10話 カイザ編②
「お前はでは病室で聞こえた話はなかったことにするんだな」
「お父様、そんなことは言っていません。でも実際何もないんです」
「じゃあ、どうして病室でアイシャとメリッサがそんな話をしていたんだ!」
わたしは二人の態度に腹が立った。
アイシャのことを心配しながらもターナのことは信じたいという気持ちはわかる。
しかし真実を見ようとせず目を逸らそうとしているのが手にとって分かる。
「ターナは少し甘えん坊なところがあります。だからアイシャに対しても我儘を言ってしまうのだと思います。それがアイシャには意地悪なのだと感じただけなんです」
「ほお、そうか……殿下のことはどうなんだ?」
「殿下はずっとアイシャを婚約者にしたいと打診してきております。でもわたし達はアイシャがまだ幼いしあの子に好きな人ができるのであれば、好きな人と結婚させてあげたいと思っています。
断っているので、やはりアイシャに対して少し意地になっているのだと思っています」
「で、怪我は?」
「それはまだ理由がわかりません。アイシャは怪我は転んだと言っていますし、ロウトは何も話しません。アイシャの言う通りだとしか言わないのです」
「お義父さん、アイシャが今何かを抱えていてそちらに行ったことは、わたし達夫婦があの子を分かってやれないことだと承知しています。
ターナのことはこれから様子を見ていきます。
アイシャを少しの間よろしくお願いします」
「そうか……アイシャに寄り添うことなくわたしに託すか。
わかったよ、君たちは親失格だ。アイシャをお前達に会わせることは二度とない」
「そんな……ただアイシャがそちらに行ったのなら少しだけ面倒を見て欲しかっただけなのに」
リサが青い顔をしてわたしを見た。
「リサ、以前のアイシャを思い出せ。あの子がなぜ死を選んだのか」
わたしはその一言だけ娘達に伝えて、アイシャの眠る屋敷に急ぎ戻った。
◇ ◇ ◇
『屋敷を出たかったならわたしに声をかけてください
一緒について行きますから!』
ロウトの言葉……
『だってロウトがついて来たら、ロウトがお父様達に叱られるでしょう?』
アイシャの言葉……
二人の信頼関係にわたしは感心していた。
『叱られるよりアイシャ様がいなくなってしまうほうがよっぽど辛いです。言いましたよね?わたしの前では素の自分でいてくださいと!
我慢しないで泣きたい時は泣いたらいいんです!』
ロウトはアイシャの気持ちをわかっている。
『そうです、わたしもアイシャ様がいないと知った時、どうしてクビになってもターナ様に逆らわなかったか後悔しました』
メリッサのこの言葉は……
ターナは何をアイシャに言っているんだ?
確かにターナは甘え上手でアイシャよりも周りがつい甘やかしてしまうところはある。
リサに似ているところが多く目がいってしまう。
でもアイシャの聡明さや美しさは、子供ながらに他の者を圧倒する。
誰もが惹かれてしまう。
だから殿下もアイシャを欲するのだ。
アイシャの魔法の才能も本当はかなりなものだ。
ただ他に比べて魔力量が多く、未だわからない属性のため、コントロールが難しいのだ。
アイシャの魔法は、多分無属性なんだと思う。
何にも属さない。
だからこそ自分のものにするには難しい。
だが、あの子自身が魔力をコントロールできれば私たちでは出来なかったいろんな魔法を使えるかもしれない。
百年に1人現れることがあるかもしれないと言われる希少な無属性。
王家がそれを知ればさらに殿下との婚約を勧めてくるだろう。
わたしはその時、甥っ子と戦わねばならない。
アイシャが望まなければ殿下に嫁にやるつもりなどない。
そしてわたしはアイシャが来た翌日の朝、リサの屋敷にいる、昔我が家で働いていた侍女長を呼び出した。
侍女長は、震えながらわたしに語り始めた。
『お姉様、鈍臭いですね、転んで怪我をして入院するなんて!公爵令嬢として如何なものかしら?』
『し、失礼ですわ!お姉様!さすがどこの子かわからないだけありますね、ああ、良かった、お姉様と同じ血が流れていなくて』
ターナの言葉に周りにいた使用人達はクスクス笑っていたらしい。
みんなの中でアイシャはもらい子だと噂されて、アイシャのことを小馬鹿にしているらしい。
『ターナ様!何を言っているのですか?アイシャ様は旦那様達の子供です!』
それを聞いていた侍女長が真っ青な顔をしてターナに反論したが、それは真実だから慌てて否定しているように取られてしまったと侍女長が半泣きしながら言った。
『侍女長、わたしは気にしていないわ、疲れたからメリッサ、部屋へ行きたいの』
アイシャは疲れ切った顔をして怒ることもなくみんなの前から黙って去っていった。
『お姉様ったら、本当のことを言われて逃げるのね』
ターナは意地悪そうに笑ったと聞いた。