島はこの世界から出ていくことになるでしょう。


「……それが、貴方の望みなのね」


 エレナはもう一度テネリの冷たい身体に触れると、軽く目を閉じました。

 そこにもはや命の灯火はなく、空を浮かし続ける力だけが動き続けていました。


「……さようなら。ゆっくり休んでね」


 エレナは目を開けるとテネリからそっと手を離しました。

 そして、ホウキに跨がると空飛ぶ島から飛び立ったのです。

 その懐に、白の花をしっかりと携えて。


「……始まりの魔女は、人間を憎んでいたのかしら。それとも心残りをなくして、テネリさんを早く眠らせてあげたかった?」


 テネリが水をあげて懸命に育てていた白の花。

 かつて、始まりの魔女はテネリを欺いてその土に死の魔法をかけていました。

 土の力が水をやるほどに抜けていく魔法。

 最初は、なんて残酷なことをするのだとエレナは思いましたが、始まりの魔女と会った今では、そこに何か理由があったのではと思ったのです。

 白の花は、テネリの生きる活力であるとともに、人のために必要なものだから。


「……考えても分からないわね」


 ですが、それを知るは始まりの魔女のみ。

 エレナは(そら)に消え行く島を振り返ることなくホウキを進めました。


「必要なものは手に入ったわ」


 エレナはホウキを向かわせます。

 かつての地へ。

 今では、魔女にとっては忌むべき地となってしまった、エレナにとっての始まりの地へと。














「……なんだか、もう懐かしいわね」


 空飛ぶ島から飛び立ってずいぶん長い時間が経ちました。

 何日も休みなくホウキを走らせ、エレナは再びこの地へと戻ってきました。

 始まりの魔女から永遠の命を受け継いだエレナはどれだけ魔法を使っても疲弊することがありませんでした。


 空は暗く。静かで冷たい夜を迎えていました。

 雲は厚く、月も星も隠れてしまっていて、世界は暗黒に包まれてしまったかのようでした。


「……やっぱり、まだ結界があるわね」


 その暗黒の中にある、強力な結界で覆われた街。

 中心に大きなお城がある、王様のいる街。

 それはもはや、かつて国と呼ばれていた規模にまで発展していました。


「……この結界を張るのに、いったいどれだけの魔女の命を……」


 今のエレナには、そんな街を覆う結界の構造を一目で理解することができました。

 魔女の魔法を無効化し、中にいる魔女を外に逃がさない結界魔法。

 それほど強力な魔法。普通に魔女が魔法を使うことで実現可能なわけがありません。

 自らの命と引き換えに強力な魔法を行使する。あるいは禁忌に触れる魔法を行う。

 それを、何人もの魔女で同時に。

 この結界は、それほどに強力な魔法で創られているのです。


「みんな……」


 エレナは拳を強く握ります。

 きっとこの結界に使われた魔女は街にいたたくさんの魔女たち。

 エレナが顔も名前も知っている優しい魔女たち。

 未熟な末娘だった自分に、母親に代わって丁寧に魔法や生き方を教えてくれた魔女たち。

 自分たちを犠牲にして、外に逃がしてくれた魔女たち。


「……私たちは、ただ人の力になりたいだけなのに……」


 返礼によって生き長らえるという目的はあれど、その根底にあるのは魔法の奇跡によって人を助けたいという想い。

 その魔法で魔女を拒絶する結界を創るなど、なんて業の深い所業なのでしょうか。


「……今、解放してあげるわね」


 ですが、エレナは人を憎みません。

 それが魔女だから。

 エレナはそれよりも、結界の維持に囚われた魔女の魂を救うことに目を向けました。


 エレナは懐から魔法媒体である手鏡を取り出します。

 その手鏡には特別な力が宿っていました。

 かつて訪れた妖精女王から与えられた加護です。

 一度だけ、どんなものからもエレナを護ってくれる妖精女王の加護。

 エレナはその力がこもった手鏡を結界に向けたまま、真っ直ぐにホウキで結界に突っ込んでいきました。


「っ!!」


 エレナが結界に侵入した途端、結界全体がバチバチと音をたてて()ぜました。

 結界は、魔女の侵入をも拒むようです。

 しかし、妖精女王の加護がエレナを護ります。

 結界はなおもエレナを弾こうと拒絶しますが、妖精女王の加護は青白い光となってエレナを優しく包んで護ってくれます。


