73話
わたしにとって人生最大の社交界デビューも無事終わった。
クリス殿下との久しぶりの再会は緊張のなかで終わった。
彼からはわたしへの執着は消えていた。
あのなんとも言えない気持ち悪い感情を感じなかった。
彼が変わったのかは分からない、でもいい国王になって欲しいと上から目線で考えている。
まぁ、辺境伯領はかなり僻地で生活も苦労するような場所だし、かなり領主に鍛えられたとお祖父様が言ってたのであのくそ曲がった性格は少しは良くなったのだろう。
そして、バナッシユ国の元王妃は#意識__・__#だけは残して、向こうの国へ行ったらしい。
ルビラ王国では、処刑されなかったと聞いた。
それはバナッシユ国への配慮からだったらしい。
ただ、地下牢にずっと入れられていたので、ほとんど生きているだけだとお祖父様が言っていた。
わたしはそれを聞いてさすがに怖くなって青い顔をして震えた。
でも王妃を殺害しようとしたので、極刑は免れないと言われていた。それを生かしてバナッシユ国へと引き渡しただけでも、珍しいことらしい。
これでわたしへの執着は終わったのだろうか。
一度会ってみるかと彼女が捕まってから言われたけど、わたしは大きく首を横に振った。
もう関わりたくない。
わたし自身は彼女に何かされたと感じていないけど、ターナやクリス殿下のあの酷い態度は彼女のせいでもあったらしい。
前世での記憶の彼女はまさに意地悪の塊だった。
わたしを虐めることを楽しんでいた。
あの醜く微笑む顔をわたしは忘れられない。
鞭で打つたび、怒鳴るたび、とても悦に入って笑っていた。
だからもう二度と会いたいとは思えない。
会えばまたあの気持ち悪い記憶を思い出してしまう。
舞踏会から帰る少し前、お祖父様がそばにいないのを見てお父様が近づいてきた。
「……アイシャ」
お父様の切なそうな声が聞こえた。
ロウトが異変に気がついてわたしの腕を掴んで急ぎ他の場所に連れ出してくれなければわたしはお父様と対面していたかもしれない。
クリス殿下の時はきちんと前もってわかっていた。
でも今回、お祖父様はお父様に出席しないように圧をかけていた。だから、お父様が出席することはなかったはず。
なのにどうしてか舞踏会にいた。
お祖父様はお父様の姿が目の端に少しでも映ると、不機嫌になった。わたしへの接触を睨み拒んでくれた。お祖父様が近くにいない時はロウト夫婦が常に近くにいて見守ってくれた。
おかげでわたしは一生に一度の大切な日を無事に終えることが出来た。
そしてわたしは今………
「メリッサ、退屈だわ」
「アイシャ様、ベッドでそんな格好して……そろそろ魔術の勉強でもしてきたらどうですか?」
気が抜けて最近はダラダラしている。
今もベッドの上で寝そべってごろっとしてボーッとしていた。
「うーんそうだね、ミケラン行こうか?」
「ミケランは飼い主に似てゴロゴロしているのが好きみたいですね」
メリッサは、わたしが話しかけるのにミケランが反応しないで寝ているのを見てクスクス笑い出した。
「ほんと、ミケラン、それ以上太ったら女の子にモテないわよ!」
わたしが何言っても眠たいのか返事もしない。
「もういいわ、一人で行くから!」
仕方なく動きやすい服に着替えて外へ出ることにした。
庭師のバイセンのところへ行き「何かお手伝いはある?」と聞くと
「そうですね……今日は…腰をやられたのでちょっと休もうと思っていたんです。ですから水撒きだけしてもらえると助かります」
「腰?痛いの?」
「まあ仕方ないですよ、年ですから」
バイセンは公爵家に昔からいる使用人だ。
他に三人いる庭師と共にこの広い敷地を世話してくれている。
もちろん土魔法や水魔法を使う者たちがいるので、わたしが敢えて手伝わなくてもいいのだけど、わたしの魔法の鍛錬のために水撒きを残してくれている。
細かい調整をしながら水を撒くので、鍛錬にはちょうどいい。
いつもわたしのために幾つかの作業を残してくれている。
「わかった、水撒きをしてくる。あ、それからバイセン、もう腰は痛くないはずよ」
「え?あれ?本当です!全く痛くない!」
「よかった。また痛くなったら言ってね」
わたしはバイセンの腰に癒しの魔法をかけてあげていた。
本人は突然痛みがとれて驚いていたので、その顔が面白くてクスクス笑って「じゃあやってくる!」とバイバイした。
細かい調節を施しながら均一に水を撒いていく。
わたしは大雑把な魔法しかまだ出来なくて微調整をしながら行う魔法はまだ苦手だ。
たくさんの水を一気に撒くのは簡単なんだけどそんなことしたらせっかくのお花たちが傷んでしまう。
水やりのおかげで、孤児院で頼まれた「虹」も数回に一回くらいは出せるようになってきた。
そう、わたしの鍛錬の成果は「虹」を作り出すこと。
子供達の笑顔を見るために必死で頑張っている。
「これならなんとかみんなに披露できそう」
わたしはニマニマと笑いながら一人で微笑んだ。