 やがて、パチン! という音ともに結界は弾け、街全体を覆っていた結界は消えてなくなりました。

 そして、それと同時にエレナを護っていた加護も消えます。


「……ありがとう。妖精女王」


 エレナは加護を与えてくれた妖精女王にお礼を言って、街を見据えます。

 もうエレナを護るものはありません。

 エレナはその身ひとつで魔女を拒絶する街へと入っていったのです。









「……変ね。静かすぎるわ」


 エレナが街に入ってしばらくホウキで飛んでいると、街がやけに静かなことに気が付きました。


「あれだけのことをすれば、すぐに騒ぎになって兵や住民たちが出てくると思ったのに」


 街を覆う結界が破られるという異常事態。

 たとえ星も眠る夜とはいえ、普通ならば住民が起きて家から飛び出し、兵たちが様子を見に駆けつけるはずです。


「……こんなに、静かなままだなんて……」


 しかし、街は結界が破られたことになど気付きもしないといった様子で、息を漏らすことさえ許されないかのような静寂に包み込まれていました。


「……いったい、街に何が……」


 エレナが人の存在さえ疑い始めたそのとき……。



 ウオオオオォォォォォーーーーッッ!!!



「な、なにっ!?」


 まるで獣の雄叫びのような声が街に突然響き渡りました。

 エレナがその声の出所を探していると、ある家の扉が勢いよく開いたのです。


「うおおーーっ!! 壊せー! みんなみんな壊せーー!!」


 そして、中からとてつもない形相の女性が現れて、手足を振り回して暴れだしました。


「……あれは」


 エレナが突然の女性の奇行に目を見張っていると、


「や、やめてくれっ! もうやめるんだ!!」


 同じ家から男性が飛び出し、暴れる女性を羽交い締めにしました。

 男性はあちこちに怪我をしているようでした。


「うああああーーっ!! 離せー!! 離せー!!」


「ぐあっ!」


「わああああーー!!」


 しかし、女性は女性とは思えない強い力で男性を引き剥がすと、遠くへ走っていってしまいました。


「……くそっ! 待って! 待ってくれーー!!」


 男性は一瞬、絶望に満ちたような目を見せましたが、足に力を込め、女性の後を走って追いかけていきました。


「……『狂気病』」


 エレナは女性の奇行の原因を知っていました。

 ある時から突然、人々の中で発症するようになった謎の病。

 魔女は発症せず、人間にのみ現れるその病は一日の中のどこかで突然奇声をあげて暴れだすという、何とも奇怪な病でした。

 そして、その病にかかった人間は徐々にまともでいられる時間が短くなっていき、最終的には自分で自分を破壊して亡くなるという慈悲の欠片もない恐怖の病でした。

 そしてそれは、魔女の魔法の奇跡でさえ治すことはできませんでした。

 その病が発症する原因もまた、魔女でさえも特定できていなかったのです。


「……行かなきゃ」


 しかし、エレナにはもうそれがなぜ起こるのかが分かっていました。

 魔女の始まりを、世界の始まりを、エレナは受け継いだから。


 エレナは再びホウキを飛ばし、急ぎました。

 街の中心。

 王のいるお城へと。



 ウオオオオォォォォォーーーーッッ!!!


 ウァァァァァーー!!!


 ぐおおぉぉぉぉぉーーーっ!!



「……ひどい」


 エレナが再びお城に向けて飛んでいると、そこここから狂気病にかかった人の叫び声が響いてきました。

 そして、それと同時にそれを止めようとする人々の泣き叫ぶ声も。

 しかし、それを止めようとしていた人もまた、同じように狂気病によって暴れだすこともありました。


 街はもう、その病によって手がつけられない状態になっているようでした。

 まだまともでいられる人々は固く門戸を閉じ、少しでも被害に遭わないように家に閉じこもっているようでした。

 あるいは罹患した家族をベッドに縛り付け、いつ暴れだしてもいいようにしているようでした。

 しかし、お手洗いや体を拭いたりといったお世話の際に、拘束を解いた瞬間に暴れだすこともあり、先ほどのように家を飛び出していってしまうことも多いようでした。


 狂気病の患者に暴れている時の記憶はなく、正常の精神状態に戻ってから、自分が大切な家族や周囲のものを傷付けたことを知って絶望する患者も多く、中には、それによって自ら命を絶つ者もいるようでした。


 人々は半ば諦め、絶望の淵で終わりを待っているような節さえ感じられました。


「……私が、私が何とかしなきゃ」


 エレナはあまりにも悲しい光景に目を潤ませながらも、人々を救うためにお城に急ぎました。

 自分たちを排斥しようとする人々を救うために、そのど真ん中に、エレナはたった一人で向かったのです。














「……ここね」


 そして、エレナはあっさりとたどり着きました。

 お城の中心に位置する、ある部屋に。

 その部屋のバルコニーにエレナが降り立っても、誰も何の反応も示しません。

 そもそも、街があの騒ぎだというのにそれを鎮圧するための兵さえ出てこないのです。

 結界を破った時の静けさを受けた時から、エレナは何となくこうなるような気がしていました。


「……開いてる」


 エレナが窓を押すと、きぃと音をたてて窓は開きました。


「誰だっ!?」


「!」


 エレナが部屋の中に入ると、男性の警戒したような声が飛んできました。


「こんばんは。魔女のエレナと申します」


 エレナはあえてゆっくりと、落ち着いた口調でそう名乗りました。

 緑のとんがり帽子を取って胸に抱え、魔女としての最敬礼を示しながら。


「……ま、魔女、だとっ!?」


 驚く男性にエレナは再びとんがり帽子を被ると、長い綺麗な真っ白な髪を夜風になびかせながら、闇夜に閃く夕日色の瞳を向けながら、ゆっくりと微笑みました。


「魔法は、いかがかしら?」


 そうして、緩やかに小首をかしげたのです。







「……ま、魔法、だと?」


 ローブのような寝間着を羽織った男性はよろりとエレナの前に姿を現しました。


「はじめまして。王様」


 エレナは王と呼んだ男性ににこやかに微笑みかけました。

 王は痩せ細り、目は落ち窪んで、すっかりやつれていました。


「だ! だれかっ! ……いや、誰も、もう、誰もいないのだった、な……」


 王は人を呼ぼうと叫びかけましたが、途中で絶望したように声を落としました。


「……やっぱり、もう病にかかっていない人の方が少ないのね」


 王の様子から全てを悟ったエレナは悲しげに目を伏せました。


「……そうだ」


 王はエレナに危険な様子がないことを理解し、ベッドに力なく座り込みました。


「武器を持った兵が発症したことで我々は軍隊を解散。全ての武器を破棄した。

 それでも残ってくれた僅かな有志軍で互いに互いを監視・拘束しながら何とかここまでやってきたが、それももう限界が来た」


「……全員が、まともでいられる時間が少なくなってしまったのね」


「そうだ……」


 拘束した発症者を見ていた者が発症し、それを拘束しようとした者もまた……。

 それはもう、絶望的な光景でしかなかったのでしょう。


「だから我々は全てを諦め、最期のその時を大切な人たちと過ごそうと自らの家に引きこもったのだ。僅かな未発症者たちが水や食糧をかき集め、各家々に配ることで何とか生き繋いで、な」


「……大変、だったわね」


 エレナは人々に同情するとともに、感心もしていた。

 未発症者たちが人々を見捨てず、その最期の時をともに迎えようと尽力していることに。


『真に追い詰められた時、人はその真価を示す』


 エレナはかつて他の魔女から教わった言葉を思い出しました。

 人々のために魔法を使うことに迷った時、それを思い出しなさい、と。そうして見極めなさいと言われたことを。


「……なあ。なぜこうなった?

 なぜだ? 私たちが何をした?

 魔女か? 魔女を排除しようとしたからか?

 これは、魔女の呪いなのか?」


 王はすがるような面持ちでエレナに尋ねました。

 せめて、答えを知りたいと。


「……そうとも言えるし、そうとも言えない、わね」


 エレナはそれに対し、静かに目を伏せました。


「どういうことだ!?」


「……貴方も王様なら知っているでしょう?

 この世界が、かつて一度滅んだ世界が再生し、復活した世界だってことを」


「……ああ」


 王は虚しげに俯きました。

 それは人々には秘匿された真実。

 魔女とごく一部の人間しか知らない世界の秘密。


「再生された時に世界から完全に消えてなくなったはずの旧世界の残滓(ざんし)、風化の砂塵。

 狂気病は、ほんの僅かに残ったその風化の砂塵が少しずつ蓄積することで脳を犯されて発症しているのよ。理性を保つ部分が、少しずつ風化してしまっているのね」


「……な、何を言っているんだ?」


 エレナの説明は王には難解すぎたようでした。

 この世界においては人体解剖学のような分野も未発達で、ましてや脳がさまざまな人間の精神性を構成していることなど分かるはずもないのです。

 エレナもまた、始まりの魔女から全てを受け継ぐまではそれを理解することなど出来なかったでしょう。


「……そして、それは魔女の魔法を、魔力を受けることで侵食を防ぐことが出来ていたの。

 もともとその身に魔力を宿す魔女が狂気病にかからないのはそのためね」


「!」


 その説明は理解することが出来た王は衝撃を受けた表情を見せた。


「……で、では、魔女狩りを行って魔女の魔法の恩恵を拒否したせいで、私たちはこうなった、と?」


「……それに関しては、私たち魔女の責任でもあるわ。

 知らなかったこととはいえ、人々を魔法で助けるのが魔女の使命。

 たとえ排斥されようと、それでもこの街の人を魔法で助けていれば……」


 エレナは悔しそうに拳を握りました。

 自分たちが自分を優先して逃げなければ、この街の人々をもっと早く救えたから。


「ふ、ふざけるなっ!」


「!」


「な、なぜ、お前たち魔女はそこまで献身的でいられる!

 わ、私たちは、お前たちを捕らえて、殺したんだぞ!」


「……」


 王は、もはや自身が何に怒りを感じているのかも分かっていないようでした。

 始めは愛する妻を魔女に殺されたと思って抱いた憎しみ、怒り、殺意。

 しかし今はもう、自分の感情も、それを向ける相手も、分からなくなってしまっていました。

 魔女たちが皆、人間に対してそんなことをするような存在ではないと理解してしまっているから。


「……それが、魔女だからよ」


 エレナは混乱する王に、優しく諭すように語ります。


「人間が恐怖する気持ちは分かるわ。

 魔女の魔法は奇跡。人間には扱うことのできない圧倒的な力。

 たとえそれが人間に悪意をもって向けることは出来ないと理解していても、自分にはない強大な力がいつか自分に向けられるんじゃないかと考えると、怖いのよね?」


「……」


「人間の想像力は魔女よりも豊かで、臆病だわ。強すぎる力に恐怖する。それは、人が天災を恐れるようなもの。

 それでも、私たちは魔法の力を人を助けるために使う。

 なぜならそれが魔女だから。

 たとえ人がどれだけ魔女を疎ましく思おうと、人を助けるためなら私たちは魔法を使う。

 それが魔法という奇跡を持った私たちの使命だから。力を持った者の、責任だから」


「……分からない。

 なぜ、お前たちはそう思える。自分のためだけにその力を使おうとは思わないのか」


「思わないわ」


「!」


 王の苦悩にも似た吐露にエレナは即答しました。


「私たちは単一なのよ。

 人間のように他者と交わって出来たものではなく、始まりの一人からその身と魔力を分けて生まれた存在。

 だから魔女の意志と使命は変わらない。

 魔法で人を助ける。

 それだけよ」


「……」


 エレナの断定的な答えに王はうちひしがれていました。

 自分はあまりに高潔な存在を害していたのだと。害悪だと魔女を排していたが、真に害悪だったのは自分なのだと。


「……もうひとつだけ、知りたい」


「なにかしら?」


 俯いていた王は救いを求めるように顔をあげ、エレナに尋ねました。


「なぜ、私は最後までまともなのだ。

 最も魔女を、魔力を遠ざけていたはずの私が、なぜいつまでたっても狂気病にならない!」


 エレナに懇願するように嘆いた王は再びだらりと項垂れてしまいました。


「……これは、呪いなのか?

 魔女を排除した私に、神は最後のその時まで狂うことすら許さないと言うのか……」


 それは王の願いのようにも思えました。

 いっそ狂ってしまえたら……。王は、心のうちでそれを願っているようでした。


「……いいえ。それは加護よ」


「……加護?」


 悲しげなエレナの声に、王は再び顔をあげます。

 しかし、声とは裏腹にエレナはとても穏やかで優しい笑みを浮かべていました。


「貴方は、貴方の大切な人に、ずっと護られていたの」


「……どういうことだ?」


「……」


 首をかしげる王に、エレナは懐から手鏡を取り出しました。


「お見せしましょう。

 あの日の真実を、貴方に……」


 そうして、エレナは呪文を唱え出したのです。




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[一言] もう既に泣きそう( ˘ω˘ )
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